第20話
さて、おふざけはここまでだ。目下捨て置けない重要な情報が目白押しだ。
俺が墓場に持って行かないといけない話もあるが、まずは……
「島村と柳原を襲った犯人は、前園だったよ」
「……もしかして、さっき言ってた青く光ってるレムナントが関係してる?」
「ああ。どうやら、青いレムナントは死ぬ間際のデータや感情が魔素になった物みたいだ」
「つまり……残留思念って事?」
「ホラーやオカルトっぽく言うとそうだな。前園に心臓をざっくりやられた所までしっかり見えた」
俺の説明を聞いて、瀬奈が俯いて拳を握る。……身内の犯行だなんて信じたくないよな、さっきまで瀬奈を疑ってた俺が言うなって話だが。
「だが、恐らく前園は魔物に操られている可能性がある。背後に黒いローブを着た死神みたいな魔物が取り憑いてて、柳原のレムナントを吸い取ってるのが見えた」
「じゃあ、夏樹君のレムナントが無かったのも……?」
「その魔物の仕業だろうな。恐らく、一個下の階層で謎の魔物に取り憑かれた前園が島村に襲い掛かり、這々の体で逃げ出した柳原もここで殺された……で、俺達はこれまで前園を見ていない。つまり……」
「拓也おじさんとその魔物は、上に行った……?」
瀬奈の推測に背筋が凍りつく。足元が抜けるような浮遊感と共に脂汗がどっと溢れ出す。
マズい。最大級にマズい。これは下手したら上層が……何なら地上が全滅しかねない。
魔物は生まれた階層から移動出来ない、これは例外の無いゴールデンルールだ。
どれだけ誘導しようが、冒険者を追い詰めようが、階段に逃げ込めば魔物はそれ以上追ってこない。
だからこそ冒険者は自分の力量に見合った階層で魔物と戦える訳だ。
だが、ここで生まれたと思われる死神っぽい魔物は、何故か階層を移動している。
前園の体を乗っ取る事でゴールデンルールの間隙を突き、魔物としてのくびきから解き放たれて階層移動を可能とした……のかも知れない。憶測は憶測だ、だが問題はそこじゃない。
問題は、自由に階層間を移動出来、熟練者の放つ魔法をレジストし、島村と柳原をあっさりと殺せる冒険者を乗っ取り、両者のレムナントとスキルをたっぷり吸い取った、50階層よりも深い所に棲む魔物がいるって事だ。
……多分、上の階層には前園を乗っ取ってる魔物をどうにかできる冒険者はいない。ギルド付きの冒険者が徒党を組んでも倒せないだろう。
地上まで上がったら、冒険者ですらない一般人の住む世界だ。町は壊滅、大量の死者が出て市民生活が終わってしまう。
「……マズい、一番上まで行かれると……!」
「誰も止められない……!? 歩君、行こう! 私達がどうにかしなきゃ、みんな死んじゃう!」
俺は頷いて長剣を担ぎ直し、瀬奈の隣に並んで駆け出した。
§ § §
階段を三段飛ばしで駆け上がり、瀬奈と分担して魔物を倒す。もう魔物からレムナントを拾ってる場合じゃない。
既に能力値は平均して60前半、Sクラスとは行かないまでも、Aクラスの中堅冒険者くらいの力がある。
Lv.1だった剣術だが、これまでの道中の魔物のみならず、スケルトンから集めまくったスキルの骸晶のおかげでLv.5まで上がっている。
専門性で言えば瀬奈の【勇者Lv.4】よりも上だが、ありとあらゆるスキルを同時発動出来るチートに勝てるはずがない。
とは言え、俺はもうおんぶにだっこの被保護者ではない。瀬奈と肩を並べて魔物を倒せる力が着実に身についている。
……一つだけ不満があるとすれば、瀬奈が緩み切った笑みを我慢しきれていない点だ。時折こっちを見ては相好を崩している。
俺が気付いてないと思っているようで、俺が瀬奈の方に顔を向けるとキリッとした表情に戻っている。
前園に良いように使われ、柳原に疎まれていて仲間に飢えていた事実は情状酌量の余地はあるが、それはそれとして真面目に戦って欲しい。
にやにやしながらゾンビの頭部を峰打ちで叩き潰し、「ふへへぇ」とだらしない笑い声を漏らしつつスケルトンを文字通り粉砕する美少女勇者に、俺はどんな感情で接したらいいのか分からなくなってしまう。
「なあ、瀬奈」
「んんっ、何かな歩君? 一刻を争う事態だから、急がなきゃね!」
咳払いをして声を作って冷静なキャラを演じているようだが、完全に無駄な抵抗だ。
「……そんなに楽しいか?」
「えっ」
「さっきから笑いを堪えてるみたいだったから」
俺の指摘にきょとんとした顔を向けていた瀬奈だったが、照れ臭そうに頭を掻いて白状した。
「にはー! バレちゃったか! うん、すっごく楽しい!」
「これから強い魔物と戦うかも知れないのにか? リンドブルムを壊滅に追い込んだ魔物だぞ?」
「だからだよ!」
瀬奈が通路の先から現れたゴーストの群れに光の斬撃を飛ばす。ゴースト達はこちらを視認する前に光に飲まれ、蒸発するように消し飛んだ。
「私、本当はもっと楽しい冒険がしたかった! 強くなる為にいっぱい下積み修行を頑張って! 仲間と苦労しながら成り上がって! 心が踊るような冒険を、いっぱいしたかった! でも! リンドブルムじゃ出来なかった! 苦しくて、しんどくて、面白くない仕事ばっかりだった!」
さらに向こう側からやってくるゾンビ犬を蹴り飛ばし、ゾンビ共を火のエンチャントを施した魔法剣で切り刻み、白い灰に変えていく。
普通の冒険者が命を賭して戦うレベルの魔物を、喋りながら屠っていく。瀬奈もまた、常軌を逸した化け物だと改めて実感させられる。
「ボロボロになった私を助けてくれて、寝食を共にして、一緒に笑って、泣いて、悩みを打ち明けて……一緒に過ごした時間はたったの二日間だけど、苦楽を共にしたかけがえの無い仲間と未曾有の危機に立ち向かう! これが冒険じゃなくて、一体何が冒険なの!?」
瀬奈の動きが研ぎ澄まされていく。異変を察知したこの階層の魔物が次々集まってきている状況を、瀬奈は楽しんでいる。
「不謹慎だって分かってる! でも! 私! 今さいっこーーに冒険者してる! 『勇者』やってる! これまでの人生で! 一番! 最っっ高に楽しいっ!」
爆ぜて飛び散る光魔法の煌めきを、崩れ落ちる魔物が撒き散らす黄金の残滓を、そして眩いほどの瀬奈の笑顔を。俺は、心の底から美しいと思ってしまった。
俺はそんな心の内を押し隠して、瀬奈の横をキープする。……ヘルメットのバイザーを剥ぎ取ってしまったことを、心底後悔しながら。




