母の想い
フレッドとの話の後に、私はお母様を訪ねた。
「お母様、少しよろしいでしょうか?」
ドアの前でお伺いを立てるとすぐにお母様の侍女が扉を空けてくれた。
お母様は窓際のソファーに座りお茶を飲んでいた。その姿が執務室でお茶をするリリーにそっくりで一瞬立ち止まった。
いやリリーがお母様に似ているのだけど。
「どうしたの?オルデアも掛けて?」
対面のソファーに腰掛けるとすぐに侍女がお茶とお菓子を持ってきた。
「私の縁談のお話なのですが」
そう切り出せば、ようやく新しい婚約者を決める気になったのね?とお母様は前のめりになった。
「ええ、実はフレッドが親戚であるシュルベスト伯爵家との縁談を勧めてくれまして、私としても良いごえ――」
「だめよ!!!!」
お母様は淑女らしからぬ大声で私の言葉を遮った。
「シュルベストなんてここから2週間はかかるような場所じゃない!そんな遠くに嫁ぐことないわ!」
「ですが家のためにも良い話かと」
「どうして?辺境伯と縁づいてもうちに利益等ないわ!あちらはうちからの支援が欲しいかもしれないけれど、うちに良い利益なんてないでしょう!今まであなたがまだ待って欲しいというからお話進めなかったけど、そんなことならダナン男爵かトルマーニ子爵とのお話を進めるわ」
「ですがダナン男爵家もトルマーニ子爵家とも縁づいて我が家に利益はありません。家格も低いですし伯爵家の方がよほど良いと思いますが?」
「どうして?」
そういって母はポロポロと涙を流しはじめた。
「どうしてそんな遠くに嫁ごうとするの?お母様を捨てるの?あなたが近くのお家に嫁いでくれなければお母様もリリーも困るのよ?」
ならばなぜ私を後継ぎから外したの?という言葉は言えなかった。
「リリーがいます。ロベルト様にもきちんと引き継ぎをしています。私が近くにいても嫁いでしまえばこの家のことに口出すことはできません」
「どうしてそんな冷たいことを言うの?私はあなたをこんなにも信用しているのに。リリーは突然領地を継ぐことになったのよ?ロベルト様がいるにしても、あなたはお姉ちゃんなんだからリリーを支えてあげるべきでしょう?オルデアはお母様もリリーも嫌いになってしまったの?」
私はそんなに冷たいことを言っているのだろうか?
「嫌いだなんてそんなことありえませんわ」
そう言えば母は泣きながら心からほっとした顔で笑った。
「そうよね、良かった。それなら考えなおしてくれるのね?」
母のこともリリーのことも嫌いじゃない。家族なのだから。
母はリリーを優先しがちだが、母が何か相談してくるのは必ず私だ。信頼されていることが嬉しくないわけがない。
「辺境伯様にはお断りの連絡をいれます。フレッドの顔を潰すことになってしまいますし、一度あちらに行って話をしてきますわ」
「あぁ、良かったわ。あなたが側からいなくなったらと思ったらお母様悲しくて悲しくて」
「あちらに正式にお断りに行って、ダナン男爵家とトルマーニ子爵家に調査を入れますので、お母様からお話は進めないでくださいね」
「調査……えぇそうね、調査は必要よね、ええ分かったわ」
領地が近いとはいえ、家格の差から頻繁に交流のある家ではない。婚約者の有無ぐらいは知っているがひととなりは分からないため、縁談の話を持っていくなら調査するのは常識だ。
お母様の様子から調査する気もなかったことが伺えてため息がでそうだった。
「では私は手紙を書くのでこれで失礼します」
お母様の部屋を出て部屋に戻ると、侍女のライナにフレッドを呼んで来るよう頼んだ。
「お嬢様、お呼びでしょうか?」
「フレッド、わざわざ呼びつけてごめんなさいね。あなたにすすめてもらった縁談だけど、やっぱり遠すぎるとお母様が反対でね。申し訳ないのだけどお断りしようと思って。お手紙だけで済ますには申し訳ないから一度あちらに向かおうと思っているの」
あなたの顔を潰してごめんなさいと謝ると、フレッドは少し考えたそぶりを見せた。
「お嬢様、わたくしめがまず手紙を書いてもよろしいでしょうか?」
「え?えぇそれは構わないけれど、私からきちんと謝罪すべきでしょう」
「いえ、これはシュルベスト伯爵家からの縁談でお嬢様が謝罪すべきことは何もございません」
それはそうだが、実際のところフレッドが推薦し、伯爵家がそれならばと了承したからの釣り書であって、向こうが最初から望んでいたことではない。
「ひとつ確認ですが、お嬢様は前向きに検討するとおっしゃられました。この縁談が嫌なわけではないのですよね?」
「それはもちろん。良い縁だと思うし、この年で婚約を白紙にされた私には過ぎたお話だと思ったわ。でもやっぱりこの領地のことが心配ではあるの。近くに嫁げばすぐに様子を見にこれるものね」
「そうでございますか。ではダナン男爵家かトルマーニ子爵家に?」
「ええ、まずは調査をしてからだけど、たぶんどちらかにお話を持っていくことになると思うわ」
「かしこまりました。そちらの調査はお任せを。それとシュルベスト伯爵家にはやはりわたくしめから手紙を送ることをお許しください」
「分かったわ。それじゃあどちらもよろしくね」
フレッドが部屋から出て行くのを見送ると、机に用意した便箋を引き出しにしまった。
「さて、そろそろ仕事に戻らなきゃね」
執務室に戻りたくない気持ちを誤魔化すために自分に言い聞かせるように呟いた。
その後フレッドが持ってきた辺境伯様からの手紙は意外なものだった。
要約すると、このまましばらく文通をしてくれないかという手紙だった。
断ったことは気に病まないでくれとの言葉から、可能なら私の婚約が決まるまでの間でいいから婚約者候補として手紙のやり取りをして欲しいと。
手紙からも優しい人なのだろうと感じさせる文章だった。失礼な断り方をしたのに責めもせず、文通もあくまでお願いで押し付けがましくない。
その手紙に好感を持ったため、私は文通をお受けする返事を書いた。
遠い地の、手紙だけの婚約者候補ではあまり虫除けにはならないかもしれないが、少しでも辺境伯様のためになればいいなと想いを込めながら。
お読みいただきありがとうございます




