第25話
目を開けると、俺は俺の頭上に立っていた。
胸がばっくりと裂け、口から血を流している俺を抱き抱えて涙を流す瀬奈。
そして、そんな瀬奈の息を止めようと立ち上がり、今にも駆け出そうとしている前園。
動画の一時停止ボタンを押したような、不気味なまでに時の止まった空間で、俺は立ち尽くしていた。
やっぱり駄目だったか、体当たりがうまく当たって瀬奈が前園を倒してハッピーエンド……なんて思ってたが、そうそう上手くいく訳がない。
せめて瀬奈だけは生き残って欲しいが、俺にかまけてるようではダメだ。さっさとその死体を放り出して、前園の攻撃に備えて欲しい。
……無理だよな、出来る訳がない。瀬奈の性格はこの二日間で嫌と言うほど分からされた。
俺は瀬奈の頬に伝う涙を拭おうとしたが、手が瀬奈の体を突き抜けた。……幽霊みたいなモンだからだろうか?
俺は瀬奈に何もしてやる事が出来ない。危機が迫っている今でさえ、こうして死んだままだ。
……悔しいな。もっと力があれば、瀬奈を救えたかも知れないのに。
俺は拳を握る。……セーフゾーンで瀬奈に説教をした時のように、血が流れる事はなかった。
「諦めるのか?」
ふと、声が聞こえた。
辺りを見渡しても、声の主は見当たらない。いるのは止まった時の中で身動き一つしない瀬奈と前園、そして俺だけだ。
「もう少しあがいてみろよ、お前は……俺と詩織の自慢の息子なんだから」
声のした方を……上を見上げる。
池のように溜まった天井の残留思念から一滴の雫がこぼれ落ち、光を放ったまま人の形に変わっていき……ずっと忘れていた、親父の姿になった。
「……父……さん……?」
「ああ。久しぶりだな、見ないうちにすっかり大人になっちまって……相変わらず母さん似だな。元気してるか?」
俺は膝から崩れ落ち、地面を見続けた。親父を見ていたら、ずっと我慢していた物がこぼれ落ちそうだったから。
「母さんは……死んだよ。父さんがダンジョンで死んだって聞かされた日に、トラックに轢かれて……」
「……そうだったのか……ずっと一人か?」
「昭彦おじさんの家に引き取られたけど……父さんや母さんが残した物、全部取られて……高校卒業したら、身一つで捜索部に入って……」
「……そうか……今日まで生き延びてきたんだな。頑張ったな、歩。」
親父の手が俺の頭に乗せられ、わしわしと撫でる。
もう駄目だった。七年分の涙が溢れて止まらない。幽霊にも泣ける涙があるなんて知らなかった。
俺は泣いて、泣いて……止まった時間の中で、長い間泣いた。
俺の頭を撫でる手が止まり、親父が静かに語りかける。
「ごめんな、歩。……俺もあの魔物にやられたんだ。仲間がアイツに憑依されて、気付かずにズバッとな。魔素と魂を吸い出されて、魂だけここに捨てられたって訳だ」
「それじゃあ、ここって……?」
「ああ。ここはアイツの巣で、俺達はアイツのフンって所だ。魔素とスキルを食えたらあとは要らないって事なんだろうな」
「……もしかして、他にもいるの? ここに捨てられた人達の残留思念……魂が?」
「ああ、いるぞ。百年規模で囚われてる人はもう自我もないけどな。最近来た奴もいる……いや、それはいいか。歩、大事な話があるんだ」
親父が俺の肩に手を置いて、俺の目を見る。
「ここは生と死の境目。生きてる訳でもないが、死んでる訳でもない……そんな人間が迷い込む、夢の世界みたいな場所だ。お前はもうすぐ、生の世界に還る事になる」
「……俺、死ぬんじゃないの?」
「ああ、お前を抱えてる女の子の回復魔法のおかげでな。……えらいべっぴんさんを捕まえたじゃないか、結婚式には……ああそうだ、家族紹介も無理だったな。いや、そうじゃなくて──」
話がよく脱線するのは、親父の生前からの悪癖だ。思わず笑いが込み上げてしまう。
いや待った、瀬奈とはそういう仲じゃない。ただの要求救助者や仲間であって恋人とかそういう奴では決してない。
恐らく瀬奈も仲間として俺を見てるはずだし、結婚どころか彼女として付き合う事もないだろう。誤解されては困る。
