48 結婚式の準備
子爵令嬢 ニーナ・ヴァロワ
皇太子 アルフレッド・クロムウェル
公爵 ジークハルト・ベルシュタイン
伯爵令嬢 クロエ・ラングレー
お義母様 ベアトリクス・ベルシュタイン
お義父様 ジークフリート・ベルシュタイン
「ベアトリクス、君の負けだよ」
そう言って、ダンディな紳士がやってきた。
廊下の奥からゆっくりとした足取りで現れ、落ち着いた革靴の音が石造りの床に響く。
空気の重さが少し変わるような、そんな存在感があった。
この人はよく知ってる。
教科書にも載ってるもん。
ジークフリート・ベルシュタイン。
ジークハルトのお父さん。
つまり、お義父様だ。
ひょーっとなる。
「あなた…負けって。負けって、なんですか?」
お義母様が食ってかかっている。
声は鋭いのに、どこか動揺が混じっているようにも見える。
「誰が見たって、ニーナ嬢と息子はお似合いのカップルじゃないか。あんまりイジメていると、君が悪女と噂されるようになってしまうよ?」
お義父様がそう言ってお義母様の肩に手を置いた。
「だって…うちの子が、子爵令嬢なんかとぉ…」
お義母様がそう言って泣き崩れる。
感情が決壊したように、その場に崩れ落ち、ドレスの裾が床に広がった。
お義父様が、そんなお義母様をなだめていた。
ゆっくり背中をさすりながら、落ち着いた声で何かを語りかけている。
そんな2人を見ながら、ジークハルトって、お父さん似なんだなと思っていた。
そんなことがあって、お義母様からのイジメはなくなった。
いい関係とは言えないけど暴言を吐かれることもなくなって、公爵夫人としての勉強もさせてもらえるようになった。
家事も嫌いじゃなかったけどね。
それまで、お義母様と一緒に私を使用人扱いしていた使用人の態度もガラリと変わる。
視線や声色が丁寧になり、距離の取り方すら変わったのがわかる。
公爵夫人っていう肩書は、すごい力があるようだ。
バタバタとしていたけれど、学園生活も残りわずかとなってきた。
公爵夫人としての勉強がひとまず終わって、あとは自習となっている。
学園を卒業したら、ジークハルトと結婚をする予定だ。
3年間が濃すぎて、転生する前の自分を忘れてしまいそう。
「お久しぶりですわね、ニーナさん」
そう言って話しかけてきたのは、クロエだ。
制服姿のまま立っているが、以前より少しだけ大人びた雰囲気になっている。
「そうですね。クロエさんも、皇太子妃教育は順調ですか?」
私がそう尋ねると「まあ、順調です」と言った。
返事は早いのに、どこか歯切れが悪い。
モジモジしている。
手元のハンカチを軽く握ったりほどいたりしている。
何か話したいことがあるんだろうか。
ジークハルトは今日も公爵教育で学園に来ていないし。
「…ランチ、御一緒にいかがですか?お気に入りの場所があるんです」
そう言って、クロエを誘ってみた。
「あら、そんな場所があるなら、行ってあげてもよくってよ」
悪役令嬢っぽく返事をされて、クスっと笑ってしまった。
わざとらしい言い方なのに、どこか可愛らしい。
ランチボックスを買って、中庭で食べる。
木陰のベンチは涼しく、風が葉を揺らしている。
「こんなところで食べるなんて、さすがは子爵令嬢ですわね」
クロエがそう言って、キョロキョロと周りを見ながら食べている。
スプーンの動きも少しぎこちない。
ピクニックとか行ったことがないんだろうか?
「それで、何かありましたか?」
私が尋ねると、クロエがムスっとした。
わずかに唇を尖らせて視線を逸らす。
「…どうですの?ニーナさんのところは、結婚の準備は進んでおりますの?」
そう尋ねられた。
「そうですね…ジークハルト様がどんどん進めていってくださっていて。予定より早く結婚式が開催されるみたいです」
言いながら、少し照れくさくなる。
言葉通り、ジークハルトが…というか、ベルシュタイン家がどんどん話を進めている。
爵位で言えば、公爵家のほうが子爵家よりずっと上。
実家が口出しできるところはないから、全部イエスマンで返事をしていて、どんどん準備が進んでいくのだ。
「そうなんですの…。ジークハルト様が。…どうして、アルフレッド様は進めてくださらないと思います?」
クロエがそう言って、ランチボックスを見ている。
中身をつつきながらも、視線はどこか遠い。
「アルフレッド様が何かおっしゃっているのですか?」
「いえ。何も…何も言ってくださらないのです」
クロエがそう言ってため息をついた。
風がその溜息を運ぶように、ふわりと流れていく。
「何をお尋ねしても『君の好きにしていいよ』って言われるだけなんですの…やっぱり、私と結婚なんてしたくないんでしょうか」
クロエがシュンとしている。
…可愛い。




