第19話
何を差し置いてもまずはやる事をやらなければならない。島村と同様に回収セットを取り出す。これが最後の回収セットだ。
捜索部の雇われ冒険者は、段ボール箱とチャック付きのビニール袋を2セットだけ持ち込む決まりになっている。普通はペアで活動する為、一組で最大4体までの遺体の回収作業が可能だ。
……逆に言えば、それ以上回収するような事態はそうそう起こり得ないし、起こったら逆に俺達の身の安全が保証されないような重大なインシデントが発生している事になる。
それに回収セットを沢山用意すると、それはそれで「死番虫は冒険者が大勢死ぬのを待ち構えている」とありもしない悪評が立ったりする。
つまりこれは葬式の香典でピン札を使わないのと同じ、お気持ち由来のルールだ。
……そういや、二課のメンバーに死人が出た時の社葬で、金森君が新品のお札を香典に包んで鼻血が出る程シバかれてたのを思い出す。
「……歩君は、これまでどれくらいのご遺体から髪とか遺留品を回収したの?」
柳原の髪を切り、顔についた血の汚れを拭き、苦悶の表情が少しは穏やかに見えるように瞼を閉じさせた所で、瀬奈が話しかけてきた。
「総数はもう覚えてないな、多い時だと月に5件回収した事もあったな。本部のデータを見れば分かるかも知れないが……数が増えれば昇進してめでたい、って話でもないから、もう気にもしてない」
「生きてる人を救助した事は?」
「……瀬奈が初めてだ」
「えへへ……歩君の初めてを頂いてしまいましたなぁ、初めてなのに優しく丁寧にされちゃいました♡」
自身のほっぺたを両手でむにむに揉みながら瀬奈がくねくねと身をよじる。……言い方を考えてもらいたい。ご遺体の前だぞ。
島村の時にはあんなに取り乱していたのに、柳原の遺体を目の前にしても動じていないどころか、こんな冗談を言う余裕があるのか。
「……島村の時と違って泣かないんだな、仲間が死んでる訳だが」
「うーん……私ね、多分悪い子だと思う。夏樹君の時には、良くしてもらった思い出が頭にバーッと湧いてきたから胸が苦しくなったりしたけど……柳原さんはいつも私を見て舌打ちしたり、聞こえるような声で悪口言ってたから、悲しくなる思い出が一つも無くてね」
瀬奈と会話しつつも手は止めない。
柳原の杖は長すぎるので段ボール箱に仕舞わず、遺留品だと分かりやすいよう針金を通すタイプのタグを取り付ける。
……こう言うタイプのタグを絵符と呼ぶらしい。最初「絵符をつけろ」と言われて何の事か分からず困惑した事を思い出す。
しかし装飾品がやたらと多い……指輪もデカい宝石のついた物をほとんどの指に付けているが、左手の薬指はお留守だ。さもありなん。
冒険者カードは財布に入れるタイプのようだ。……クレジットカードがやたらと多い。これを一つ一つ停止しなければならない遺族の気苦労はいかばかりか。
「……ざまぁみろって?」
「そこまで酷い事は考えてないけどー! ……でも、私も結構薄情な人間なんだなって、ちょっと寂しくなっちゃったかな」
冒険者カードの死亡登録をしている俺の隣に瀬奈がしゃがみ込んで、柳原の遺体に手を合わせる。
俺は俺で柳原の手に六文銭を握らせる。……豪華な宝飾品で身を飾ってても、最後の持ち物はこれだけだ。
人生ってのは何とも儚い物だ。何も持ってない俺からしたら、割と早い時期から儚くて虚しい物ではあったが。
「助けてもらった事もあったはずなのにね、思い出せないや。悲しむ材料が全く無いからって、嫌な人って印象が強いからって……こんなにケロッとしてていいはずがないのにね」
「別にいいんじゃないか? 俺としては毎回泣かれるのはそれはそれで困るし、それに……」
あらかた回収を終えて、段ボール箱に冒険者カードを貼付して作業終了だ。
段ボール箱をアイテムボックスに入れて、自分の手を除菌スプレーで消毒する。
「もし、俺の親戚……俺の両親の遺産を食い潰した奴らが死んだら、ざまぁみろって思うけどな。何なら蝶々結びのご祝儀袋にピン札包んで香典置き場に叩きつけてやる」
「……歩君、結構悪い人だぁ」
「そうだぞ、悪い人だ。こんな悪人をパーティに誘う奴の気が知れない。……だから、瀬奈はそこまで悪い人間じゃない。下には下がいるからな」
「……うん、ありがと。それはそれとして、悪い人だからって歩君を諦める理由にはならないけどねー?」
瀬奈が「もう二度と離さないからな」と言わんばかりに力を込めて腕にしがみついてくる。
やめなさい、仏様の御前だぞ。なんか距離感の詰め方がイカれてないか?
振り解こうとするが全く離れる素振りがない。結局、この不毛なやり取りは数分間続く事になった。
……怨念のこもった柳原の舌打ちが聞こえたような気がした。いや、これは完全に気のせいだが。




