第28話
最初に動いたのは前園だった。「来いよ」と挑発したのは俺だが、こんなにあっさり乗るとは思っていなかった。人間相手で挑発された事が無かったんだろうか?
弾き落とされた剣を拾うと目を赤々と輝かせ、獣のような咆哮を上げて飛びかかって来る。
俺の中に入り込んだ魂達の力で超強化されている俺には、前園の動きがスローモーションのように見える。
振り抜かれた剣を上体を逸らして避け、合わせるようにして使い慣れた長剣を突き出す……が、前園はこれを膝で蹴り上げて回避する。
その反動を利用して再度攻撃を仕掛けると、今度は前園が手に持った剣を鍔迫り合いの格好で受け止める。
……きっと、向こうにも俺の動きがよく見えているんだろう。お互いに決定打をいなされ、反撃を潰される泥仕合が続く。
一気にカタを付けたいが、そうなると今度は前園の命の補償が出来ない。細かい調整の効かない全力攻撃はSクラスの冒険者と言えども挽肉に変じてしまうだろう。
今はとにかく、前園の動きに合わせて隙を探るしかない。
しかしこうして緩慢な時間の中で前園と打ち合っていると、新人研修の時にやった「遅くてもいいから正確に剣を振る練習」を思い出す。
金森君が「ハイスピードカメラの真似ー」とか言いつつふざけながら剣を振り回して、教官役の冒険者にシバかれていた……いや、余計な事か。
よくよく考えれば、基礎的な部分に大きな開きはあるものの前園と俺の現状はほとんど同じだ。
片や何百年もの間、冒険者の魔素の残滓を吸い続けた魔物に乗っ取られた前園。
此方は何百年もの間、魔物に捨てられ続けた冒険者達の魂をこの身に宿した俺──道筋は違えど、常軌を逸した途方もない力を受け継いだのはどちらも同じだ。
そうなると、能力的にも技量的にも拮抗するのは当然だ。
差がつく要素があるとするなら、俺はさっきまで大量に血を流している。深刻な失血状態を魂の力で補っている状態だ。
今はまだ少しくらっとするだけだが、戦闘が長期化するとどうなるか分からない。
前園の攻撃をいなしながら、近いうちに訪れそうな俺の敗北に汗が冷える感覚と共に意識が逸れる。俺の体よりも先に、剣が限界を迎えたからだ。
所詮は工場生産のバルク品、明らかに高級そうなワンオフ品と何度も打ち合えばダメになるとは分かっていた。
魂で底上げされた剣術スキルで労わりながら戦ってきたが、もう持たない。前園の剣を受け止めた長剣にヒビが入り、砕けるように裂けた。
異変を察した前園の行動は早かった。ギアが一段階上がった攻めの手に俺は防戦を強いられる。折れた剣でどうにか受け流す。
歯を見せてニイッと笑った前園の顔が……横から飛び込んだ足に蹴られ、ゆっくりとひしゃげ、横っ飛びに飛んでいく。
足の主は瀬奈だ。前園の攻めがワンチャン狙いの単純な物に変わったのを狙って、飛び蹴りをかましたって所だろうか?
「歩君! 大丈夫!?」
「……ああ、何とかな。剣はダメになったが、生きてる」
「ふいー! よかったー! 拓也おじさんの剣、アルテア合金? とか言うつよつよ素材使ってるからそこらの鉄剣相手じゃすぐダメになるからねー」
アルテア合金……確かアメリカで開発されたダンジョン素材と合成された金属だっけか。アルミよりも軽く、タングステンの数十倍の強度を誇るとか何とか。
そういやアルテア合金の剣、親父がどれだけお袋にねだっても買ってもらえなかったって言ってたっけ。
《……母さんには内緒にしてくれるか?》
俺の頭の中で親父の声が響いた。うわびっくりした、今生の別れみたいな感じだったから二度と話せないかと思っちゃったじゃないか。
それで……何だ? 何を内緒にするんだ? そもそもお袋は死んでるんだぞ?
《実はへそくりで買っちゃったんだよな、アルテア合金の剣……あ、下位グレードだから上位よか全然安かったんだけど! まーでも830万はしたから母さんにバレたらドツかれる程度じゃ済まないんだけどな!》
……さらっと墓場に持って行き損ねたカミングアウトをぶっ込まないで欲しい。家庭崩壊の種になりそうだ。
いや、既に両親亡き後だし、家庭も崩壊どころか滅亡している訳だが。
《で、その剣だけどな。さっき歩がアイツに斬られる前に見つけたやつがそうだよ。……もう父さんには使えないから、大事に使ってくれよ》
え、もしかして何か無いかと思って死体漁りをしてた時に見つけたあの剣か!?
確かアイテムボックスの中に放り込んでおいたはずだが……あった。確かに鞘とグリップの所に名前が彫られている。仁科雄一……長い間口にも出さなかった、親父のフルネームだ。
「え、歩君何それ、ここに落ちてた剣?」
「……親父が使ってた剣らしい。ほら、ここに名前が彫ってある」
「わー、ほんとだ……お父さんゆーいちさんって名前なんだね? じゃあコレ、形見って事?」
形見。……形見、言われてみれば、確かにそうだ。
財産も家も全て親戚に取られた俺にとって、たった一つの形見って事になる。
親父の魂、親父の剣……死んだら何も残らないと思っていたけど、存外残ってるモンだと思い知らされる。
それが今、俺の手元にあるなんて。俺の力になっているなんて。
……何が「何も残らない」だ、笑わせる。
「お、アルテア合金製の刻印がある! え、安くても上等な外車くらいのお値段したと思うんだけど……歩君のお父さんってお金持ちだったの……?」
「いや、へそくりで買ったとか言ってたからな……きっと涙ぐましい小遣いのやりくりがあったと思う」
親父の剣を抜く。前園が持っている剣に似た青白い刀身が俺の金色の魔素を反射して輝く。
数打ち品では出せないプレミアムな印象を感じさせる美しいフォルムと生前の親父のイメージが絶妙にミスマッチしている。
《不似合いで悪かったなぁ!? 父さんだって背伸びしたっていいだろ! 人生で二番目のデカい買い物だったんだからな! ……歩! 来るぞ!》
一番目が家、二番目がコレ、三番目は中古のSUVだろうなと親父のデカい買い物を思い出していると、親父からの警告が脳内で反響する。
すぐに前園を探すと、剣を振り上げながらこちらに突進している所だった。
振り下ろされた前園の剣を、俺はとっさに親父の剣で受け止める。脳内で《あああああ俺の830万円ーーーーー!! もっと丁寧にーーーーー!!!》と叫ぶ声が聞こえるが無視だ、無視。
会社支給の重いだけの長剣とは全くの別物だ。軽く強靭な親父の剣は俺の嵩増しされた剣術スキルに驚くほど素直だ。
さっきよりワンテンポ早く、手数も二手三手多く叩き込める。だんだん楽しくなってきた、親父がへそくりを注ぎ込んだ理由も何となく分かる気がする。
だが、徐々に気怠さが体を襲い始めてきた。なるべく早く、ケリをつけなければならない。
俺は前園に不調を気取られぬよう、攻勢を強めた。




