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モブ令嬢に転生したので推し活していたら極悪令嬢に昇格しちゃいました  作者: 西園寺百合子


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37/50

37 人生とはうまくいかないものです

子爵令嬢/生徒C ニーナ・ヴァロワ

皇太子 /攻略対象 アルフレッド・クロムウェル

公爵  /攻略対象 ジークハルト・ベルシュタイン

伯爵  /攻略対象 リュカ・モンパルナス

伯爵  /攻略対象 オスカー・ウィリアムズ

伯爵令嬢/悪役令嬢 クロエ・ラングレー

皇太子妃候補    アリアナ・エグランティーヌ

こんな質問、アルフレッドにもクロエにも、ジークハルトにも失礼だ。

誰の立場から見ても、中途半端で、踏み込みすぎている問いだと気づく。

「すみません。忘れてください…」

ジークハルトがアリアナに好意を持っているなら、なおさら失礼な気がしてきた。

自分の言葉を取り消すように、視線を落とす。

「…ただ、もし、その…アリアナさんが考えていることが、ジークハルト様を…嫌な気持ちにさせるなら、私、なんとかするので!何かあったら、ご相談くださいっ」

言葉を選びすぎて、何を伝えたいのかわからなくなってる。

焦りで声が少し上ずり、最後はほとんど勢いだけになる。

でも、何かあったら助けるからと、どうしても伝えたかった。


頭を上げたら、ジークハルトに抱きしめられた。

一瞬、何が起きたのかわからず、呼吸が止まる。

前にも、こんなことがあったような気がする。

ハっとして、空を見上げた。

反射的に逃げるように視線を上へ向ける。

雨は降ってない。

黒い空は静かで、雲だけがゆっくり流れている。

「大丈夫ですか?また、お疲れですか?…す、座りますか?」

どうしたらいいのかわからなくて、ジークハルトの背中を擦る。

手の動きがぎこちなく、慰めにもなっているのか自信がない。


「痛くて」

ジークハルトがそう言った。

やっぱり、雨が?

そう思って、また空を見上げたけど、雨は降ってない。

夜空は変わらず静かで、雲が流れているだけだ。

「君がいないと、すごく痛い」

ジークハルトがそう言って、私の頬を撫でる。

指先が触れた瞬間、呼吸の仕方を忘れそうになる。


雨が降っているからじゃなくて、私がいないと傷が痛むの?

それは何かの病気では?

「す、すぐに医務室に…あ、もう医務室の先生はいませんね。あ!夜遅くまでやってる病院、調べますね!」

何でも言ってくれと言った手前、わかりませんとは言えない。

焦りだけが先に立ち、言葉が次々と滑り落ちていく。

部屋に戻って調べてこようと思ってるのだけど、ジークハルトがはなしてくれない。

「…あの、ジークハルト様。調べてこようかなと…思うのですが」

私がそう言っても、ジークハルトがはなしてくれない。

どういう状況だろう。

ジークハルトと密着してるし、耳に息がかかってるし、すごい困る。


好きになっちゃうじゃん。

せっかく頑張って諦めたのに。

推し活できればいいって線を引いたのに。

どこまでいっても、私はモブの子爵令嬢なのに。

攻略対象ジークハルトを好きになんかなっちゃダメなのに。


「君は、痛くなかった?俺と話せなくて、一緒にいれなくて、痛くない?」

ジークハルトがそう言って、泣きそうな顔をする。

いつもよりずっと弱く見える表情に、胸が強く締めつけられる。

残り、1年と少し。

時間だけが静かに、残酷に減っていくのを感じた。

この学園を卒業したら、私は田舎に帰る。

ジークハルトはクロエと婚約する。

どう答えるのが、正解なんだろう。


「…私には傷がなくて。和らげてあげることはできても、痛みを感じることはできないんです。ごめんなさい」

言葉を絞り出すようにして伝えながら、視線が揺れる。

私はあなたと同じじゃない。

だから、助けてあげることはできても、一緒にはいられない。

そう、突き放すしかないじゃないか。


ポロポロと涙がこぼれる。

自分でも止められないまま、頬を伝って落ちていく雫が、やけに冷たく感じられた。

「俺が子爵令息になれば、一緒にいられる?」

ジークハルトは、私が言った言葉の意味をすぐに理解してくれたみたいだ。

かっこいい上に優しくて、頭までいいなんて。

ずるい。

私の推しは最高だ。


だから、首を横に振った。

「私は、あなたと一緒にいたいんじゃないんです。あなたに幸せになってほしいんです」

推しの幸せだけを願うのが、ファンというものだ。

自分の幸せは、その次でいい。

「俺が…」

ジークハルトが何かを言おうとしたら、雨が降ってきた。

空気が一変し、静かな中庭にポツポツと雨が落ち始める。

「…痛みますか?」

そう言って無意識にジークハルトの傷を撫でる。

撫でてから、しまったと思ったけれど、もう、手をひけない。

「うん…痛い」

ジークハルトがそう言って唇を噛んだ。

石畳を打つ音が強くなり、2人は自然と雨宿りできる東屋あずまやへと足を早めた。


私がベンチに座ると、ジークハルトが私の膝に頭を乗せた。

突然の重みに驚くこともなく、そのまま静かに受け止める。

そっと、ジークハルトの顔の傷を撫でる。

指先だけが静かに動く。

雨、ずっと降ってくれればいいのに。

そうしたら、雨宿りをするために、仕方なく、東屋にいられる。


どうせ転生するなら、伯爵令嬢だったらよかったのに。

思い通りにならないことばかりだ。

人生とはうまくいかないものだと知った。

そして、人の欲深さも。


健康でいられるだけでラッキーって思った。

それだけで十分だと、かつては本気で思っていた。

推しを観察できるだけでいいと思っていた。

それなのに、それ以上を望んでしまうなんて。

気づかないふりをしていた欲が、静かに形を持ち始めている。

怖い、怖い。

自分の中の変化が、いちばん怖かった。

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