……いや、訂正する必要はあるのか? 親父は死んでるんだし……俺がどう返すべきか悩んでいると、親父は勝手に軌道修正した。
「いいか。今の歩がそのまま蘇っても、結果は目に見えてる。あの子も強いが……数百年もの間、強者の魔素とスキルを吸い上げ続けてきたアイツには勝てない」
「そんな……じゃあ、逃げろって言うの?」
「それこそまさか、だ。このダンジョンはアイツにとっては庭のような物だ。追いつかれるのは目に見えてる」
「何か、手があるの? アイツを倒せるような……」
親父はニカっと笑って、俺の肩をポンと叩いた。
「ああ。これまで誰も出来なかった事だが、歩のおかげで出来るようになった。……お前、見えるんだろ? 魔素やスキル、それから……魂が」
「……うん、見える」
「取り込めちゃったりするんだろ?」
「何で分かるの!?」
「そりゃあお前の父さんだからな! ……嘘嘘、ごめん。実はお前がユニークスキルに目覚めた時、父さん達はその波動を受け取ってな。ここにお前が来るのを待ってたんだ。……お前に、力を渡す為にな」
天井の光が、親父の言葉に呼応するように輝きを強める。……これが? 魔素でもスキルでも無いのに?
「アイツは……あの魔物はカン違いをしている」
「思い違いって?」
「魔素よりも、スキルよりも、強い物があるのさ。なまじ見えにくい物だからアイツにはゴミにしか思えなかったんだろう。……だけどな」
残留思念が……いや、幾千、幾万の魂が渦を巻く。青い魂達はその色を変え、金色の輝きをその身に宿して天井から剥がれ落ちた。
「血の滲むような修練の末に体得した物はスキルなんかで測れない。汗を流して鍛え上げた肉体は魔素なんかとは別物だ。生き様が、人生が刻み込まれた魂の力は! 何人たりとも奪えない!」
金色の魂が雄叫びを上げる。ドームを魂の残響が埋め尽くす。それは命を奪われた怒りか、地上に還れない悲しみか。
「残滓を喰らう物、【レムナント・イーター】か。中二病っぽくて嫌いじゃないけど、父さんはもっと別の名前が似合ってるんじゃないかなって思うんだよな」
親父が黄金の魂の側まで浮遊して、にっこりと……川で魚を釣り上げた時のような満面の笑みを浮かべる。
「歩。父さん達の力を、魂を……どうか語り継いでくれ。命を賭けて地上を守ろうとした事。愛する人を残して死んだ事。必死になって働いて生活を守ろうとした事。……みんな、みんな一人の人間として、一生懸命生きていた事……」
「父さん……!」
「さあ、持ってけ! 【伝承者】! 一粒だって取りこぼすんじゃないぞ!」
親父が倒れたままの俺の体に手のひらをかざす。すると、金色の魂達は行き先を見つけたかのように次々と俺の体に入り込んでいく。
勝手にステータスが開き、項目が書き換えられていく。
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>スキルの変更を確認
【レムナント・イーターLv2】→【伝承者Lv.X】
区分:特殊技能
・死亡した生命体の魔素の残滓を可視化し、
体内に取り込む事が出来る。
・不要な魔素を体外に排出出来る。
その際、魔素は物体として排出される。
・習得したスキルを任意の対象に
譲渡する事が出来る。
・残留思念や魂に干渉し、対象の持つ
能力やスキルを継承出来る。
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レムナント・イーターの進化だけじゃない。能力値も軒並み上がっていく。80、90……200、まだ上がっていく。
スキルもとんでもない事になっている。Lv.5だった剣術は既にLv.50を突破しているし、槍術や弓術、抜刀術なんかも増えている。……とんでもない数だ、もはや整理しきれない。
自重を忘れて強化され続けるステータスから視線を離し、魂の奔流を見つめていると……二筋の魂が分離して俺の前に飛んできた。
親父と同じく人型に変わったその姿は……
「島村夏樹に……柳原絵梨奈……?」
瀬奈を残して死んでいった、リンドブルムの二人だった。




