第13話
午前中と比べると瀬奈の進行ペースがかなり落ちている。仕方ないと言えば仕方ない。
帰ったら帰ったでギルドの取り調べが待っているかと思えば、足取りも重くなるという物だろう。
俺も何らかの聴取が待っているかと思うと気が重い。どんよりとした雰囲気が俺と瀬奈の間に漂っている。
15時頃にセーフゾーンに到着した。今度のセーフゾーンは長い廊下の左右にドアがいくつも並んでいる宿泊施設のようだった。瀬奈が言うには「ビジネスホテルみたい」との事だ。
ドアはどれも鍵が掛かっておらず、中にはベッドと机のある寝室とシャワーとトイレが一体になっている小部屋がセットになっている。
……実家と親戚の家と寮でしか寝泊まりした事がないので、ビジネスホテルがこんな感じだとは知らなかった。
一つずつドアを開けて魔物が本当にいない事を確認して、俺達は適当に今夜寝る部屋を決めた。
俺はふと気になって、部屋の窓を開けて外の景色を眺めた。
窓の外を見ると空は月も星も見えない真っ暗闇で、雑居ビルが所狭しと立ち並んでいる。屋上の看板が文字が崩れていて読めないのは流石セーフゾーンだ。
ビルには明かりが灯っており、開け放たれた窓際ではうつろな目付きの人間が棒立ちのままこちらを見つめている。
流石に怖くなり、俺は部屋の窓とカーテンを閉めた。
その後、二日目の夕飯として非常食セットを瀬奈に渡した。内容物はアルファ化米と野菜や肉がしっかりと形を保っているレトルトのカレー、粉末のトマトスープとあんぱんの缶詰だ。
昨日と違って火をおこすのが躊躇われるので、常温のままササッと済ませて、せっかく水の出るシャワーがあるので体を流して早めに就寝した。
……ダンジョンの中でここまで熟睡できるのかと軽く疑うくらいよく眠れた。普段浅い眠りを繰り返してアラームが鳴る前に起きる生活を繰り返していたから、今日は寝覚めが特に良い。
やはり寝心地のいいマットレスは違う、寮の湿気った煎餅布団とは心地よさのレベルが違う。……持って帰っちゃダメだろうか?
同じくよく眠れたと思われる瀬奈と合流して、今日の打ち合わせを開始した。
「……多分、今日の夕方に捜索が打ち切られると思う」
「え、私達がまだ残ってるのに?」
「ああ、50時間ルールがあるからな。捜索が始まって50時間が経ったら、要救助者発見の見込み無しとして捜索隊は引き上げる。活動に必要な資材が足りなくなるし、二次遭難の危険があるからだ」
これがまだ事前に連絡が入っていたなら人員や装備を増やして捜索範囲を広げられたかも知れない。
しかしリンドブルムのリーダーがスケベ心を出したせいで攻略階層変更の旨が本部に届いていない。
Sクラスパーティやユニークスキル持ちからしたら楽勝でも、40階層というのは一般の冒険者からしたら十分危険地帯だ。
一・二課がいかに腕の立つ捜索のエキスパートだったとしても、所詮は一般人の寄せ集めだ。
危険な魔物がワンサカいる中でしらみつぶしに捜索するのはフィジカル・メンタルどちらの観点からもタフな仕事になる。長く続けば士気だって崩壊する。
「せめて階層変更の連絡さえ入っていれば、時間延長の措置が通って捜索隊に見つけてもらえる可能性はあったかも知れないが……」
「……ごめんなさい……」
「いや、パーティリーダーが勝手に突っ走ったせいだろ? Sランクパーティにしては軽率だったとは思うが、瀬奈が気にする必要は無い。とにかく、なるべく急ぎつつも慎重に行こう」
俺達は非常口のピクトグラム……と思われる、緑色のサインが上部に備え付けられてある扉を開けて、非常階段を上へ上へと登って行った。
§ § §
階段を登り切ると、これまでと雰囲気が変わった。
壁面には高さ1メートル程にくり抜かれたような空間があり、そこには石で出来た箱や骸骨が無造作に置かれている。
俺は見覚えがないが、瀬奈はどうやら心当たりがあるようだった。
「地下墓地エリア……ちょっと厄介だね。アンデッド系の魔物が多いから、光か炎の属性魔法が必要だね。歩君、ちょっとその剣貸して」
「……何をするんだ?」
俺が長剣を鞘ごと渡すと瀬奈は剣を抜き、刀身に指を這わせながら何事か呟く。すると刀身に模様が浮かび上がり、光を放ち始めた。
なるほど、魔法剣スキルか。本当何でもアリだな、勇者スキル。
「ほい、これでゴースト系もダメージが通るはずだよ。普通の物理攻撃はすり抜けちゃうからね。奈良のダンジョンにも地下墓地エリアがあってね、大変だったよー」
瀬奈が俺に剣を返し、さらに自身の剣にも光魔法の付与を行う。ランタンを付けなくても通路の先まで照らせそうなピカピカパーティの爆誕だ。
「おっけー! これでアンデッドをどつき倒せるようになったね! じゃあ先に進──」
瀬奈が意気揚々と一歩を踏み出そうとした瞬間、その動きが止まる。俺もつられて止まってしまった。
瀬奈の視線が一点をじっと見つめている。一体何があるのかと瀬奈の視線を追うと、そこには人間が倒れていた。
何らかの罠の可能性はあるが、確認しない訳にはいかない……俺が周囲を警戒しながら倒れている人物に近づこうとしていると、瀬奈が走って俺を追い越し、倒れている人物を抱き起こした。
罠があったらどうするつもりだ、と嗜めようとしたが、瀬奈の様子がおかしい。完全に取り乱している。
俺も急いで近づき、倒れている人物を確認した。
鋭利な刃物で何度も切り裂かれた深い傷が痛々しい、正気の抜けた青白い肌の黒髪の女性……いや、こいつは見た事がある。そう、最初見た時は女かと思ったが……違う。
「夏樹君、夏樹君! しっかりして! ねぇ! ねえってば!」
棍棒使い。回復魔法と支援魔法の使い手の女顔の冒険者……リンドブルムのメンバー、島村夏樹だ。
緑色のローブにべったりとついた茶褐色の汚れは渇いているが、それでもまだ鉄の錆びたような血の匂いを漂わせている。
「瀬奈、少し下がってろ。……おい、大丈夫か? 俺の声が聞こえるか?」
俺は急いで瀬奈を島村から引き離して、島村の肩を叩きながら呼びかける。……返答無し、意識は無い。
続いて胸の動きを見る。呼吸は停止している。脈拍を確認する為に首筋と手首の両方に指を当てる。脈拍停止、心肺停止状態を確認。
そこまでチェックした後、俺はアイテムボックスから小さな液晶画面のついた注射器のような機械を取り出した。
これはバッドステータス判定装置だ。針の部分を対象に押し当ててボタンを押すと、対象のバッドステータスを鑑別する事が出来る。
毒ならPOISON、麻痺ならPARALYZEと液晶画面に表示され、使用実態とデータの内容が業務端末へ送られる。
……だが、液晶画面に表示されたのは、俺の想像通りの結果だった。
「……DEAD……ダメだ、もう死んでる」
島村の死を告げる、無情なビープ音がバッドステータス判定装置から鳴り響いていた。俺の横でどさりと瀬奈が膝からくずおれ、啜り泣く声が石壁に染み込む。
……俺は島村の死体よりも、今の瀬奈の姿を見る方が、よっぽど恐ろしいと感じていた。




