第10話
俺と瀬奈は一食分ずつ非常食セットを頂く事にした。開けたこともなかったので、内容物は俺も知らない。
ビニールのパッケージを開けて中身を検めると、お湯を入れるだけで炊き立てに近い状態に戻るアルファ化米のパウチと牛丼の具が入った缶詰、レトルトの筑前煮にフリーズドライの味噌汁……それから小さなようかんが一つといった感じのセットだった。
何とも豪勢だ。いつもスーパーの半額弁当を夕飯にしている俺からしたら、これだけでちゃんとした定食だ。味噌汁なんて年単位で飲んでない。
落ちている枝を集めて瀬奈が火炎魔法で火をつけて焚き火を用意して、やかんに水を汲んできて焚き火の上にに置く。
端末に業務日報を入力しながら湯が沸くのを待っていると、あらかた書き終わった頃に蓋の通気口からシュンシュンと蒸気が抜ける音が耳に届いた。
アルファ化米にお湯を注ぎ、充分に戻った所でシェラカップに移して火にくべておいた牛丼の具をパックにかける。
筑前煮は常温でも食べられると書いてあったのでそのまま開けて、セット付属の皿に出した。
ついでに固形の味噌汁の素を紙コップに入れて、お湯を入れると……凄いな、ちゃんとワカメも入ってるんだ。ナスの輪切りとかどうやって入れたんだ?
出来上がったそばから食べ始める俺と違い、瀬奈は丁寧に手を合わせて「いただきます」と呟いてから食事に手をつける。
俺も瀬奈の所作を見て、遅ればせながら「いただきます」と手を合わせた。
……飯を食う時にいただきますって言わなくなったの、いつからだろう。両親が生きていた頃は普通にやってたのにな。
生きる為に必要だから食ってるってだけで、食うこと自体あまり頓着しなくなったような気がする。
楽しくもない、嬉しくもない、ただの生理現象の一部としてのひとりぼっちの食事……そこにいただきますもクソも無い。
栄養素だけを詰め込んだ栄養補助食品に食材として屠られた動物への感謝なんてないからだ。
俺はそんな瀬奈の姿を見て、こいつは生きてる人間なんだな……などと、そんな事をぼんやりと思っていた。
「え、思ったより全然おいしい……味がちょっと濃い目なのは塩分を強めにしてミネラル不足を回避したいって事なのかな? 凄いねこれ、大規模災害で被災した時とかもこれなら食事の時間が楽しくなりそう……歩君? どうかした? 私の事じーっと見つめて……?」
「いや、何でもない。こうして誰かと一緒に飯を食うの、何年ぶりかなって思ってさ」
「何それ、いくら大変な仕事だからって、たまには誰かとご飯食べたりしないの? お父さんとかお母さんは?」
「両方死んだよ、七年前くらいに」
俺が何の感情も込めずにあっさりと答えると、瀬奈が息を呑んだ。バツが悪そうに俯き、スプーンを握りしめる。
こうなると分かってたから軽い感じで答えたんだが……やっぱりダメか。
「……ごめん、軽率だった」
「別に気にしなくてもいいさ。大分前の事だから、もう慣れた」
「私と同年代って事は……七年前って言うと、中学生の頃?」
「高校上がる直前かな。親父はこのダンジョンで魔物にやられて、お袋は買い物帰りに信号無視のトラックに轢かれて……全く同じ日に死んじゃって、悲しむ暇なんて無かったな。親戚に引き取られて、両親の遺産を毟り取られて……高校卒業と同時に家を追い出されたよ」
「何それ、酷い……何で歩君がそんな目に遭わなきゃいけないの? おかしいよ、大人が介入しなきゃいけない事でしょ、それは……!」
瀬奈の手の中のプラスチック製のスプーンが乾いた音を立てて弾け飛んだ。
……強く握りしめたせいだろう。高数値のステータス持ちにはよくある現象だ。感情の発露で腕力が制御出来なくなる事があるんだそうな。
昔の話を軽く話しているだけなのに、瀬奈はまるで今起こっている事のように怒りを露わにしている。
あの時……両親が死んでからの理不尽な高校の三年間。そしてこれまでの死人のような四年間。
もし、瀬奈みたいに怒ってくれる人が身近にいたら。俺の身を案じてくれる人がいたら……俺の人生は、変わっていただろうか?
死番虫と呼ばれて忌み嫌われる、こんな死体漁りみたいな仕事をしなくて済んだだろうか?
……いや、関係ない。もしもの話に意味はない。捜索部三課として働いている今の俺こそが、俺だ。
それでも……それでも、こうしてあの時の不条理を怒ってくれる人がいるだけでも、救われた気持ちになる。
今の俺じゃない。泣く暇がないから、生きなくちゃいけないからと沢山の心を押し殺した、あの頃の俺が今救われてる……そんな気がする。
「無関係の私が言えた話じゃないけど、今からでも何かできるんじゃない? 行政機関とか弁護士とか、そう言うのに相談してもいいんじゃない?」
「いや、もういいかな。もう七年も前の話だし、そんな暇もないしな。毎日仕事するだけで手一杯だ」
「……そっか」
瀬奈は小さく呟くと、しばらく押し黙った。
夕暮れの斜陽に照らされている物憂げな瀬奈の表情は、それだけで絵になるような美しさだった。
「……歩君、墓参りとかしてる? お父さんとか、お母さんの」
「してないな。永代供養の墓地に埋葬されてるから墓掃除とかしなくていいし、そもそも仕事が忙しいし……親父もお袋も、そこには居ないと思うから」
俺は少し冷め始めた牛丼を一気にかき込んで、一息ついてから、瀬奈に告げた。
親戚の家を飛び出した日から、呪いのように付き纏っているこの世の真理を。
「……人間、死んだら死だ。何も残らない。親父もお袋も、死んだからにはそれまでだ。だから……いいんだ、これで」
瀬奈は反論もせず、足元に落ちているスプーンの破片を見つめて、ぎゅっと拳を握りしめた。




