42 いざベルシュタイン家へ
子爵令嬢 ニーナ・ヴァロワ
皇太子 アルフレッド・クロムウェル
公爵 ジークハルト・ベルシュタイン
翌日。
カーテンの隙間から差し込む光で、意外とすっきりと起きることができた。
たくさん泣いたからかもしれない。
恐る恐る、教室に行ったけど、クロエは来ていなかった。
怒鳴られる覚悟をしていたから、少し拍子抜けした、
午後になって、ジークハルトの家、ベルシュタイン家に向かう。
学園の門を出て馬車に揺られながら、窓の外の景色がゆっくりと流れていく。
冷静になって考えると、私、ベルシュタイン家に嫁入りするんだよね。
両親は知ってるんだろうか?
…帰ったら、手紙を書こう。
馬車の揺れに合わせて、その事実がじわじわと現実味を帯びてくる。
ジークハルトのご両親ということは、将来の…超近い将来の、お義父様と、お義母様。
そう思ったら、すごく緊張してきた。
手のひらにじっとり汗がにじむ。
「手土産…手土産も持たずに来ちゃった…え?何を…何を手土産に…」
門の前まで来て、立派な門構えを見上げながら、手土産も持たずに来たことに気がついた。
今さら戻るわけにもいかず、その場で固まる。
「お待ちしておりました」
タイミング悪く、ベルシュタイン家の使用人さんに見つかってしまった。
「あの…手土産、忘れちゃいまして…」
そう伝えたんだけど「そんなもの必要ありませんから」と家の中に案内していただけた。
丁寧な所作に圧倒されながら、広い廊下へ足を踏み入れる。
ひょ~っというくらい、広い。
天井が高く、床は磨き上げられていて、足音がよく響く。
大きい。
壁の装飾も豪華で、視線のやり場に困る。
でかい…
田舎の子爵家とは、全然違うお家の規模に、だいぶ、辟易している。
あらためて、公爵家ってすごいんだなと思った。
「どうぞ、こちらへ」
そう案内してもらった部屋に入ると、アルフレッドがいた。
椅子に普通に座ってお茶を飲んでいて、違和感がすごい。
「え?え?…アルフレッド殿下?…どうして?」
ビックリして二度見してしまった。
思わず扉の方を見返す。
「どうしてって、ジークは俺の友達だよ。家に遊びに来るのは普通だろ?」
そう言って、ニヤッと笑った。
完全にくつろいでいる顔だった。
「殿下。もう、帰ってくれていいですよ」
ジークハルトがわかりやすく、アルフレッドに帰ってアピールをしている。
「ちょっと~。誰のおかげで、結婚できることになったと思ってるの?」
アルフレッドがそう言って唇を尖らせている。
拗ねているようでいて、どこか楽しそうだ。
「感謝してるよ。色々と手をまわしてくれて」
ジークハルトが息を吐きながらそう言った。
アリアナの国、隣国への根回しに、自国の伯爵家やら子爵家への根回し、王族の説得。
それらは、アルフレッドがかって出てくれたらしい。
その言葉を聞いて、改めて事の大きさを思い知らされた。
ジークハルトが動くこともあったようだけれど、ほぼ、皇太子パワーで乗り切ったようだ。
「久しぶりに父に我儘を言ったよ」
アルフレッドがそう言って笑った。
「…大切な親友のために、頑張ってくださったんですね」
私がそう言うと、アルフレッドが顔を赤らめた。
少し照れたように視線を逸らし、指先でテーブルを軽く叩く。
アルフレッドが「まあね」というと、ジークハルトが頭を掻いた。
その様子を見ていると、自然と笑みがこぼれる。
男の友情っていいな。
それからしばらく3人で話をして、アルフレッドが帰っていった。
一晩泊まる、とか言い出しそうだったのに、やけにあっさり。
「アルは、何をしに来たんだ?」
ジークハルトがため息をついている。
「ジークハルト様が心配だったんだと思いますよ」
私がそう言うと、また頭を掻いている。
少しソワソワしたようにウロウロとしていたジークハルトが、私の隣に座る。
「あの…また、癒してもらっていい?」
そう言って、チワワの目になる。
まっすぐで少し頼りない視線に、キュンとした。
「傷がまた痛みますか?」と尋ねると「うん…君に、触れてほしい」と言われた。
キュンキュンする。
私の心臓は、もつんだろうか。
長椅子に座った私の膝を枕に、ジークハルトが寝転んだ。
頭を撫でて、傷を撫でる。
指先に触れる髪は少し乱れていて、呼吸に合わせて静かに揺れている。
前もこうやって、傷を撫でたことがあった。
あのときは雨宿りのためという理由をつけて、東屋で。
寒くて、不安で、つらかった。
でも今は、とても幸せだ。
ずっと…これからずっと、ジークハルトと一緒にいられるんだ。
ウトウトとしているジークハルトの顔を見ながら幸せに浸っていると、ノックの音が聞こえた。
コンコンコン、と控えめなのに妙に響く音が、静かな部屋に落ちる。
誰だろう…勝手に出てもいいのかな。
ジークハルトを起そうかどうしようか悩んでいたら、扉が開いた。
「あら。あなたが、子爵令嬢の?」
そう言って、女性が入ってきた。
空気が一瞬で張り詰めるような、落ち着いた足取りだった。
「私、ジークハルトの母、ベアトリクス・ベルシュタインです」
そう言って、椅子に座ったままの私を見下ろした。
視線だけで値踏みされているような感覚に、背筋が自然と伸びる。
お義母様?
頭の中でその単語が遅れて響く。
挨拶しなくちゃいけないのだけど、膝の上にジークハルトがいる。
パシパシとジークハルトを叩いた。
軽く肩のあたりを叩きながら、必死に呼びかける。
「ジ、ジークハルト様っ、お、お義母様がっ、おみえですよっ」
声が少し裏返る。
なんとか起こそうと思っているけど、起きそうにない。
安らかな寝息だけが続いている。
しかたなく、ジークハルトの頭を持ち上げて立ち上がった。
「た、大変失礼しました…あの…」
慌てて言葉を探す。
「挨拶は結構。…まったく。どうして子爵令嬢なんかと」
お義母様はそう言って、部屋から出ていってしまった。
扉が静かに閉まる音だけが、やけに重く残る。
嫌われてるようだ。
まあ、そうですよね。
王家の次に高い爵位の公爵家に嫁いでくるのが、子爵令嬢なんだもん。
お義母様はたしか、王家の方だったはずだ。
そんな方からすれば、私は平民となんら変わらない。
大切な息子の嫁が、そんな低い爵位だったら、面白くないに決まってる。
予想はしていたけどね。
長椅子で寝てしまっているジークハルトを見て、ため息が漏れた。




