お姉ちゃんなんだから
「お姉ちゃんなんだから」
これは呪いの言葉だ。母から紡がれる呪いの言葉。
2個下の妹が生まれてから16年、ずっとこの呪いをかけられ続けている。
どうして姉だからと我慢しなければいけないのかと思う気持ちと、妹は守るべき存在で、姉なのだから我慢しなければという気持ちが常に存在している。
「リリーがロベルト様が良いって言うのよ。もちろんロベルト様にもドナウティ公爵家にも確認を取って了承を得ているわ」
リリー、とは私の2個下の妹のリリエンヌ。淡い金髪に鮮やかなブルーの大きな瞳、背は低く可愛らしい私の妹。銀髪に深いブルーの瞳に背の高い私とは似ていない。
妹は母に似て、私は父に似た。美人だ綺麗だと褒めてもらうことはあっても、可愛いと言われたことは物心ついた頃から思い出しても一度もない。
そんな可愛い妹は向かいのソファに座った母の横でにこにこしている。私の婚約者を奪う話をしているのに。
「ロベルト様とは5年も婚約者として交流してまいりました。この家、ローゼンフィル侯爵家を継ぐ者としてロベルト様と領地の事などについても相談してきたのです。今更婚約者を変えるとなると、わが家に婿に来てくださる有能な方を見つけるのは難しいかと」
ロベルト様はドナウティ公爵家の三男で同い年の18才だ。
ローゼンフィル侯爵家は男児に恵まれず、更には父は2年前に病気で他界した。長女である私に継承権があるが、女性で領地経営を学んでいるものなどいない。
ロベルト様は三男のため文官になろうかと考えていたようだが、成績優秀な彼に目をつけた父が、さりげなく公爵様に話をもっていき、実質ロベルト様が領主となることを前提にこの婚約は結ばれた。
「私ももう18です。今から婚約者を探すのは難しいのに、さらに領地経営できる人間を探すのは現実的ではないと思います」
「ああ、大丈夫よ」
そう軽く母は笑う。なぜこんなにも重大なことなのになんてことないように笑えるのだろうか。
「この家を継ぐのはロベルト様と結婚するリリーにするから」
家を継ぐのをリリーにする、そんな簡単な事だと軽く言われたその言葉に、頭を殴られたようだった。
この家を継がなければならないと、他の女子達がアフタヌーンティーを楽しむ時間にも領地経営の勉強を必死でしていた私がいるのに?
「それから、あなたの婚約もちゃんと考えているわ。ここから近いお家を選ぶから安心して。あ、もし結婚が嫌なら無理にすることもないわ。ずっとこの家にいていいのよ。私もあなたがいてくれた方が心強いもの」
貴族の娘が結婚もせずに家にいる?問題のある娘とレッテルが貼られるだけだ。
「……私はお父様が亡くなってから、この家を継ぐものとして領地経営を学びながら必死で働いてきました。今では私が抱えている仕事も多く、領地領民のことも大切に思っています。……ですから、ローゼンフィル侯爵家を継ぎたいと思っています。」
「ええ。本当に助かっているわ。突然あの人が亡くなって何も分からないことだらけの中あなたが動いてくれて、さすがはお姉ちゃんだわ。私はあなたを本当に頼りにしているのよ。」
そう言って身を乗り出してきて、私の手を取りながら母は続ける。
「でもね、領地経営は元々男性のお仕事でしょう?これからは領地のことはロベルト様にまかせられるのよ。ロベルト様は優秀だしあなたが無理して頑張って領地のことを考えなくて良いのよ」
「私は無理しているわけではないし、心からこの家を継ぎたいと思ってます。それに5年も婚約していたのに今更変更すると言われても、そうですかとは言えません」
「はぁぁ」
母から深いため息が漏れる。淑女のそれではなく、完全にわざとため息をついてますとアピールするためのものだ。
「リリーはロベルト様がいい、ロベルト様もリリーがいいと言ってるのよ?ちゃんとあなたの結婚の事も考えているんだから安心してちょうだい」
結婚のことより跡継ぎの方を問うているのに。最初から母は私に尋ねてなどいない。そんな事は分かっていた。これは決定したことの報告なのだと。
それでも私は抵抗したかった。無駄だとしても、私は領地や領民のことを想っていると意思表示したかったのだ。
「わかりました」
これ以上何を言っても無駄だと諦めてそう告げる。
「良かった、これで心置きなくロベルト様と結婚できるわ」
そう言って笑う妹はこれが当然という顔をしている。そこに罪悪感も優越感もない。ただただ、それが、当然のことなのだと。
「ふふ、リリーは堂々とロベルト様とデートしてらっしゃいな。私達はこれから釣り書を送るお家を相談しますから」
「約束の時間まであと1時間半しかないわ!急いで支度しなくちゃ!」
妹は急いで立ち上がると侍女を連れてさっさと部屋に戻っていった。
「さぁ、あなたの新しい縁談を探しましょうね。この近くだと男爵家か子爵家しかないけれど仕方ないわね。とりあえずダナン男爵家には7歳上の騎士になった方が独身のはずだし、トルマーニ子爵家には5歳下の長男がまだ婚約者は決まっていないはずね。」
母の言葉が耳に入ってこない。たった今5年の婚約期間があった人との婚約解消を、本人に会うこともなく終わらせられた。その口でもう次の婚約者候補の話をしている母についていけなかった。
「オルデア?聞いてるの?」
「すみません、今はまだ考えられなくて。また後日改めてどなたに釣り書を送るべきか考えます」
「嫌だわ、まだロベルト様のことショックなの?」
どちらかというとロベルト様のことはどうでも良かった。こんなことになるぐらいだから当たり前だけれど、5年仲睦まじく過ごしたわけではない。ただ5年かけて恋愛ではないにしろ親愛はあった。
しかし政略結婚を無視して妹を選んだ彼には失望していて、5年で育んだ親愛ごときではそれは覆せなかった。
「仕方ないことよ2人は惹かれあってしまったんだもの。妹の幸せを願ってあげるべきでしょう」
あぁ……くる……
「お姉ちゃんなんだから」
お姉ちゃん。私はオルデア・ローゼンフィル、リリエンヌ・ローゼンフィルのお姉ちゃん。
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