第27話
ゆっくりと目をあけると、顔にぼたぼたと液体が落ちている。雨……ではないな、ここはダンジョンだし。
ぼやけていた視界が鮮明さを取り戻すと、瀬奈が顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら俺の胸に手を当てて、回復魔法で傷を癒していた。
「どうしよう、傷塞がんないよ……! 誰か、誰か助けて……Lv.4の回復魔法なんかじゃこんな大きな傷……えっ、回復魔法の出力が上がった……!?」
瀬奈の手が輝き、回復魔法の効力が跳ね上がる。気持ち悪いくらいの勢いで傷口の肉が盛り上がり、癒着し、かさぶたも残さず綺麗に完治した。
唐突なパワーアップに戸惑っている瀬奈だが、当然俺は何が起こったのか知っている。島村の魂が瀬奈に力を与えた結果だ。
俺の負傷と常識外れの即時回復というダブルの衝撃であたふたしている瀬奈の手に俺の手を重ねる。……あまり力を入れると瀬奈を壊してしまいそうだ。
「……ありがとな、回復魔法をかけてくれて。お陰で助かった」
「そんな……っ、私の魔法じゃ全然治んなくて……私には何も出来なくて……! 歩君が死ん……死んじゃうんじゃないかって……! 怖かった! 怖かったよぉ……!」
ボロボロと涙をこぼす瀬奈の後ろで、前園が剣を振り上げていた。俺はすかさず小石を拾い、指弾で前園を狙い撃つ。
まずは右肩、次は左脇腹──前園に直撃した小石は粉々に砕け散り、甲高い金属音を奏でる。その度に前園は大きくのけぞりながらノックバックする。
小石が衝撃に耐えきれず粉微塵に砕け散る土煙の中、続け様に叩きつけられる指弾に前園は手も足も出ない。
最後に打ち込んだ一発が前園の手に当たり、吹っ飛ばされた剣がドームの壁に叩きつけられた……が、前園のアーマーは多少傷が入った程度でまだまだ健在だし、剣も無事だ。さすがに性能が良すぎないか?
俺はゆっくりと立ち上がる。少しくらっと目眩を覚えたのは流れ出た血の多さからだろうか。
心配して俺に近寄ろうとする瀬奈を軽く手を挙げて制す。
「……瀬奈。島村と柳原に会ったよ」
「えっ……夏樹君達と……? でも、二人とも……」
「ああ。さっき死にかけた時、魂になった二人と会ったんだ。 二人とも瀬奈の力になりたいって言ってたよ。……今は、スキルになって瀬奈を支えてる。回復魔法が強くなったのは、島村の魂に刻まれたスキルの力だ。柳原の方は……ほら」
俺が指差す先……のけ反って震えたまま口から黒い煙のような魔素を吐き出している前園を、瀬奈が怯えの色を滲ませた顔を向けて見つめている。
「……何、アレ……おじさんの口から何か出てる……?」
「やっぱり、今まで見えてなかったんだな。……アレが前園に取り憑いてる魔物の一部だ。瀬奈がレムナントや魔素を視認出来るようになるスキルが、柳原のスキルだ」
「じゃあ、柳原さん……歩君が怖くて吐くような物を見ながら戦ってたって事……? ここだけじゃない、いろんなダンジョンでみんなに黙って、一人だけ違う景色を見てたって事……?」
「ああ。死んで魂になっても憎まれ口を叩くような奴だったが、根性は間違いなくSランクだと思う。魔素が見えるからって良いことばかりじゃなかっただろうからな」
良いことばかりではない実例……前園の口から黒い煙と共に魔物の生首が音もなく生え、憤怒の形相を浮かべてこちらを凝視している様を見てしまった瀬奈が、一歩二歩と後退りする。
「……瀬奈、離れてくれないか?」
「だ、大丈夫……私が戦うよ。歩君を守らなきゃ……」
気丈に振る舞ってはいるものの、前園の異様な姿に腰が完全に引けている。……もしアレが見えてなかったら、今頃普通に斬り掛かっていただろうな。
「アレは、とんでもなく長い間冒険者の魔素とスキルを取り込み続けた化物だ。瀬奈の【勇者】じゃ戦うのは無理だ。俺がやるから下がっててくれ」
「でも! 歩君のステータスよりも私の方が……歩君、その金色の奴、何……?」
自分でも視認出来る程、俺の体から立ち上っている金色のモヤを見て瀬奈が尋ねる。前園の禍々しい黒い魔素と対極的な金色の魔素だ。
俺は、この魔素が全て人の魂……残された想いや願いで出来ている事を知っている。
前園の中にいる魔物も、真っ先に始末しなければならない奴が誰なのか気がついたのだろう。前園と魔物の淀んだ目が俺に釘付けになる。
「後で説明する。……今はやらなきゃいけない事があるから」
残された記憶。託された想い。取りこぼしたはずの大事な物。
命を奪われた冒険者や瀬奈の仲間、そして親父の魂の代弁者として……【伝承者】として、やらなければならない事がある。
「……来いよ、化け物。決着をつけよう」
俺は足元に転がっていた自分の長剣を拾い上げて、前園に突きつけた。
笑みを消した魔物の生首が、憎々しげに吼えた。




