第35話
面談室から連れ出された俺はすぐ隣の事務所で呼び止められ、アイテムボックスに入っている資材を返却した。
それと引き換える形で、既に出来上がっていた書類を受け取った。根回しが良すぎる。
事務方のお姉様方からおざなりなお別れの挨拶を受けて、俺はすぐに寮へと向かった。荷物を回収する為だ。
ここに来た時に持ち込んだ物はもう残っていない。一昨年買い直した財布と数着の普段着と下着だけだ。装備品は個人ロッカーに置きっぱなしになっているが、それだって貸与品だ。
寮の物をアイテムボックスに放り込んだら、もう持って行く物はない。……思えば、金を使う暇もなかった。余計な物を買わず、余計な事をせず生きてきた。
倹約と言えば聞こえはいいが、刺激も楽しみもないしみったれた死番虫人生だったと今更ながらにしみじみ思う。
十分もかからない身支度を終えて、瀬奈と一緒にダンジョン管理区域を出る。
今の仕事に就いてクビになるまで、両手で数える程度しか出る事がなかったダンジョン管理区域……生活の全てが完結していた、もはや第二の実家みたいな場所。
浸る程の感傷もないが、かといって何も思わない訳ではない。……せめて金森君くらいにはクビになる事を伝えても良かったなとか、事務方のお姉様方が妙によそよそしかったのは退職に伴うお菓子の差し入れをしなかったからかなとかその程度だが。
「本当に終わっちまったんだなぁ」
口を突いて出た愚痴が、俺にかかっていた魔法を解いてしまったようだ。
あんなに毎日大変で、大きくて、色褪せてて、血生臭かったダンジョン管理区域が、ちっぽけでオンボロで粗末に見えてしまう。
「そだよ、終わんないと始まらないからね」
「……勝手に人の仕事終わらせた奴が何か言ってら」
「だって、こうでもしないと踏ん切りつかないでしょ? 歩君は自分自身の低いとこに合わせて生活の水準を決め打ちする性格ってすーぐ分かったもん。冒険しないタイプだよね」
「分かってるんなら何で俺を引きずり出したんだよ……白日の元に晒されたダンゴムシの気分とか分からないタイプだろ」
「私、諦めが悪いタチだからね。白日の元に晒されたダンゴムシだろうと、ユニークスキルを取得しちゃった死番虫だろうと、欲しいと決めたら絶対に手に入れるまで最善を尽くしちゃうからね!」
ピッカピカな笑顔の勇者様が最善を尽くした結果、哀れ死番虫は巣を追われましたとさ。めでたしめでたし……いや、めでたくはない。
マジで明日から……いや、今日からどうしたらいいんだろう。まずは今晩の寝床から考えないといけない。
あまり手を付けずに取っておいた給料があるから、安宿に泊まればしばらくは野宿せずに済む。
寮に居た時は寮母さんが食事を用意してくれていたが、これからは三食自分で確保しなければならない。
否が応でも、受け身では生きていけない状況になってしまった。血の底よりも深い溜息が漏れ出てしまう。
「そもそも、何で俺なんだよ……他にいなかったのか?」
「いなかったよ」
瀬奈が笑顔を少し曇らせて俯く。
「リンドブルムに居た時も孤独だったし、そのリンドブルムもなくなっちゃったし、先週冒険者協会からいくつかパーティの紹介を受けたけど、みんな私を【勇者】としてしか見てくれない……私を白神瀬奈として見てくれるのは、歩君しかいないんだよ」
「俺はただ要救助者として扱ってただけだけど……まあいいや、パーティを組まずに一人でやっていこうとか思わなかったのか?」
「歩君の言う通り、わざわざパーティを組まなくても一人である程度の事は出来ちゃう。協会から裁量も任されてるよ。……【勇者】はそれだけ強力だけど、その結果がドラゴンと相打ちだからね。誰も助けに来られない所で一人で死ぬのは、もう嫌だよ」
「……確かに、それもそうだな」
「あの時……本当に寂しかったんだ。私、こんな所で一人で死んじゃうんだって、悲しかった。だから、歩君が来てくれた時、すっごく嬉しかった。仕事だから来たんだって分かってたけど……歩君が【レムナント・イーター】を受け入れて気絶してる間、嬉しくてずっと泣いてたんだからね?」
瀬奈を見つけた時を思い出す。あの時、瀬奈は生きているのが不思議なくらいの大怪我を負っていた。
帰ることも助けが来ることも期待できないダンジョンの奥底で、ただただ死を待つだけの状況がどれだけ瀬奈の心を苛んだか想像に難くない。
Sクラスパーティの一員で、【勇者】持ちの超人と言えど、中身は二十歳そこそこの女の子だ。
「【勇者】は一人で戦える……でも、一人で戦っちゃダメなんだ。でも一緒に足並みを揃えられる人は限られちゃう。私と一緒に戦えて、私を人間の領域に押し留めてくれて……私と一緒に冒険を楽しんでくれる人が、傍にいて欲しい。【レムナント・イーター】を持つ歩君なら、それが出来ると思ったんだけど……ダメ、かな?」
瀬奈が俺の手を握って、潤んだ目を向ける。……そういうアプローチはこれまでの人生で受けた事がないから返答に困る。
「ダメも何も、俺にもう帰る所が無いんだ。ある程度生活出来るように責任を持って貰わないと、俺が困る」
「……! それって!?」
「まず何をしたらいいんだ? 何も情報が無い状態で放り出されてるんだ、ちゃんと説明してくれ」
「あゆむくーーーーん!!」
感極まった瀬奈が俺にぎゅっと抱きつく。周囲の一般通過冒険者の冷たい視線が刺さるし、なんか柔らかいしいい匂いがするしで勘弁して欲しい。ずっと思ってたけど感情表現がストレート過ぎるのはよろしくないので改善を要求したい。
「ふえええ良かったー! うれしーー!! 半分くらいは断られるんじゃないかってすっごい怖かったー!!」
「丁半博打の感覚で人の人生を賭けに使うな! あとここ往来のど真ん中なんだから変に引っ付くんじゃない! 離せ!!」
「や゛だーーーー!! 離したらどっか行くかもだからや゛だーーー!!!」
「行かないから! 勝手に行動しようがないんだから! 離せ!! マジで!!」
俺の絶叫は、親父達の魂のように澄んだ青い空へと吸い込まれていった。
§ § §
別に心境の変化があった訳じゃない。半分は打算だ。
宿無しコネ無し知識無しの俺が一人ぼっちで生きて行くには、今の世の中は難し過ぎる。
瀬奈が居れば多少は楽に生きていけるかも知れないと踏んだってのもある。
だが──瀬奈をひとりぼっちにしておけないし、【勇者】様の伝説を語り継ぐ人間が要るよな、と思ったのも事実だ。
それなら、【伝承者】なんてスキルを持つ俺が適任だろう。他の人間には任せられそうにない。
死番虫だった人間が大層なクラスチェンジをするもんだと我ながら恐れ多いが、うまくやっていけるだろう。
俺はもう何一つ取りこぼすつもりはないし、それを防ぐ目が一人分増えた訳だからな。
なお、俺達のパーティがあちこちで奮闘した結果、冒険者界隈で有名になってしまう事になるのだが……それについては、また別の機会に話す事にしよう。




