44 ジークハルトとお義母様
子爵令嬢 ニーナ・ヴァロワ
皇太子 アルフレッド・クロムウェル
公爵 ジークハルト・ベルシュタイン
「母さん!どういうこと?ニーナ嬢に、なにさせてるの!」
ジークハルトがお義母様に詰め寄っている。
廊下の空気が一気に張り詰め、使用人たちも動きを止めている。
「なにって。この子、すごく覚えが悪いんだもの。仕方なく、家事をやらせていたのよ」
お義母様は悪びれることなくそう言った。
扇子を閉じる音だけがやけに乾いて響いた。
「覚えが悪いって。ニーナ嬢は学園でも成績がよかったんだよ?」
ジークハルトが頭を掻いている。
「じゃあ、ニーナさん。ベルシュタインの初代の名前を言えて?」
お義母様にそう尋ねられて、困る。
教えていただいていないからわからない。
「…すみません。わかりません」
教えてもらってないからね。
「じゃあ、ベルシュタイン家と懇意にしている伯爵家はどこ?」
続けて問われても、同じように答えは出ない。
「…すみません。わかりません」
そう言って俯く。
床に落ちる自分の影が、少しだけ縮こまって見えた。
ジークハルトにがっかりされただろうか。
「ほら!なにもわからないのよ。こんな子に、何を教えればいいのかしら?」
お義母様はそう言ってソファに座る。
優雅に脚を組み、冷たい笑みを浮かべている。
そうして「だから子爵令嬢ごときには務まらないって言ったのよ」とジークハルトに言っている。
「母さん!いい加減にしてよ」
ジークハルトはそう言うと、私の手首をしっかりと掴んだ。驚く間もなく、そのまま引っ張るように歩き出した。
使用人たちが慌てて道をあける。
「え?え?…ジ、ジークハルト様?あのっ…」
どこに行くのだろうと思ったら、一室へ押し込まれた。
扉が後ろで静かに閉まる音がする。
掃除をしたことがあるからわかる。
整えられた本棚、使い込まれたソファ、窓際の配置。
ここは間違いなくジークハルトの部屋だった。
ジークハルトがソファに座って、軽く肩を落としたあと、私にも座るようにうながした。
窓から差し込む光が彼の横顔を照らしている。
「…お義母様と上手にやれなくて、申し訳ありません」
そう言って小さく頭を下げる。
自分の膝の上で手を握りした。
嫁と姑のいざこざなんて、関わりたくないだろう。
まだ嫁ではないけど。




