46 推しの魅力を押しに語る
子爵令嬢 ニーナ・ヴァロワ
皇太子 アルフレッド・クロムウェル
公爵 ジークハルト・ベルシュタイン
伯爵令嬢 クロエ・ラングレー
親戚 アドルフ・シュバルツシルト
「しっかり学べた?」
ジークハルトが少し心配そうに私に尋ねる。
ソファに軽く腰掛け、紅茶のカップを揺らしながら首を傾げている。
「はい。おかげさまで」
ジークハルトに心配をかけたくないから、学べたかどうかはわからないけど微笑んだ。
「ニーナ嬢は飲みこみが早いから、明日から領地のことも教えていくつもりだよ。それにしても、愛されてるね…」
アドルフがそう言うと、口元をゆるめてニヤニヤした。
余計なことを言われそうだったので「明日もよろしくお願いします」と頭を下げて会話を終わらせた。
ジークハルトと一緒にアドルフをお見送りして、玄関ホールの扉が閉まる音を聞いたあと、いつものようにお茶をいただく。
静かになった部屋に、紅茶の香りだけが残っていた。
「それで、アドルフは何を言いかけたの?」
ジークハルトがそう言って私を見た。
カップを置き、少し身を乗り出してくる。
それは…本人に言いづらい。
視線を泳がせて、壁の絵画を眺めるふりをする。
「何か、言いかけてましたか?」
気がつかなかったフリをした。
「…まあ、明日にでもアドルフに聞くからいいけど」
ジークハルトがそう言うから「やめてください」と慌てて顔を赤くして止めた。
「じゃあ、何を言いかけたのか教えて」と言われて、逃げ道が塞がれた気がして仕方なく、ジークハルトの好きなところを聞かれたと話した。
「え?どこ?俺の好きなところ、どこ?」
ジークハルトがそう言って私の手を掴む。
他人には熱く語れる。
1日中でも話し続けられる自信がある。
でも、本人には無理。
視線が合った瞬間に思考が全部飛ぶ。
「は…恥ずかしいです」
「アドルフに言えて、俺には言えないの?」
ジークハルトがチワワの目で見てくる。
少し眉を下げて、寂しそうな顔でこちらを覗き込む。
この目に弱い…
「で、では、失礼して…」
そう言って、息を吐く。
覚悟を決めるように、肩に力を入れた。
「まずいざという時に逃げない、あの姿勢…が、素敵です。泥臭くても最後までやり遂げるあの背中…マジで全人類が惚れるカッコよさなわけなのです。なのに!好きなことに熱中してる時のあのキラキラした目……何あの純粋さ?バグでしょ?可愛すぎて心臓がもたない。しかも性格まで優しいとか前世でどんな徳を積んだの?冷静に動いてくれる頼もしさも、さりげない気遣いも、リードしてくれるスマートさも、全部が泣ける。さらに極めつけ。吸い込まれそうな綺麗な瞳と、落ち着いて話す時のあの心地いいトーン……。鼓膜が喜んでる、もはやASMR。トドメにあのがっしりした体格よ?守られてる感の暴力。内面も外見も、存在そのものが奇跡なわけ…です」
話始めこそ控えめだったが、話し始めると止まらなくなって、自分の世界に入ってしまった。
途中でようやく「まずい」と気づく頃にはもう遅く。
最後に目の前にその推しがいることを確認して、撃沈した。
目が合った瞬間、現実に引き戻されるような感覚と同時に、恥ずかしさが押し寄せる。
「…すみません。忘れて、ください…」
声が小さく震え、視線はどこにも定まらない。
恥ずかしすぎて、穴を掘りたい。
今すぐ自分で穴を掘って、その穴に埋まって消えてしまいたい。
しばらく固まっていたジークハルトが、突然、真っ赤になった。
ほんの一拍遅れて理解が追いついたように、耳まで熱を帯びていくのが見える。
首まで赤い。
「あ…ありがとう」
絞り出すような声だった。
そう言われて、さらに恥ずかしい。
こういうのはファン同士で言い合うことで、本人に伝えることじゃない。
「俺もその…伝えたいんだけど。ニーナ嬢ほど熱く語れなくて。…少し、待っていてほしい」
ジークハルトがそう言って頭を掻いた。
視線を少し逸らしながらも、真剣に考え込むような顔をしている。
「いえっ!私にそんな、ジークハルト様のような魅力はないので。考えていただかなくても大丈夫です。というか、お願いですから、忘れてください…」
慌てて両手を振りながら否定する。
自分でも何を言っているのか分からないまま、さらに真っ赤になった。




