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第23話

 じりじりと後退する瀬奈、おぼつかない足取りで歩み寄る前園……両者は一定の間合いを保っていた。



「瀬奈……帰ろう……一緒に帰ろう……」



 前園と、その後ろにいる魔物が同時に口を開く。瀬奈は警戒を解かずに、刃を前園に突きつけたまま俺の横まで下がって小声で俺に囁いた。



「歩君……戦える?」


「邪魔にならないように距離を取る事を戦うって呼ぶのなら」


「上等。……多分だけど、今の拓也おじさんは歩君だと太刀打ち出来ないと思う。私も歩君の事を気にかけながら戦う余裕がないから、巻き込まれない位置で見守ってて欲しいな」



 俺に方針を伝え終えた瀬奈が一旦剣を下ろして、前園を見据えて声を張り上げた。



「偽物なのか何なのか知らないけど、拓也おじさんのモノマネの解像度が低すぎるよ! 拓也おじさんはね! 私の事呼ぶ時はせっちゃんって呼ぶんだよ!」



 突然のカミングアウトに前園の表情が……変わらない。虚ろな表情のままだ。露骨に呆気に取られたのは後ろの魔物の方だ。



「せっちゃん……帰ろう……一緒に……家に……」


「あっれれー? おかしいなー? 21階での討伐競争で負けたから、ダンジョンから出るまでは『ラブリー瀬奈たそ』って呼ぶ約束じゃなかったっけー?」



 芝居がかった口調で茶化しながら、瀬奈が顎に指を当てて首を傾げる。完全におちょくってるな、こいつ……

 前園は……何も反応しない。焦りの色が見えるのはやはり魔物の方だ。

 もしかして、魔物が操ってる間の前園は意識が無い……イタコだとか憑依だとかって状態なんじゃないか?



「……ラブリー瀬奈たそ……ラブリー瀬奈たそ、一緒に帰ろう……」


「……ぷっ……くふふ……あはははははは!」



 ついには瀬奈が堪えきれずに大笑いしてしまった。俺もさすがに笑ってしまった。

 虚ろな顔のオッサンと凶悪な死の化身みたいな魔物が口を揃えて「ラブリー瀬奈たそ」とか言ってるのを見て笑いを堪えろと言うのが土台無理な話だ。

 しかし、これで判明した。後ろの魔物は憑依している人間の浅い記憶しか引き出せない。

 だからこんなおふざけとしか思えないカスみたいな嘘に容易く引っかかる。



「あーおっかしー! どう考えてもそんなイカれた呼び方する訳ないじゃん! ……おじさんが『おい』とか『お前』以外の呼び方をした事は無かったよ。そんなのと一緒に帰るくらいなら、相棒って呼んでくれた歩君と帰るに決まってんじゃん」



 瀬奈の顔がみるみるうちに怒りに染まっていく。俺と過ごした二日間の中で、一度も見なかった表情だ。



「柳原さんや夏樹君がひっかかったのも分かるよ、体調悪そうな事を除けば見分けがつかないくらいおじさんそのものだもんね。でもお生憎様! ネタはとっくの昔に割れてるんだよ!」



 指を突きつけて勝利宣言をする瀬奈のセリフに違和感を覚えた。……おじさんそのもの? 後ろの魔物は見えてないのか?



「なあ、瀬奈」


「何かな相棒?」


「前園の後ろにいる魔物、見えないか?」



 俺の質問に瀬奈が首を傾げて、おでこに手を当てつつ目を凝らして前園を見る……が、すぐに小さく頭を横に振った。



「なんにもないよ?」


「何も? ドライアイスの煙を真っ黒に染めたようなモヤも見えないのか?」


「え、何それ? 大昔の歌番組みたいな奴? 本当に何もないけど? おじさんもどきだけだよ」



 瀬奈が困惑した顔であたりを見渡すが、やはり何も見つけられないようだ。

 ……おかしい、下の階層ではゴーストなんかも見えたはずだし、何なら光属性を付与した剣でザクザク倒していた。

 だから前園に取り憑いてる魔物も見えて当然だと思っていた。……一体どういう仕掛けになってるんだ?




 俺達が話していると、前園と魔物がのけ反って大声を上げた。特に魔物は憤怒を隠そうともしていない。バカにされたのがよっぽど腹に据えかねたようだ。

 叫声をボス部屋に響かせてすぐ、魔物の体がローブごと崩壊した。そのまま一塊の黒い煙に姿を変じると、そのまま前園の口の中へと潜り込んだ。

 俺はその様子をじっと見つめていた。

 瀬奈には何も見えていないようだが、何か感じる物があったのだろう。剣を構えて臨戦体制を取っている。



 結構な体積の煙が全て前園の中に収まった瞬間、前園の雰囲気が急変した。

 魔物の持っていた殺意が全て前園に乗り移ったかのように、赤く染まった目がギラギラと鋭い眼光を放つ。

 前園と瀬奈の視線が交差した刹那、両者が同時に飛び出した。……いや、瀬奈の方が一瞬遅れた。

 一合、二合。ほんの数秒の間に打ち鳴らされた剣が火花を散らし、お互いに手傷を負わせる事はなかった。

 前園は横っ飛びに間合いを取り、瀬奈は大きくバックステップして前園を見据えながら、叫んだ。



「歩君! 絶対こっち来ないで! これ、片手剣Lv.8なんかじゃない! 私と同じ、複数のスキルを同時に発動してる!」



 俺は思わず喉を鳴らした。

 魔物はレムナントを吸い取っていた。その内訳は魔素、スキル、そして残留思念だ。

 つまり、俺と同じ状態……死体からスキルを得て、それを使っているとしたら。その「吸い殻」が、ここに積まれた無数の死体だとしたら。

 瀬奈の【勇者】に匹敵するほどの……いや、それ以上のスキルをその身に宿している可能性がある。



 前園が、ニイッと歯を剥き出しにして笑った。まるで、あの魔物と同じように。

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