第29話
親父の剣を使い始めて何度か打ち合ってるが……マズい。もう体がもたない。
目の前にチカチカと火花のような光が見え、ふとした瞬間に目眩でふらつく。膝から崩れ落ちそうになるのをどうにかこらえている。
普通であれば致命的な隙を何度も見せておきながら生きながらえているのは瀬奈のおかげだ。
俺に隙ができて、そこを前園が突こうとする度に、絶妙なタイミングで瀬奈が妨害する。
……不思議だ。能力値もスキルも、俺と魔物に遠く及ばないはずの瀬奈が、どうして戦いについて来られているんだろう?
《あの子、戦い慣れてるなぁ》
脳内で親父が感心するように呟いた。
《歩は急に強くなった力で基礎的な戦い方をするので精一杯だし、あっちもあっちでゴリ押し戦法ばっかりだ。お前の彼女さんは色んなスキルを組み合わせて歩のサポートをしてるだろ? クレバーな戦い方してるなと思ってな》
確かに親父の言う通りかも知れない。俺がやってる事は能力値と剣術スキル、それをサポート出来るバフ系のスキルをぶっ放しつつ攻撃するだけで他に出来る事を試せていない。
前園の方も同じで、魔素による強化で殴ってるだけで、これまで蓄えたスキルを有効活用しているようには見えない。
正直、自分のスキルを把握出来ていない。リストにズラッと並んでいて一つ一つ確認する暇が無かった。
やはりスキルの適正利用や組み合わせに関する知識は、一般的なスキル全てを使える【勇者】持ちとして長年戦ってきた瀬奈には敵わない。……それはそれとして、瀬奈は彼女じゃないんだけど?
「歩君、大丈夫!? 顔色大分悪いけど!?」
「……まだ大丈夫だ」
「本当!? ダメだと思ったらどうにかして退避して……危ないっ!」
突然眼の前が暗くなり、平衡感覚が消える。瀬奈が叫びながら俺の前に飛び出して庇っているのがかろうじて見えた。
目眩と足のふらつきはどうにか踏ん張って耐えた……が、再び視界が戻った時には状況は一変していた。
瀬奈が前園に捕まっていた。瀬奈の顎を掴んだ前園が天井を向いて大きく口を開けると、そこから例の魔物がにゅるりと飛び出す。
瀬奈は必死に抵抗しているが前園との体格や能力の差はいかんともしがたいようで、口をこじ開けられそうになっている。……まさかあの魔物、乗り移るつもりか!?
阻止しようと体を動かした瞬間、急に耐え難いほどの頭痛に苛まれた。さっき盛大に吐き散らかしたと言うのに吐き気までこみ上げて来る。
《歩、大丈夫か!?》
脳内で親父の心配そうな声がする。大丈夫……そうじゃない。かなりしんどい。
《……よく聞きなさい、歩。今、歩は限界を迎えている》
限界とは一体何だろう? 瀬奈に回復してもらいはしたが、前園に真一文字に胸を切り裂かれた時から限界はとうに迎えていたはずだ。
《人の体は、大量の魂を宿せるように出来ていない。魔素だってそうだ、長い時間をかけて体に馴染ませて、強い冒険者になるんだ。今、歩の体は、常人では到底受け入れられない量の魂で……魔素の塊で、パンクしそうになっているんだ》
親父の説明を受けて、得心がいった。俺の体の金色の輝きの明滅にシンクロして脈動するように頭痛が襲っているからだ。
だが、そうは言ってもどうも出来ない。もし俺の中にある魂を捨て去る事が出来たとしても、魂の力が無ければ前園や魔物と同程度に戦う事は不可能だ。
俺自身はもともと何の力もない、能力値が最大4の雑魚なのだから。
《……そして、条件は向こうも同じだ。何百年と魔素を蓄え続けたあの魔物に取り憑かれたら、体が耐えきれずに廃人になってしまう。何であの男から乗り換えようとしているか分かるか? 歩との戦いで限界を迎えたから、次の体として彼女さんに乗り換えようとしてるんだ!》
親父の叫ぶような思念で、脳裏に瀬奈との二日間の思い出が蘇る。
一緒に飯を食い、戦い、いろいろ話しをした。
仲間の死に傷ついたり、うざったいくらい構ってきたり、冒険を心の底から楽しんでいた瀬奈の笑顔が、焼き印を押されたように離れない。
……嫌だな。嫌だ。両親が死んでからすり減らし続けて、もう無くなってしまったと思っていた俺の心が、瀬奈を失うのが嫌だと叫んでいる。
《探せ、歩! 彼女さんを助けられる手立てを! 俺達を宿した事で生まれた可能性を! お前なら出来る! だってお前は──》
分かってる、俺は親父の自慢の息子だもんな。
俺はステータスを呼び出して必死で切り札を探した。
半透明のステータスウィンドウの向こうでは、瀬奈が必死に歯を食いしばっている。……長くはもたないだろう、急がなければ。
