ヨーゼフしじじさま
「オルデアお嬢様、こちらが届きました」
「あら、思っていたより早いわね」
ライナから一通の手紙を受け取り、差出人を確認してからペーパーナイフで開封した。
「あらあら」
読みすすめて思わず声が出る。
「いかがされました?」
ライナが、私が読み終わったのを見計らって聞いてきた。
手紙はシャルフラワーの香水を一緒に作った女性で、今は商会長をしているフィーリアからだった。
「それがね、くるみのことをマデリンさんに聞いて欲しいとフィーリアにお願いしたの。マデリンさん達は字は書けないからフィーリアを通してお願いしたのよ」
マデリンさんはベルリナ様と同じ症状を持つ女性で、くるみという木の実を教えてくれた人でもある。
「そしたらね、ヨーゼフじじさまがこっちに来るって。というかもう向かってるわねこの感じだと」
「え?ヨーゼフじじさまってたしかマデリンさんのお父様ですよね?」
「そうよ、張り切って出発しちゃったって。もう手紙を送ってもその前にヨーゼフじじさまが着いちゃうわ。あぁ宿の手配しなきゃだわ。ルカルディ様は今日は執務室よね?」
出かけるという予定は聞いていないから不測の事態がなければ執務室にいるはずだ。
私はいそぎルカルディ様の執務室へ向かった。
コンコンコン、と執務室のドアをノックすればすぐに「どうぞ」と声がかかった。
「失礼します。ルカルディ様少しご相談があるのですが今よろしいでしょうか?」
執務机から立ち上がり、ルカルディ様は執務室のソファセットへとエスコートしてくれた。
「お時間いただいてありがとうございます」
「オルデア嬢のためならいつでも時間を取るので遠慮しないでくれ」
「まぁありがとうございます」
ロベルト様と比べてはいけないと思いながらも、ついロベルト様は仕事中に声をかけると嫌な顔しかしなかったなと思い出してしまった。
私は手紙でのやり取りと、ヨーゼフが来ることをルカルディ様に伝えた。
「わざわざ辺境まで来てくれるのか?」
「ええ、ヨーゼフじじさまは娘夫婦に仕事を任せるようになったら暇じゃ暇じゃと口癖のようにおっしゃっていましたので、たぶん本当にこちらへ参りますわ」
「そうか、それならぜひこの邸に滞在してもらおう。モートン、客間を用意してくれ」
「え、辺境伯邸にですか?」
ヨーゼフじじさまは平民なのだ。辺境伯邸に滞在となるとヨーゼフじじさまがびっくりしてしまうだろう。
「ローゼンフィル領からわざわざ来てくれるのだろう?くるみがどんなものかまだ分からないが、あれだけ沢山ある木だ。もしかしたら辺境の地の産業になるかもしれない。くるみのことを教えてくれる大事な客人だ、ぜひもてなしたい」
「お心遣いありがとうございます。ローゼンフィル領にいた頃ヨーゼフじじさまには沢山のことを教えてもらい、助けてもらったのです。私は領主らしくは無かったでしょう、領民達と仲良くなって良いこともあれば領主として苦しいこともありました。全ての領民の願いは聞けませんから」
自身も領民と仲の良いルカルディ様には通じるものがあるのだろう、少し困った顔で微笑んだ。
「ヨーゼフじじさまは優先順位を考えるんだと教えてくれました。畑は優先順位を間違えたら全部ダメになる、ひとつ上手くいけば次を考えられる。だからちゃんと優先順位を考えなきゃいけないよ、と。必死に考えましたわ」
当時を思い出して自然と笑ってしまう。後から考えるとあの時どれだけ必死で、一人で空回っていたのだと見えてくる。
「ヨーゼフじじさまのような領民達と、家令のフレッドのおかげでローゼンフィル侯爵家を没落せずに引き継げましたわ。もっともたったの数年ですけれどね」
「いや、その数年がいかに大事か私には分かる。あなたの努力は素晴らしいものだ。今のローゼンフィルがあるのは当たり前のことではない」
あぁこの人は分かってくれるのだ。家族からは私の努力は当たり前で、領地経営が上手くいくのも、生活が変わらず送れるのも当たり前だと思われていた。
