ロベルト様がやって来る
「オルデアお嬢様、ロベルト様が到着されました」
家令がそう告げてきて私は密かにため息をついた。
今日からロベルト様が家にやってくる。
ただリリーに会いに来るという話ではない。元々あと1年で私と結婚する予定だったロベルト様は、本格的にローゼンフィル領のことを学ぶためこの邸に引っ越してくる予定だった。
婚約者が私からリリーに変更されてもその予定は変更にならなかったようだ。
「わかりました、挨拶に向かいます」
「奥様の指示でサロンにお通ししております」
「そう、ありがとう」
一礼して去っていく家令のフレッドは父の代からこの家を支えてくれている。父より上の年齢でもうそろそろ世代交代をしなければいけないのは分かっているが、私がまだまだ未熟なために無理をして残ってくれている人だ。
「ごめんなさいね」
去っていく背中に小さく呟く。するとフレッドはくるりと振り向き頭を下げた。
「旦那様に良くしていただいた恩を返しているだけです。それに良きお嬢様にお仕えできて嬉しゅうございますよ」
聞こえていたのかと驚いていると、ニヤリとした顔でフレッドが笑う。
「まだまだ耳は衰えておりません」
「ふふっそうね、あなたは昔から耳が良いものね。……ありがとう」
今度はにっこりと笑って、フレッドは今度こそ去っていった。
「さて、挨拶しないわけにいかないし、行きましょうか」
自分にそう言って、背筋をしゃんと伸ばしてサロンへ向かった。
サロンに入ると奥のソファーにお母様、その向かいのソファーにリリーとロベルト様が座っていた。2人の距離は近く、手はしっかりと繋がれていた。
「オルデア、こちらへ」
そう言ってお母様は自分の隣に座るよう促した。お母様の隣に座る前に私はロベルト様に挨拶をした。
「ドナウティ公爵令息様ようこそいらっしゃいました」
「やぁオルデア、堅苦しい挨拶はなしにしよう。それに婚約者ではなくなったが家族になることに違いはないのだから、今まで通りロベルトで構わない」
この人こんなに馬鹿だったのね、と心の中で悪態をつく。名前で呼ばなかったのは礼儀でもあるし嫌味でもある。
そしてまだ継承権を譲っていないことから私が次期侯爵の立場。公爵家とはいえ三男のロベルト様より私の方が今立場は上なのだ。
婚約者でもない男が次期当主を呼び捨て、さらに上から物を言っている状態ということに気付いてすらいない。
しかしそれを指摘して教えを請うてやるような優しさは私にはないので笑顔でやり過ごし母の隣に腰掛けた。
「改めて、今日から世話になる。よろしくオルデア」
婚約者を変更する等というとんでもないことをしたというのに謝罪の一言もなく、妹の手を握りながら名前を呼ぶ目の前の男にそろそろ吐き気がしそうだった。
「お姉さま、ロベルト様のお部屋はリリーの隣の部屋がいいと思うの」
もちろん部屋の中が繋がっている当主夫婦の部屋ではない。夫婦の部屋はお母様が使っている。
「ロベルト様のお部屋は1番広い客間を改装して用意してあるわ。それにさすがに未婚の男女を隣の部屋にはできないわ」
「別に部屋が繋がっているわけじゃないんだし。隣にロベルト様がいた方が私が安心するの。前はお姉さまの婚約者だから客間で文句言わなかったけど、今は私の婚約者なんだから私が決めてもいいでしょう?」
「部屋を改装してロベルト様に気持ちよく過ごしていただけるよう整えたのよ?それを何もしてない部屋に移すなんてロベルト様にも失礼よ」
改装にもお金がかかっている。侯爵家なのだからお金に困っているなんてことはないけれど。 お父様から引き継いで、死にものぐるいで領地経営をしてきたから贅沢できるぐらいお金はある。
でもそういう話ではない。一生懸命領地を、文字通り走り回って没落することのないよう支えてきたのだ。その努力があってのお金なのだ。
妹のためにもロベルト様のためにも無駄に使いたくなどない。
遠回しに改装費だってかかっていると聞いたからか母がリリーを窘めた。
「リリー、せっかくオルデアが良い部屋を用意してくれたんだから、あまりわがままを言ってはだめよ」
「わかったわ。でも私ロベルト様がこれからずっと一緒だと思ってはしゃいでしまっただけなのよ」
わがままじゃない、私は悪くない、そんな言葉が聞こえてきそうだった。
妹の涙を見て、ロベルト様はやさしくその肩を抱いて、母は私にこう言った。
「オルデアも言い方が少しきついわ。もっと妹に優しくしてあげないと、お姉ちゃんなんだから」
優しく、節度を持てと伝える方法が思い浮かばない私は、リリーにまったく心をこめずにごめんなさいねと謝っておいた。
「オルデアもわかってくれたみたいだし、それにねリリー、あと1年したら私の部屋はリリーの部屋に、旦那様の部屋はロベルト様の部屋になるのだからあと少しの我慢でしょう?」
「そうね!楽しみだわ」
一瞬で涙は引っ込んだようで、笑顔で母と1年後の新しい部屋の家具や壁紙の話で盛り上がり始めた。
半年後に夫婦の部屋は改装に入る予定である。今は母の移る部屋を改装中で、それが終わったら着手する予定だった。
半年間私は婚約者同士で自分達の将来の部屋を相談する予定でいたのだ。
リリーと母、そしてロベルト様も混ざりながらどんな部屋にしようか楽しく相談している。
「すみませんが私は執務が残っていますのでこれで失礼致します」
そう言って席を立つ。
「あら、たまには仕事を休んでお喋りしましょうよ」
そうは言うが仕事を休んでも母も誰も代わってくれない。後で私が大変になるだけなのになぜこんな言葉が出るのかわからない。
しかも元婚約者と妹の将来の部屋についてのお喋り等楽しくもなんともない。
「今日中に目を通さなければならないものがありますので」
「そう、オルデアがしっかりしてくれてて本当に助かってるわ。さすがお姉ちゃんだわ、よろしくね」
それには何も答えずロベルト様にも挨拶をしてから私はサロンを出た。
3人の楽しそうな声を背に執務室へと戻る。領民のため、侯爵家で仕えてくれている人々のため、しっかり経営しなくてはならない。
たとえその中から母の部屋の改装費と妹達の部屋の改装費が出るとしても。
私はそのために働くわけではない。
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