02 席決めのイベントにて
子爵令嬢/生徒C ニーナ・ヴァロワ
皇太子 /攻略対象 アルフレッド・クロムウェル
公爵 /攻略対象 ジークハルト・ベルシュタイン
伯爵 /攻略対象 リュカ・モンパルナス
伯爵 /攻略対象 オスカー・ウィリアムズ
伯爵令嬢/悪役令嬢 クロエ・ラングレー
男爵令嬢/ヒロイン アリアナ・ロゼ
「はい、は~い。席を決めるから、くじを引いていってね」
教師が軽やかに箱を掲げ、生徒たちが次々と前へ進み出る。
信じられないことに、くじで席を決められる。
攻略対象との距離を左右する重要イベントが、なんとも運任せである。
ここはゲームでいうと、ガチャポイントなのだ。
アイテムを持っていれば不思議なことに、好きなキャラクターの隣になれる。
隣にならなくてもいいのだが、隣になったほうが好感度が上がりやすく、イベントが増えるという特典があった。
モブの私にはそんなラッキーアイテムはないが、ヒロインであるアリアナなら使えるはず。
さて、どうするんだろう。
期待と好奇心で胸を膨らませながら、そっと様子をうかがう。
チラチラっとアリアナを見ていたが、アイテムを使う様子はない。
運で行くのか。
アリアナを気にしながら、私もくじを引く。
なんと、後ろの端っこの席だった。
しかも窓際。
超ラッキーな席。
差し込む光、外の景色、そしてなにより目立たないポジション。
後ろからだったら、ジークハルトの姿、見放題じゃん。
推し観察席として完璧すぎる。
うっきうきとしていたら、なんと、隣の席がジークハルトだった。
超超ラッキー席だ。
じゃなくて。
近い。近すぎる。
アリアナを見ると、なんと、モブ男の隣の席だった。
くじ運、悪すぎだろ…
せめて、リュカかオスカーの隣になっててよ。
そう思ったけど、ジークハルトを幸せにしようの会、会長としては、黙っていられない。
ここで動かねば会長失格である。
「あの!先生!席を代わってほしいです!前の人の背が高くて黒板が見えません!」
勢いよく手を挙げ、教室中の注目を浴びながら立ち上がる。
前の方にいるアリアナと席を代わってほしいとお願いした。
我ながら自然な理由。
天才。
ジークハルトより前の席になるのは残念だけど。
これで、ジークハルトとアリアナがお隣同士。
完璧な推し活サポート計画である。
褒めてほしくてジークハルトを見ると、不思議な顔をしていた。
「…前の奴のせいで黒板見えないなら、俺が代わってやろうか?」
低く落ち着いた声が飛んできて固まる。
それでは意味がないのだよ、ジークハルトくん。
推し本人の優しさが、私の計画を壊す。
「そうね。それがいいわ」と先生が言って、終わってしまった。
「あ、なんか俺、余計なこと言った?」
がっくり肩を落とす私に、ジークハルトがそう言った。
少し気まずそうに眉を寄せるその姿すら尊い。
うん、言った。
「いえ。席を代わっていただいてありがとうございます」
そんなこと言えないから笑顔で答える。
お隣なんて、超ハッピーなのに、素直に喜べない。
推しが近い幸福と、計画失敗の悲しみが複雑に交差する。
むしろ、アリアナから席を遠ざけてしまって。
私のおばかさん…
そんなことを思っていたら、お昼休みになった。
鐘の音が鳴り、生徒たちが一斉に立ち上がる。
みんな、食堂に行ったり、外に食べに行ったりとパラパラと散っていく。
賑やかだった教室が少しずつ静かになっていった。
私は食堂でランチをテイクアウトして、中庭へ。
サンドイッチを抱えながら、足取り軽く目的地へ向かう。
中庭の隠れスポット、そこでジークハルトはお昼休みはお昼寝タイムなのだ。
攻略情報は頭に入っている。
木漏れ日が差し込む静かなベンチ、花壇の奥まった場所。
見つからないようにそっと覗き見る。
植え込みの陰から慎重に顔を出す。
リアルジークハルト!