当たり前のことじゃないと思っていいんだ……それは私の中の何かが変わり始めた瞬間だった。
それから2日後の朝、ヨーゼフじじさまは辺境伯邸に着いた。
「お嬢様!!お会いしたかったですぞー!」
「ヨーゼフじじさま、遠くまで来てくださってありがとう!身体は大丈夫?長旅で疲れたでしょう?」
「なぁに、隠居はしたがまだまだ衰えてはおらんですぞ!このぐらいの移動大したことないですわ」
ヨーゼフじじさまのニカッと笑った顔には確かに疲労の色は見えなかった。私に笑顔を見せたあと、隣にいるルカルディ様を見てヨーゼフじじさまは頭を下げた。
「頭を上げてください。初めまして、オルデア嬢の婚約者のルカルディ・シュルベストです。この度は遠い辺境の地までおいでくださって感謝申し上げます」
「ヨーゼフと申します。こんなわしにまで辺境伯様がわざわざ丁寧な挨拶をありがとうございます」
そう言ってヨーゼフじじさまは私とルカルディ様を交互に見たあと続けた。
「オルデアお嬢様がいい顔しておる。それが見れただけでもここまで来たかいがあります」
「ヨーゼフじじさま……」
「さて、それでオルデアお嬢様!くるみはどこに?」
「え、まずは旅の疲れを癒やしてちょうだい?」
「これしきで疲れるような身体はしとらんですぞ!沢山生えとるんじゃろう?それならとっとと作業せんと時期が終わってしまう!ほれ、優先順位じゃ!」
「あぁもう分かったわ!ルカルディ様、馬車をお借りしても?」
「ああ、もちろん。私も行こう」
「あぁそうじゃ、近くの領民達の手は借りれますかいのう?」
「くるみの木がある森の近くの領民達にはすでに声をかけている。彼らもそれが仕事に繋がるかもしれないならと喜んで協力してくれるそうだ」
「それは良かった。人手が必要だからの。あぁそうだ荷物の中にお嬢様への物があるんだが、お邸に運んでもよろしいかな?」
「それならうちの者に運ばせよう。モートン」
ヨーゼフじじさまが乗ってきた馬に繋がれた荷台へとモートン様が向かえば、ヨーゼフじじさまはこれとそれとあれとと容赦なくモートン様に荷物を渡していく。近くにいた騎士が慌てて荷物に埋もれそうなモートン様を助けていた。
「ずいぶん多いわね?」
荷台の荷物のほとんどが邸に運ばれていった。
「オルデアお嬢様の所に行くと知った奴らがあれもこれもと持ってってくれって渡してきての、これでも減らしたんですぞ」
荷物の一つに見慣れた木箱が見えた。
「あら、もしかしてあれはサムソンのところのワイン?」
「いかにも。今年も良い出来だから絶対にオルデアお嬢様に飲んでもらいたいと、いの一番に持ってきましたぞ」
「まぁ嬉しいわ。サムソンのワインは私大好きですもの。ルカルディ様達にもぜひ飲んでいただきたいわ」
「沢山あるから皆で楽しんでもらえるじゃろ」
「お礼を送らなきゃだわ。それにしてもそんなに沢山のワインを用意してもらって申し訳ないわ」
「いつもローゼンフィル侯爵家に届けてたのをこっちに持ってきただけだから気にせんで良いですぞ。美味しく飲んでもらったらサムソンも喜びますわ」
「まぁ、じゃあローゼンフィル侯爵家には……?」
「あれは侯爵家に贈ってたんじゃない、オルデアお嬢様に贈ってたんですぞ。ちゃーんと納めるもんは納めとる。問題ありゃぁせん。我々はオルデアお嬢様宛にしか贈ったことはない」
領民達からの贈り物は確かに私宛だった。だから私も私の私財からお礼をしていた。
「それはそうね。皆の気持ちが嬉しいわ。帰ってきたら荷を見るのが楽しみだわ」
そう言って笑顔を返したが、心の中では少しの不安が宿っていた。サムソンのこのワインはロベルト様が大層気に入っていたのだ。それが今年は届かない。
正規ルートで購入すればいいという話でもない。毎年贈ってくれるこのワインだけは、販売するほどの数は作れず、身内や親しい人にだけ配る、購入できないワインなのだ。
そのワインが届かないとなると大層機嫌を悪くしていることだろう。フレッド達が嫌な思いをしていないか、それだけが心配だった。
お読みいただきありがとうございます




