第16話
地下墓地に繋がる非常階段で、ぼんやりと外を眺めながら瀬奈を待つ。
遠くのビルからこちらを見つめている謎の人間をこちらも見つめかえす。
当然の事ながら反応は無い。雑居ビルも、ボッ立ちでこっちをガン見する人間も、結局の所ダンジョンが作った偽物だからだ。
……いいぞ、分かった。そっちがその気なら徹底抗戦だ。
勝利者のいない虚しいにらめっこを続けていると、廊下の方からドアの開く音がした。瀬奈が部屋から出てきた音だろう。
「……歩君」
「もういいのか?」
アルミ階段を踏み締める音が背後で鳴り、俺は振り向いた。
目を真っ赤にした瀬奈が、それでも表情を引き締めて俺をじっと見つめる。
「良くは……ないけど、行かなくちゃ」
「……いいんだな?」
「うん、大丈夫。私は取りこぼさないよ。仲間との……夏樹君との思い出」
しっかりと俺の顔を見て宣言する瀬奈に、俺は頷いた。
いい顔をするようになった。もう大丈夫だ。瀬奈はきっと、これからも頑張っていけるはずだ。
俺が妙な安心感に浸っていると、瀬奈が俺の手を掴んできた。……一体何だ?
「それから、歩君の事も。絶対、取りこぼさない」
「……はぁ?」
いきなり変な事を言うもんだから素っ頓狂な声を上げてしまった。瀬奈の手を解こうと引っ張るが、それ以上に強い力で掴まれてしまう。
待て待て、マジで何やってんだお前は!?
「だって歩君は仲間だもん! 絶対に手放したりしないからね!」
「昨日の話をもう忘れたのか!? 地上に戻るまでだって言っただろ!? 限定的な仲間だぞ!?」
「限定だろうと何だろうと仲間に変わりはないもん! やだ! やーだー! はーなーしーまーせーんー! ぜっっったい説得して歩君にうちのメンバーになってもらうんだー! 一緒に楽しく冒険しようよー!」
心から御免被る、スケベ心を出してダンジョン入場規則を破るようなリーダーのいるパーティなんて真っ平ゴメンだ。
一人ユニークスキル持ちがいるだけで暴走するなら、二人になったら何をしでかすか分からない。国家転覆でもやらかすんじゃないか?
「帰ったらお前が勧誘してるパーティのリーダーがお縄になるんだよ! 死人が出た以上代表者として責任を取らされるし、何にせよ規則と法律どっちもブッチするような奴は年単位で刑務所から出られないに決まってるだろ! パーティはもう諦めろ!」
「じゃあリーダーやるからメンバーになってよー! 頑張ってルールとか覚えて資格取るからー!」
「だから! ……俺は捜索部三課の生き方しか出来ない死番虫なんだよ。俺みたいなのはとっとと諦めて、お前らしく生きろよ」
瀬奈の手をようやく振り切り、階段を登る。十段ほど登った所で、瀬奈が声を張り上げる。
「諦めないよ! ……取りこぼさないって、決めたもん」
「……勝手にしろ。……ったく、何で俺なんかにそこまで執着するんだよ……」
「あ、歩君! ちょーっと待った!」
駆け寄ってきた瀬奈が急に俺の手を引っ張るモンだから姿勢を崩して階段落ちを披露しそうになってしまった。
「こんな所で手を引っ張るな! 危ないだろ!」
「いやだって歩君手のひら怪我してるじゃん! なんか変だと思ったら血で汚れてるし! 回復魔法かけたげるから待って!」
瀬奈の全身が仄かに光り、その光が俺の傷へと収束していく。
傷の部分の肉が盛り上がり、すぐに傷口が塞がる。刺すような痛みは消え、冷えた手を温めた時のようなくすぐったさが残った。
「……回復魔法、死んだ人には効かなくても、死んでない人には効くんだからね。怪我したらちゃんと言ってね?……死んでからじゃ、遅いんだから」
頬を膨らませた瀬奈が俺の手の平を何度かさすり、さっさと俺を置いてけぼりにして階段を登って行く。
手のひらに残るくすぐったい感覚は、しばらく消えなかったが……俺は、何故か悪い気がしなかった。
§ § §
回収すべき物の回収は済んだとて、島村のご遺体はまだ廊下の隅っこに鎮座している。
覚悟を決めたものの、死体を目の当たりにする経験の少ない瀬奈は怯えの色を隠せていない。
そりゃそうだ、俺だって最初は死体に触れるのも嫌だった。気持ち悪さに思わず吐いたり、飯が食えなかったりした一年目を思い出す。
「歩君……夏樹君のご遺体って、このまま置いてくの?」
「ああ、そうだな」
「連れて……帰れないよね」
瀬奈がおずおずと提案する。まあ、普通の人間はそう思うだろう。
「無理だな。重すぎるし、アイテムボックスに入らない」
力の抜けた人体と言うのは、かなり持ちにくい。重いし、バランスが悪い。
おぶっていくにせよ、抱き抱えるにせよ、かなりの負担になる。当然、魔物に襲われたら迎撃出来ない。
ご遺体を地上に戻そうとした結果、捜索部がご遺体になってしまう……そんな事態も予測できる。まさにミイラ取りがミイラになると言う奴だ。
じゃあアイテムボックスに入れればいいじゃないかと言われそうだが、アイテムボックスは一つの品目につき30kgまでと言う重量制限がある。
上下に分断したり、四肢や頭を切り取れば入らなくはないだろうが、それはそれで死体損壊罪に問われてしまう。
それに、いつ魔物が襲ってくるか分からない環境で遺体をぶった切って血と肉をばら撒けば、その匂いが魔物をおびき寄せてしまうだろう。
……結果、今のような遺髪と一部の所持品を持ち帰るスタイルになったという経緯がある。
「そっか……無理かぁ」
「遺髪だけでも地上に帰れるなら御の字ってモンだ。死んだらダンジョンに吸収されるからな」
ダンジョンで放置されている物はいつの間にか消滅している。それは魔物や人間の死体も同じだ。
前に研修で聞いた時には、ダンジョンに放置されると魔素に変換されてダンジョンに還元されるんじゃないかとの研究結果が出たらしい。
ダンジョン発生初期はダンジョンをゴミ捨て場にしようと提言した政治家もいたが、実際にやってみた結果ダンジョンに魔素が豊富に供給される形になり、魔物が大量発生して大変な事になった。
だからダンジョンで死なないのが一番だ。魔素として吸収されたくなければ……ん?
「妙だな」
「妙って?」
「魔素の残滓……レムナントが無い」
俺の持つ【レムナント・イーター】は「死亡した生命体の魔素」を可視化する。わざわざ「魔物の」と限定していないのであれば、人間の死体の魔素も視えるはずだ。
だが、島村の遺体には魔素を表す黄金の粒子やスキルを表す虹色の骸晶が一欠片も見当たらない。これは変だ。
「人間の遺体は反応しないって事は?」
「分からない。だが、注意した方がいい」
俺が人間のレムナントを感知できないってだけの話であれば、逆に安心できる。もしそうでなければ、別の可能性が出てくる。
「……俺以外の魔素の残滓を吸い取れる何かが、近くにいるのかも知れない」
冷たい汗が一筋、俺のこめかみを伝って落ちた。




