辺境伯様が来る 3
紅茶のおかわりが運ばれてきた頃、シュルベスト辺境伯様の従者が戻ってきた。その手にはこの近くにある宝石店の袋。
それを渡されたシュルベスト辺境伯様は、その中から細長い箱を取り出しこちらに差し出してきた。
「オルデア嬢、良ければ受け取って欲しい」
「え?私に?」
宝石店の袋から出てきた細長い箱。考えなくても宝飾品であると分かる。婚約者でもないのに受け取れないと躊躇っていると、シュルベスト辺境伯様が箱を開けて中身が見えるようもう一度私に差し出す。
中には緑がかった青い宝石がついたシンプルなネックレスが入っていた。
「綺麗な色……」
その色は目の前のシュルベスト辺境伯様の瞳の色に近い。
箱の中の石に見惚れていると、シュルベスト辺境伯様はそれをライナの方に向けて差し出した。
意図を察したライナはそれを受け取って私に付けようとする。
「そんな、こんな高価なものいただけませんわ」
そう断るが、ライナはサッと私の首にネックレスをつけてしまう。私の許可なく動くライナに驚いたが、無理に外すこともできずその宝石は私の胸元に落ち着いた。
自分の瞳の色の宝石を送る意味が分からない程初心ではない。母と妹にネックレスを奪われた私への同情の気持ちだけではないだろうネックレスに戸惑うが、それより嬉しい気持ちが上回っていることに私はもう気付いていた。
「シュルベスト辺境伯様、ありがとうございます。でも、その……」
「待って欲しい、気持ちを伝える前に断られてはさすがに落ち込んでしまう」
そうおどけたように笑ったシュルベスト辺境伯様は、真剣な顔をして続けた。
「オルデア嬢、私はあなたと結婚したい。自分の話だけをする令嬢、社交界の噂話を面白可笑しく話す令嬢、私の容姿にしか興味のない令嬢、そんな令嬢達ばかりしか私の周りにはいなかった。対等に話のできる令嬢はあなたが初めてだったんだ。あなたの周りを気遣う優しさも、領地経営や商会を運営できる賢さも手紙から溢れていて、あなたと共に過ごしたいと願うようになった。今日話して、この時間でも私はどんどんあなたに惹かれている。どうかもう一度私との縁談を考えてもらえないだろうか?」
こんなにもまっすぐに想いを伝えられて、嬉しくないことがあるだろうか?
手紙が届くのをそわそわしながら待っていた。手紙を開く瞬間の高揚感、シュルベスト辺境伯様の少し硬い筆跡を目で追う時間、返事の手紙を書くときに知らず笑顔になっていること、全部気付いていた。
いまだに手紙を辞めると言い出せない理由も、送らなければいけない釣り書を引き出しから出せない理由も、今日母に黙ってまでここに来た理由も、目を逸していただけで心の奥底では気付いていた。
「私も……シュルベスト辺境伯様をお慕いしております」
シュルベルト辺境伯様がほっとしたように笑って私は心臓がぎゅっと傷んだ。
「でも、家族も、ローゼンフィル領も大事なのです。私は家族と領民を捨てて辺境の地へ行くことはできません。申し訳ありません」
もっと早く手紙を辞めるべきだったのだ、私は申し訳なさと、これで終わるのだという悲しみに涙が出そうだった。ここで私が泣くのは違うと、なんとか涙を堪えながら頭を下げた。
「顔を上げてくれないか?私はあなたに家族を捨てて辺境に来て欲しいとは言わない。」
結婚してほしいと言ったのに、辺境に来て欲しいわけではない?どういうことなのかと私はシュルベスト辺境伯様を見た。
「家族に認めてもらって、辺境の地へ来てほしい。そのための策を考える。どうか私と協力してくれないか?」
認めてもらって辺境へ?そんなこと考えもしなかった。
「あの、そんな風に言っていただけて嬉しいですわ。でも……………いえ、母を説得するためにどうしたら良いか一緒に考えていただけますか?」
私はこの人と一緒になりたい。家族を捨てる覚悟をして欲しいと言うわけでもなく、一緒に家族を説得する策を考えようと言ってくれるこの人と。
「良かった。私はオルデア嬢を諦められそうにない。断られたらどうしようかと」
直球に想いを告げてくれるのは嬉しいが、慣れていなくて顔が熱を持つ。5年婚約者がいたってこんな甘い言葉を言われた事などない。
「ではまず、問題点を整理しよう。ローゼンフィル夫人はオルデア嬢が遠い地に行くのを嫌がったのだよね?」
「ええ、父が亡くなってから領地経営は家令のサポート等を受けながら私がしております。婚約者であったドナウティ公爵子息と私で領地経営をしていくつもりでいましたし、母はそういったことに向いておらず、自ずと父の代わりは私に」
母は私を父の代わりと思っている節がある。