魔法はダメだ、アイツに魔法は通じない。それは柳原が証明した。
物理攻撃は体が動かない。投擲や射撃は? 頭痛が酷くて狙いが定まらない、瀬奈に誤射したらそれこそ終わりだ。
少しでも頭痛を抑えようと側頭部を手で抑えながら、揺れる視界の中で見つけたのは違和感だった。
魔物から拾い上げてきたスキルの一覧に差し掛かった所だ。殆どが「使えません」を意味する灰色の中、一つだけ光っているスキルがあったからだ。
……どういう条件で使えるようになったかは分からないが、考察している時間は無い。
俺はそのスキルの行使を強く願いながら、魔物を睨みつけて低く呟いた。
「──止まれ」
刹那、ドームの中の空気が変わった。まるで洗濯のりみたいな、重厚な質感を持つ液体に置き換わったかのように錯覚する。
それは魔物や瀬奈も同じようで、ぴくりとも動けなくなっている。
瀬奈は歯を食いしばりながらも全身から汗が吹き出て、顔色も真っ青を通り越して白くなっている。こちらを見る目も激しく揺れている。
魔物が油の切れた機械のようにぎこちなく俺に顔を向けるが、そこにはさっきまでの笑みは無く、ただただ恐怖に満ちていた。
俺が使ったのは【竜の威圧Lv.2】だ。
さっき見た時は間違いなく使えなかったはずの【竜の威圧】が何故使えるようになったかは正直言って分からない。
大量の魔素の為せる業なのかも知れないが……原理はともかく、使えるなら使うに決まっている。
実際、魔物に威圧がバッチリ刺さっている。これまではこちらをナメているような表情だった。
だが、今ではこの通り……完全にビビり散らかしている。魔物をどうにかするなら、最大のピンチがチャンスに変わった今しかない。
プールの中を歩く要領で、重たい空気を押し分けるようにしてゆっくりと歩く。
その間も威圧は継続中だ。瀬奈が辛そうにしているが、ここで威圧を解くと魔物が動き出してしまうのでしばらく我慢して欲しい。
現在進行形で魔素を大量に消費しているが、逆に体調が良くなってきている。破裂寸前の風船から少し空気を抜いたような感じが一番近いだろうか。
一歩、一歩と歩みを進め、二人のすぐそばまでたどり着いた俺は、魔物に右手を伸ばし……その魔素を吸収し始めた。
冷静に考えれば、最初にこいつが現れた土岐、瀬奈は前園の事しか見えていなかった。
柳原の魂の力を瀬奈に入れた後に魔物を視認出来るようになっていた。つまり、この魔物は死んで残った物が勝手に動いているのと同じって事になる。
ならば、他の魔物の残滓と同様、俺の中に取り込めるはずだ。わざわざ前園を殺したり、瀬奈を犠牲にせずとも対処出来る訳だ。
……しかし、こいつを取り込むと、前園のように体を操られてしまう可能性がある。
前園の口からずるり、ずるりと這い出す魔物を俺の中に吸収する。どこから出しているのか分からない魔物の金切り声がドームにこだまする。
俺の中で親父達の魂とは別種の、ねっとりとした何かが暴れ回るのがはっきりと分かる……俺は、吸収した魔物を、スキルを取り出す要領で左手で排出した。
妙な照りのある石炭のような真っ黒い石が俺の手から湧き出て、集まって一塊になる。
一目見るだけで禍々しさに背筋が寒くなるそれは、間違いなく魔物の魂を物質化した者だった。
【レムナント・イーター】だった頃からの能力に、スキルや魔素を物質として排出出来ると言う物がある。
魔物が残滓として暴れ回っているのなら、暴れ回れない形にしてやればいい。……こんな風に、石になってしまえば悪さは出来まい。
だが、これでも不十分だ。誰かが拾ったり、うっかり割ったりしたら同じようなインシデントが発生しかねない。
誰にも干渉出来ないように、対処しなければならない。
「お前の事は、誰にも語り継がない」
前園から魔物が完全に抜け、周囲に漂っていた黒いモヤも俺の中に入る。
どんどん大きくなる黒い石の膨張が収まり、ドーム内の空気が澄んだ物に変わるのを見届けて、俺はアイテムボックスを開いた。
「アイテムボックスの中で、誰にも知られず……取りこぼされて、死んでいけ……!」
アイテムボックスに黒い石を放り込むと、総毛立つような断末魔の叫び声が俺の体を通り抜け……音が、消えた。
ドーム内は静けさを取り戻し、前園が瀬奈から手を離して力無く地面にくずおれる。
俺はつられて一緒に倒れ込みそうになった瀬奈の背中を抱きかかえて支えて、消え入りそうな呼吸音を聞いていた。




