03 ジークハルトの笑顔
子爵令嬢/生徒C ニーナ・ヴァロワ
皇太子 /攻略対象 アルフレッド・クロムウェル
公爵 /攻略対象 ジークハルト・ベルシュタイン
伯爵 /攻略対象 リュカ・モンパルナス
伯爵 /攻略対象 オスカー・ウィリアムズ
伯爵令嬢/悪役令嬢 クロエ・ラングレー
男爵令嬢/ヒロイン アリアナ・ロゼ
ジークハルトがお昼休みにこっそり中庭に来るのは、彼なりの配慮だった。
彼がいると、周りの人が怯えるから。
傷跡だけで恐れられるなんて、本当に理不尽だと思うけれど。
ジークハルト自身は傷のことは気にしていないけど、誰かを嫌な気持ちにさせてしまうことを気にしている。
そういう、優しい人なのだ。
不器用で、誤解されやすくて、それでも他人を思いやれる。
だからこそ、推さずにはいられない。
そんなジークハルトは、ヒロインであるアリアナに恋をする。
アリアナと結ばれるジークハルトルートのときは、アリアナがジークハルトに寄り添う。
孤独な彼の隣に立ち、少しずつ心を溶かしていく。
そうして、悪役令嬢であるクロエが障壁となって、愛を育んでいく。
数々の困難を越えてこそ、真実の愛を知ることとなるわけで。
ジークハルトルート以外をヒロインが選択すると、ジークハルトは闇落ちして、クロエと共にヒロインと攻略対象の障壁となる。
特に、皇太子であるアルフレッドルートになると、ジークハルトは王家を滅亡させようとして、結果、その悪事が露見して処刑されてしまう。
思い出すだけで泣けてくる。
攻略対象でありながら、酷い扱いを受けるのが、ジークハルトだ。
推しに対する運営の仕打ちがひどすぎる。
ゲーム内では『極悪人のジーク』とされるジークハルトだけど、乙女ゲームの攻略対象でもあるわけで。
当然、かっこいい。
鋭い視線も、低い声も、不器用な優しさも、すべてが刺さる。
だから、私みたいなコアなファンも多かった。
ネット掲示板でも、救済ルートを望む声は絶えなかったなと思い返す。
本日も中庭でジークハルトを観察していると、ジークハルトがむくりと起き上がった。
また、ランチを食べて寝るのかなと思っていたら「おい」と声を掛けられた。
低く響くその声に、心臓が飛び跳ねる。
周りを見てみる。
他に誰かいるのかと確認するが、人影はない。
「そこの…俺の、隣の席のやつ」
そう言われて、私しかいないと気がつく。
え、私!?
脳内で警報が鳴り響く。
「あ…すみません。お昼寝…ランチ?の邪魔をしてしまって」
そう言いながら、おずおずと前に出る。
草陰から小動物のように現れる自分が情けない。
「…いや。毎日ここに来てるけど。もしかして、この場所に何か用でもあったのか?…邪魔してたんだったら、申し訳なかった」
そう言われて、泣きそうになった。
推し、優しすぎる。
こういう優しい人なんだよね。
自分が恐れられている立場なのに、先にこちらを気遣うなんて。
ジークハルトは、王家と同等の位にあたる、公爵家の人だ。
子爵令嬢である私に、頭なんか下げる必要がない。
それでも自然に気遣えるその姿に、胸がいっぱいになった。
「いえっ!違うんです!ジークハルト様が、気持ちよさそうに寝ていらしたので…」
私はぶんぶんと首を横に振りながら、必死に否定する。
慌ててしまって、思わず本当のことを言ってしまった。
しまった、何を口走っているんだ私は、と顔が熱くなる。
「寝てたの、知ってたんだ。日当たりがいいんだよ、ここ」
そう言って、ジークハルトが頭を掻いた。
少し照れたように視線をそらしながら、無造作に前髪を撫でるような仕草が自然すぎて、胸に矢が刺さる。
知ってる。
お気に入りの場所なんだよね。
ちょっと、寝ぐせついてて可愛い。
ふわりと跳ねた髪先が、普段の鋭い印象を和らげていて破壊力抜群だった。
「君は、俺が怖くないの?席、代わってほしいって言ったとき。後で考えたら、俺が怖くて、隣が嫌だったのかなって思って。余計な事したかなって思ってたんだけど」
低く穏やかな声でそう言いながら、ジークハルトは少しだけ眉尻を下げる。
その表情には、本気で相手を気遣っている優しさが滲んでいた。
そうして「ごめんね」と言われた。
子犬ですか?
あなたは、うるるん瞳のチワワか何かで?
鋭い容姿とのギャップが凄まじすぎる。
きゅん死する…
「そんな!そんなことありません!ジークハルト様の隣の席なんて、光栄すぎてっ!毎日、幸せすぎてっ!ノートの文字が綺麗なのも見えてしまうのも感動でっ!!」
勢いのまま、私は両手をぶんぶん振りながら熱弁してしまう。
心の奥底に溜め込んでいた推しへの愛が、滝のようにあふれ出した。
そこまで言って、自分がおかしなことを言ってるのに気がつく。
はっと口を押さえ、硬直する。
ジークハルトも困惑しているようだ。
そりゃそうだ。隣の席の令嬢が急にノートの字まで褒めだしたら怖い。
「ち、違うんですっ!じっと見ているわけじゃなくて…じっと見てるんですけど。それは、つまり…ファンで!ジークハルト様の、大ファンで!!」
しどろもどろになりながらも、なんとか無害であることを伝えようと必死になる。
推しという言葉がこの世界にはないから、伝わる言葉に変換してみた。
「ふぁ…ファン?俺の…?」
ジークハルトが首を傾げて、くすっと笑った。
その瞬間、春風みたいな柔らかい笑みがこぼれる。
破壊力が半端ない。
心臓が限界突破した。
「可愛い…」
思わず、心の声が漏れる。
しまった。完全に漏れた。
「あはは!この極悪人のジークに可愛いなんて言うの、君くらいだよ」
ジークハルトが楽しそうに笑っている。
どうしよう。
泣きそうなくらい、幸せ。
推しが笑ってる。
しかも私との会話で。
生きててよかった、と心の底から思った。




