小鳥を長年飼っていました(看取った話も含みます)
私は長年、マメルリハインコと暮らしていました。
飼っていたインコの性別はオスで、色はノーマルでした。
生後四ヶ月の時にお迎えして、一五歳まで長生きして一緒に居てくれました。
マメルリハは、個体差は当然ありますが、一般的になかなかやんちゃな性格でして。
飼い始めた当初はそれまでに飼ったことがあったセキセイインコと比べて、余りにもパワフルでゴーイングマイウェイな鳥だったので、戸惑いが大きかったです。
(それでも今考えると、私が飼っていた子はマメルリハの中では穏やかな方だったと思います)
可愛いは可愛いんですが、なんか直情的な鳥だなあと思っていました。
そして表情が分かりにくいなと思っていたのですが、一緒に過ごすうちに感情は良く分かるようになりました。顔の表情自体は、セキセイの方がやはり分かりやすいと思っていますが。
私が飼っていた範囲での話になりますが、マメルリハはセキセイよりも全身で感情を表すのですね。
翼を小さく開いて肩をすくめるみたいに上げる、いわゆるワキワキポーズとか、くるっと後ろを向いて何か取り繕うように胸元の毛繕いをやり出すとか。上下にズンズンと身体を勢いよく揺らして、カゴから出して欲しいと訴えるとか。
マメルリハはそれ程悲しそうにしている場面はなく、基本的には楽しそうか怒ってるかの両極端です。
ですが、私にとって興味深かったのは、私が飼っていたこの小鳥にはどうも羞恥の感情があったらしいことです。
ある時、少し離れた机の上から、小鳥が私のことをじーっと見ていたので、どうしたのだろうと思い、そばに寄って声を掛けました。すると、ハッとした風でくるりと後ろを向いて、チュピチュピと小さく鳴きながら胸元の羽を嘴で毛繕いするのです。どこか嬉しげな感じで。
まるで私をこっそり見ていたことがバレて、照れて取り繕っているようでした。
この小鳥は私にはよく慣れていて、小さな身体なのに自分の意志がとてもはっきりしていました。
一人で遊びたい時は、差し出したこちらの手を悪いんですけどと、嘴で煩げに押し戻したりします。
今はそういう気分では無いの、という感じでした。
私の親指の先くらいしか無い小さな頭で、色々と観察をして良く考えており、駆け引きもします。自己主張がしっかり出来るので、本当に同居パートナーでした。
私と小鳥は対等な立場なんだ、と小さな全身で訴えていました。
これについては生き物としての本能なのだろうと思っていましたけど。
この小鳥が死んだ時は、時折うとうとしながら徹夜でそばに居ました。
もう止まり木に捕まることも出来無くなっていたので、小鳥を掌に包んで長い夜を一緒に過ごし、朝を迎えて明るい中で、とうとう息を引き取る瞬間も見届けました。
もともと小鳥が十歳を越えた頃から、老鳥の飼い方についての本を読んで、特に季節の変わり目と冬季の保温に気を配りながら、いつか来るお別れの日について考えてはいました。
ペット火葬をどこに頼むかまで既に決めていましたが、実際にその日が来ると私の一つの時代が終わった実感もあり、ただ失った以上にすごく悲しくて寂しかった。
ですが、満足感もあるのです。
長生きしてくれて、楽しい日々を積み重ねて、異種族間だけど情緒的な交流もあった。
寿命と言えるまで無事に生きてくれて、最後も付き添って看取ることが出来た。
小鳥の死はかけがえの無いものの喪失であり、無償で愛せる対象が私の世界から居なくなってしまうということでした。
でも、いずれいつか失うなら、こういう形が良かった。
完璧ではないにしろ、私の出来る限りのことをさせてもらった。
それは私の大事な、宝物といえる経験だと思うのです。
今は朝晩、小鳥の為に用意したどんぐり型の小さなおりんを鳴らして、鳥型の蛍石などで飾った小さな骨壷に、おはようとお休みの挨拶をする日々を過ごしています。




