第11話
夕食後、どうにも気まずい空気になってしまい、早々に就寝する事になった。
瀬奈は何度も「何とかすみっこに寄れば二人いけるよ」とテントに入るよう促して来たが……流石に若い男女が同じ場所で寝るのは、どう贔屓目に見たとしてもマズい。
それに、俺は別にテントがないと眠れない訳じゃない。雑魚寝で十分だ。
この仕事を始めてから、俺はどこでも寝られるようになった。寮の環境が悪すぎるからだ。
雨漏り、家鳴り、隣の部屋のいびきに寝言に歯軋り……24時間営業のダンジョンが真横にある為、投光器の明かりが部屋に差し込んで来るのも安眠を妨げている要因の一つだ。
何なら、このセーフゾーンの方がよく眠れそうなくらいだ。少なくとも、いびきで起こされる事はないはずだ。
目に刺さるようなオレンジ色の夕陽も、ヘルメットのバイザーを下ろせば……そうだ、壊れたから剥ぎ取ったんだった。
俺は寮でも使っているアイマスクをアイテムボックスから取り出し、手早く装着して横になる。
疲れもあっただろうし、瀬奈に身の上話をした事で俺の中で何か心境が変わったのかも知れない。
俺は普段よりもずっと早く、ずっと深く眠りにつく事が出来た。
夢を見たような気がする。とても懐かしい夢を。
親父とお袋と食卓を囲んで、取り留めもない事を話していた。
親父とお袋の顔はぼやけていた。声も風呂場のように響いて不明瞭だ。
……そうか。俺はもう、親父とお袋の顔も声も思い出せないのか。
あんなに毎日顔を合わせて話をしていたのに、たった数年で思い出せなくなるのか。
悲しいはずなのに、涙も出てこない。俺の心は、もう擦り切れてしまったんだろうか?
やがて両親だけでなく景色もぼやけ、暗転して……女の声がする。
「起きてー、もう朝だよー。そろそろ準備しよー」
肩を揺さぶられ、意識が覚醒する。目を開けても真っ暗……そうか、アイマスクしてたんだった。
アイマスクを取ると俺の目の前、至近距離に瀬奈が顔を近づけていた。びっくりした、何してんだコイツ!?
「うわあ!?」
「あははー! うわあ!? だって、面白ー!」
驚く俺の真似をしながら両手を叩いて大爆笑している。当然の事ながら、俺は全然面白くない。
「いやー、ごめんねー。昨日はちょっとしんみりとしちゃったから、テンション上げた方がいいかと思ってさ」
「全く……雰囲気に気を遣う要救助者がどこに居るってんだよ!?」
「ううん、いないだろうね。そもそも私は要救助者だと思ってないよ。必ず地上に戻れるって信じてるからね。……私は歩君の事を仲間だと思ってるから、歩君にも同じように私を仲間だと思って欲しいな」
昨日と変わらない夕陽を逆光に浴びた瀬奈が、俺に手を伸ばす。俺は久方ぶりに感じる胸の辺りのこそばゆさを無視して、差し出された手を握り返した。
「地上に戻って、冒険者ギルド職員に引き渡すまで。それまでの間なら……いい。同僚に準ずる人間として扱う」
「なーかーまー! 同僚じゃなくて仲間ー! 何でそんなにひねくれてるのかなー!?」
瀬奈が力を込めて強く手を握る。痛い痛い痛い、強力なステータス持ちが人体破壊を目的とした握撃を試みるな!
「痛い痛い! やめろって! ほんっとにめんどくさいなお前! いいよ! 仲間だ! 仲間だから手を離せ!」
「はーい! ちゃんと約束したしスマホの録音機能でも言質取ったからね! 嘘ついたらファイアボール飲ますよ!」
針千本とどっこいどっこいのフェイタリティアタックを反故のペナルティに持ち出すのはやめて欲しい。内臓全部焼けるぞ、そんなの。
俺は瀬奈の手を引っ張るようにして立ち上がり、テントの解体と回収に着手した。
§ § §
キャンプを撤収し、セーフゾーンを後にする。
瀬奈もしっかり鎧とインナーを着込んで準備万端だ。俺は昨日からアーマーを付けっぱなしだから、準備もクソもない。
山肌に沿うように積み上げられた石段を登りながらブロックタイプの栄養補助食品を朝食代わりに頂く。昨日食べそびれたメープル味だ。
これに関しては瀬奈からツッコミを受ける事はなかった。……朝は基本食べないとカミングアウトしたら烈火の如く怒られそうではある。
今日の予定を軽く詰めながら長い長い石段を登ると唐突に石造りの鳥居が現れ、その先には石壁や天井に囲まれたダンジョンが広がっていた。セーフゾーンはここまでだ。
「じゃ、今日も頑張ろうね」
「ああ。……何だそれ」
瀬奈は軽く手を挙げて何かを待っている。こんな所で手を挙げた所でタクシーは来ないぞ。
「ほらほら、ハイタッチ! 仲間だし!」
「……お前の中の仲間像は一体どうなってんだ……始業時にハイタッチする冒険者がどこにいるんだよ」
「いるよ! 少なくともここに一人ね! やだって言うならモーニングセットのドリンクに針千本かファイアボールはいかが?」
「あーもう! 朝イチから脅すな! 分かった分かった、分かったから!」
俺がしぶしぶハイタッチに応じると、瀬奈は上機嫌で剣を抜き、敏捷性のギアを一つ二つ上げて駆け出した。
「いえーい! よーし、じゃあ飛ばしていくよー! 歩君もちゃんとついて来てねー!」
「あっ、おい! 待てって! 朝イチから飛ばすな! バテるだろうが!」
俺は昨日より多少マシに走れるようになったとは言え、依然全力を出しきれない体に鞭打って瀬奈を追った。




