第21話
行く手を遮る魔物を倒しつつ階段を上がる事2階層。止まらない瀬奈の快進撃は、ここで一旦止まった。
長い階段を登った先、狭い出入り口の向こうに見えるドーム状の天井が青く輝いている。
ヒカリゴケにしてはやけに輝きが強い。光源が何かは分からないが、明るいに越したことはない。
階段を上がりきると、そこは瀬奈と出会った時のようにだだっ広い一部屋だけの階層……ボス部屋だった。
生憎というか幸いと言うか、ボスらしい魔物は見当たらない。
燦々と輝くドーム型の天井ばかりに目が行くが、床にはおびただしい数の白い何かが転がっている。
下の階でさんざっぱら破砕してきたスケルトンに似ている物体……人骨だ。
それも、一人や二人なんてレベルじゃない。部屋の隅にはうずたかく積もった人骨の山もある。何なら鎧やローブを着ている骨もある。……もしかしてこれ、冒険者か……?
「歩君、これ……」
「ああ、おかしい。……何で人骨がこんなにも残ってるんだ?」
「え? 人骨? うわぁホントだ、気持ち悪!」
瀬奈が足元をじっと見た後、ぴょんと飛び跳ねた。びっくりするのも当然だ、状況的に見てこんなに死体が残っている訳がない。
ダンジョンでは、死体は吸収される。早くて一週間もすれば跡形もなく消え失せる。
だが、ここはどうだ? 十や二十なんてレベルじゃない、大量の冒険者の亡骸が消えもせず残っている。
当然の事ながら、ここ数ヶ月の行方不明者数を考えても数が合わない。明らかに骨の数が多すぎる。
そして、何より不思議なのは……どの白骨死体にも、レムナントが一欠片も残っていない。
金色の粒子も、スキルの骸晶も、柳原の遺体に残ってたような青白い燐光も、何一つ残っていない。
ただただ、骨と装備品が残っているだけだ。……こっちの死体はまだ肉が残ってる。見ない方がいいな。
「ひええ……びっくりしたぁ……ここ、ボス部屋っぽくはあるんだけど……ボスも居なさそうだね」
「前園達が倒した後って事か?」
「可能性はあるけど、こんなとこで戦いたくないなぁ……」
「そうだな、足元が悪すぎる。こんなに骨だらけだと踏んでしまいそうだ」
「うんうん、こんなに薄暗くっちゃ、満足に回避行動も取れないよね……拓也おじさん達、どうやって戦ったんだろ? 光魔法持ちもいないのに……」
瀬奈が足元を見ながら呟いた言葉に、俺はぎょっとしてしまった。
薄暗い? ここが? こんなに煌々と照らされているのに……?
「……瀬奈、確認させてくれ」
「なぁに?」
「ここ……暗いのか?」
「何言ってんの、壁に掛かったたいまつくらいしか光源がないじゃん? 歩君に言われるまで骨まみれな事にも気付かなかったよ」
あっけらかんと答える瀬奈とは対照的に、俺は背筋が凍りついたかのように動けなくなってしまった。
柳原の遺体を思い出す。あの青白い燐光……柳原の残留思念は、ほんの少しだけだった。仄かに輝くだけの、小さな光だった。
青白い燐光。青白い光。
まるでそう。今、俺の頭上で輝いて。
部屋全体を照らしている……この光のような。
俺は滝のように流れる背中の脂汗を知らん振りをして上を向き、手をかざし……魔素の残滓を吸い取るイメージをした。
天井の輝きが震え、ゆっくりと、ゆっくりと俺の方に落ちてくる。それはまるで、伸ばされた触手に似て──
「——っ!?」
俺は魔素の吸収を止め、尻餅をついた。足がガタガタと震え、立ち上がれない。
そんな、まさか。この天井の明かりすべてが。
このおびただしい光の集まりのすべてが、死んだ冒険者の残留思念だとでも言うのか!?
「……歩君、どうしたの? 何だか気分が悪そうだけど」
「……天井」
「天井……? 天井が、どうかした?」
瀬奈が訝しがりながら天井を眺めて、首を傾げた。……そうだよな、瀬奈には見えないんだもんな。しょうがない。
俺は青白い光を見上げて、精一杯瀬奈に伝えようとした。
「青白いレムナント……柳原から吸い出した、残留思念……あれが……天井に……! 天井を、埋め尽くして……!」
胃から急激に熱いものが込み上げて来た。俺は思わずその場に吐き散らかしてしまった。
「歩君!? 大丈夫!?」
瀬奈が慌てて俺の側に駆け寄って来た。
人の死には慣れてるはずだった。魔物だが、人骨だって下の階層で山ほど見て来た。ゾンビだって倒した。
だけど、これはダメだ。ここは死が溜まりに溜まっている。冒険者達の残留思念が、澱んで渦巻いている……!
俺は、胃の中の物を全て吐き出し、胃酸以外吐く物が無くなっても、えずいていた。
うずくまって怯えるように震えてる俺を、瀬奈は困惑したまま「大丈夫だよ、大丈夫……そばにいるからね」と声をかけながらさすり続けていた。




