12 面倒な皇太子とランチボックス
子爵令嬢/生徒C ニーナ・ヴァロワ
皇太子 /攻略対象 アルフレッド・クロムウェル
公爵 /攻略対象 ジークハルト・ベルシュタイン
伯爵 /攻略対象 リュカ・モンパルナス
伯爵 /攻略対象 オスカー・ウィリアムズ
伯爵令嬢/悪役令嬢 クロエ・ラングレー
男爵令嬢/ヒロイン アリアナ・ロゼ
ゲームを思い出す。
アリアナと恋を育むジークハルトは、とても幸せそうだった。
優しく笑い、心から満たされた表情をしていた。
スチル画でしか見てないけど、だ。
それでも、その幸せは本物に見えた。
だからこそ。
彼から幸せの可能性そのものを奪うことが、本当に正しいのか。
私は初めて、自分の「推しを守りたい」という願いの難しさに直面することになった。
本当に、ジークハルトはアリアナのことを好きにならなくていいんだろうか?
窓から差し込む柔らかな昼下がりの光をぼんやりと眺めながら、私はその問いの答えで迷っていた。
彼が恋をしなければ、闇落ちは防げるかもしれない。
でも、それが本当に推しの幸せなのだろうか。
恋をする喜びも、心を通わせる幸福も知らないままの未来で、本当に彼は救われるのだろうか。
「ジークハルト様の幸せって、なんだろう…」
休憩時間にサロンでお茶をしながら考える。
優雅なティーカップから立ちのぼる紅茶の香りも、可愛らしく盛りつけられた焼き菓子も、今日はどこか味気なく感じた。
周囲では令嬢たちが楽しげに笑い合い、煌びやかな学園生活そのもののような空気が流れているのに、私だけが1人、推しの未来について深刻に悩んでいる。
「そんなに、ジークに幸せになってほしいの?」
不意に背後から声が降ってきて、私は肩を揺らして振り返る。
そこには、相変わらず無駄にキラキラした皇太子、アルフレッドが立っていた。
陽光を背にして立つその姿は、まるで乙女ゲームのキャラクター設定の画面そのもの。
面倒だけど立ち上がって「これは、皇太子殿下」と挨拶をした。
礼儀は大事。
推しの平穏のためにも、余計な火種は避けたい。
「あはは。君くらいだよ。僕が声をかけて、そんなに嫌そうな顔をするのは」
そう言われた。
アルフレッドは楽しそうに目を細めている。
いや、こっちは本当に面倒なんですが。
「嫌なのではなく、立つのが面倒だなと思っただけですわ…あ、すみません。本音が」
そう言って口元を隠す。
しまった。
また本音が漏れた。
でも学園内だし、これくらいなら許されるだろう。
たぶん。
「あははっ!君、面白いね」
アルフレッドは声を出して笑ってる。
爽やかイケメンの笑い声。
そのせいで、近くにいた令嬢たちの視線が一斉にこちらへ向く。
声を出すから、他の女子が集まってくるじゃん。
面倒…
嫉妬とか誤解とか、そういうフラグは全力で避けたい。
「それでは私はこれで」
そう言って席を立つ。
逃げるが勝ち。
すると「え?せっかくだし、ランチ、一緒に食べようよ」と軽やかに言われた。
軽い。
誘い方が軽い。
皇太子のくせに距離感の取り方が…軽い。
「申し訳ありませんが、先約がございまして」
そう言って、きっちり礼をする。
今日は、ジークハルトにランチボックスを買っていく。
食堂のごはんが食べてみたかったなんて、可愛い。
その願いを叶えるのは、ファンとして当然の使命である。
「先約?大切な用、ではなく?」
「先約です」
「誰と?」
「殿下にお伝えする義務はありませんので」
ぴしゃりと言い切る。
我ながらアルフレッドへの態度は悪いと思う。
でもこれ以上、推しとの時間を邪魔されたくない。
面倒だ。
そう思っていると、またアルフレッドは笑った。
「僕にそこまで言えるの、君くらいだよ」
そう言われた。
キラキラ皇太子、うざい。
なぜそんなに楽しそうなんだ。
「では」とその場を立ち去ろうとすると、アルフレッドがついてきた。
足音まで軽やか。
しつこい。
「あの…本当に、先約がありますので」
「うん。僕もたまたま、こっちに行くんだよ」
絶対嘘だろ。
そう思いながらも、結局食堂までついてきて、結局中庭までついてきた。
うざい…
推し観察タイムに乱入しないでほしい。
「あ…アルフレッド殿下も一緒でしたか」
中庭で待っていたジークハルトが、少し困ったような顔をした。
その表情に、胸がちくりと痛む。
こんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。
「す、すみません。殿下が、ついてきちゃって…あ、でも、タマゴサンドのランチボックス、買えたんです」
そう言って、急いでジークハルトにランチボックスを差し出す。
推し優先。
何よりも優先。
「あ…ありがとう」
少し照れたように受け取ってくれるジークハルト。
尊い。
やはり世界は推しで回っている。
「そうか。ここでランチボックスを食べる約束をしてたんだ。じゃあ、僕もご一緒させてよ」
キラキラ皇太子がそう言った。
さらっと。
当然のように。
この国のどこに、皇太子の申し出を断れる人がいるだろう。
私一人なら、断る。
全力で断る。
だが今は、公爵家のジークハルトがいる。
私の我儘で、ベルシュタイン家にご迷惑はかけられない。
そんなわけで、3人でのランチタイムが始まった。