「なので、母も今まで父に頼っていたところを私に頼るようになりました。恥ずかしながら、妹と私の元婚約者が惹かれ合い私が侯爵家を継ぐことはなくなりましたが、妹に領地経営は無理でしょうし、母が私を頼りにするのも理解できるのです。私もローゼンフィル領のことが大切ですので、嫁いでもできることはしたいと思っております。それには母の言う通り、近い方が良いとも思っておりました」
「なるほど、オルデア嬢の領地を想う気持ちは素晴らしい。領主としてもうすでに領民を守ることを心に決めていたのだろう。あなたは良い領主になっただろうね。ローゼンフィル領にとっては残念だが、私にとっては幸運だ。だから……そんな悲しい顔をしないでほしい」
口に出すとやはり辺境に行くのは難しいと思っていたのが顔に出ていた。
「あなたは、実際には婿となる夫が継ぐにしても、侯爵家を継ぐ覚悟をしていた。領主として領地を守ろうと覚悟していた。その立場を妹君とその婚約者に譲ったのだろう?」
その言葉にこくりと頷く。
「ならばその覚悟ごと譲らないか?侯爵家も領地も譲るのだから、あなたが背負っている責任も覚悟も一緒に譲ってしまおう。嫁いだ後まであなたが背負うことではない。近くにいなくても手紙もできれば、時間はかかってもローゼンフィルに戻ることも可能だ。辺境の地からでもローゼンフィルへの手助けができないわけじゃない。そのぐらいで良いのでは?あなたはローゼンフィル侯爵夫人でもローゼンフィル領の領主でもないのだから」
ローゼンフィル侯爵夫人でも領主でもない。あぁ私は人に言われてようやく理解した。いや、頭では理解していた。気持ちがようやく追いついたのだろう。
どこに嫁ごうと私はローゼンフィルを出ていくのだ。男爵家だろうが辺境だろうが、出ていく人間に、追い出されるに等しい私に、今までの覚悟はもう必要ない。
「たしかに、そうですわね。私、私がいなければいけないと思い込んでいたのですね。自意識過剰で恥ずかしいですわ」
「いいや、自意識過剰なんかじゃない。母君からの信頼を一身に受けていたからだろう」
「……そうかもしれませんわ」
「まずはローゼンフィル夫人の頼り先を他に譲ろう」
「頼り先を譲る?」
「そう。たぶん夫人は頼る人が必要な人だ。その頼り先は今あなただが、ドナウティ公爵子息に譲ってしまおう」
「ドナウティ公爵子息に?」
「彼は次期侯爵だ。あなたの代わりにドナウティ公爵子息を頼れるようになれば、夫人はオルデア嬢が少し遠い辺境に行っても大丈夫と思えるようになるのでは?」
お母様はお父様をとても頼りにしていた。お父様が亡くなって、お父様の代わりに私に頼るようになった。
それなら確かに私の代わりにロベルト様を頼るようになれば、私が遠くに嫁ぐのも平気かもしれない。
「シュルベスト辺境伯様はすごいですわ。なんだか絡まっていた私の思考を解いてくれるようで」
「渦中にいると見えないものが、私のように外からだと見えるだけだよ。それにオルデア嬢とともにいたいがために必死に頭を回している」
「まぁ、ありがとうございます。私もシュルベスト辺境伯様と一緒にいられるよう必死に考えますわ」
にこりと笑うとシュルベスト辺境伯様のお顔が赤くなり、つられて私も赤くなってしまった。
「ええっと、まずはオルデア嬢がドナウティ公爵子息を頼ることがいいかと」
「頼る……そうですね、引き継いではおりますが、私ドナウティ公爵子息を頼っていませんでしたわ」
頼っていないというか信用していなかった。お父様が見つけた人だ、私より優秀であろうのに。
結局私はローゼンフィル領を諦めきれていなかったのだろう。継ぐのはリリーとロベルト様だ。早く引き継ぎをしてロベルト様に任せよう。
「母にもドナウティ公爵子息を頼っているところを見せて、次期侯爵は彼なのだとわかるよう行動してみますわ」
「うん、とりあえずそれで様子をみてみよう。オルデア嬢、夫人に納得してもらえるよう共に頑張って欲しい。そのために私にできることは何でもしよう。けれどもしあなたの心が辛いようなことがあれば無理はして欲しくない」
「ありがとうございます。これからも文通を続けてください。きっと、それがあれば私は頑張れますわ」
そっと胸元の宝石に触れて付け足した。
「それと、あなたの気持ちがお守りになりますわ」
するとシュルベスト辺境伯様はちょっと複雑そうな顔をされた。
「私の瞳に近い色に、シンプルかつ上品なデザインでオルデア嬢にとても似合ってる。私の従者はセンスがいいと誉めたいところだが、私が選んで送りたかった……あなたを待たせるわけにもいかず仕方なく任せたが、こうもセンスが良いと嫉妬してしまうな」
そう拗ねるように言うものだから、年上の男性なのに可愛いと思ってしまった。
「次は私が選んだ物を送る、必ず」
「ふふふ、楽しみにしています」
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