生ジークハルト!
長い脚を投げ出し、木にもたれながら眠る姿は、絵画のように美しい。
最高のごはんのお供です…
尊さだけで白米がいけそうだった。
見守ることしかできないけど、こんなに近くで見守らせていただけるんだもん。
ありがたい…
手を合わせたい気持ちでいっぱいになる。
少し寝ていたジークハルトが起きて、もそもそとランチらしきものを食べて、また寝た。
無防備にパンをかじる姿すら破壊力抜群で、私は息を潜めながらその一挙一動を目に焼きつけた。
ああ、すぐ寝ると牛さんになっちゃうよって言いたいっ!
言ってあげたいっ!
木漏れ日の下、気持ちよさそうに再び目を閉じるジークハルトを見ながら、思わず心の中で叫ぶ。
でも、そんな気軽に話しかけられる立場じゃない。
ひとりでもだえて、楽しんで、そっと教室に戻った。
中庭を後にする足取りは軽く、スキップしたい気持ちを抑えるのが大変なくらいだった。
ゲームの画面で見ていたジークハルトを生で見てしまった。
オフショットと言っていいのか。
オフしてるけど、ゲームで見た場面だからオフじゃないのか。
そんなことを考えながら、ニマニマしてしまう。
冷たい「極悪人」なんて噂とは程遠い、無防備で穏やかな姿。
その秘密を独り占めできたようで、胸の奥がじんわり温かくなる。
ルンルンしながら教室に戻ると、アリアナに話しかけられた。
扉を開けた瞬間、待ち構えていたような彼女の姿に、思わず足が止まる。
「あの…さっき、どうして席を代わってほしいなんて言ったんですか?」
そう言われて笑顔が一瞬引きつる。
まさか、あなたとジークハルトをラブラブにするためです、とは言えない。
それを言ったら確実に不審者である。
「えっと…だから、前の人が…」
しどろもどろになりながら、苦しい言い訳を口にする。
「あなたも、あの極悪人のこと、嫌いなんでしょ?いい子ぶっちゃって。そういうの、モテませんよ?」
そう言われて、首を傾げる。
いい子ぶったわけじゃないけど…
むしろ本気で推してるんだけど。
いや、私のことはどうでもいいんだ。
『あの極悪人』って、もしかして、ジークハルトのこと?
その瞬間、心の中で何かがぷつんと切れた。
「あなた、皇太子様に言われたこと、もうお忘れになったの?人前で悪口を言うなんて、どういう教育を受けてこられたのかしら?さすが、男爵の位のご令嬢様ですわね。私とは受けた教育が違うみたいだわ」
怒りから、声が大きくなった。
教室中に響き渡るほど鋭い声に、自分でも少し驚く。
みんなの視線が集まっているのがわかる。
アリアナが顔を真っ赤にして教室から出ていった。
涙目になりながら駆け去るその背中を、私は呆然と見送った。
なんだ、あのヒロイン。
ヒロインって、みんなに優しくて、悪口なんて言わない、清い感じの人なんじゃないの?
私の知ってる乙女ゲームの主人公像と違いすぎて、頭が混乱する。
っていうか、悪役令嬢のクロエは何してんのよ?
こういうとき、なんか言うのは悪役令嬢の役目でしょうに。
腕を組みながら、脳内でシナリオ構成にツッコミを入れる。
皇太子が絡んでないから、悪役令嬢が出てこないのかしら?
そんなことを考えていると、ジークハルトが戻ってきたから、慌てて席に戻った。
長い脚で静かに教室へ入ってくるその姿に、さっきまでニマニマ見ていたのが申し訳なくなって視線を落とす。
窓のほうを見るとジークハルト。
逆光の中で横顔が浮かび上がり、傷跡すら神々しく見える。
眼福…
存在そのものがご褒美だった。
ふわふわしながら授業を受けたので、先生が言った内容は全く入ってこなかった。
黒板の文字より、隣の推しの横顔のほうが圧倒的に印象に残っている。
授業を受けながら、ジークハルトの設定を思い返していた。




