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第28話 彗星の導き

 ポットから紅茶がカップに落ちる音。

 ふわりと漂う甘い香りに、張り詰めていた談話室の空気が少しだけーーほころんだ。



「どうぞ、お召し上がりください」


「あぁ、頂こう」


 シエルからカップを受け取る、エスポワール神殿から訪れたご老人。

 髭が茶に触れないよう押さえながら飲む姿がなんだか少し可愛らしいが、話を聞いてみれば歴とした神官だと言うのだから驚きだ。



「うむ、良い腕だ。

司祭の人柄が窺えるのぉ」


「お褒めに預かり光栄です。

さて、神官様の希少なお時間を無駄には出来かねますので。

そろそろ本題を伺いましょうか」



 『聖女誕生への祝砲は既に頂いておりますが』とつけ足すシエル。


 暗に、何か別の目的があるんだろう?と言う圧だが、相手も強かった。

 微塵も動じず、ゆったりと髭を撫でる。



「ふぉっ ふぉっ ふぉ。

なに、そんなに警戒するでない。

神殿が月の国(ルナリア)の聖女誕生に強い関心を持っているのは事実」


 

 だが、と前置きして……神官がセレーネに笑いかけた。

 シワの寄ったクシャッとした笑い方に、亡くなった祖母の顔が重なる。



「此度は、遠き日の友人の孫の様子を見に来た側面の方が大きいからの」


「えっ……」


「えっ!?聖女様、お知り合いっすか?」



 バッと顔を覗き込んだリオンに対して否定の意味を込めて首を振る。



「リオン、静かになさい」


「はーい、すんませーん……」


「ん?」


「司祭様、申し訳ございません!」



 眼鏡を押し上げたにっこり顔にすぐさまリオンが背筋を正す。


 笑みの裏側にある


   『減俸されたいんですか?』


 の声がこの場の全員にはっきりと聞こえた気がした。



 皆からくすりと笑いが漏れて話しやすい雰囲気になったこともあり、セレーネもおずおずと口を開く。



「あの、お祖母様……いえ。

祖母のお知り合いなのですか?」


「知り合いも何も、聖女殿の祖母とは竹馬の友よ。それに、そちの父君にゾディアックの認定を授けたのは儂なのでな。

ーーご両親の事は、心より残念に思っておるよ」



 深く頭を下げられて、目を瞠った。



「そんな……っ謝らないでください。

父と母は己の信念に基づき生き方を選んだのです。

それに、あれは不幸な事故。どなたが悪いわけでもありませんから」



 そう微笑んだセレーネに、神官も安堵したようだ。



「芯の強い女性だ。

コメットに良く似ておるの」


「そうでしょうか?

自分ではわかりかねますが……近づけていたら、嬉しいです。

お祖母様は私の憧れでしたから」



 にこやかに数回、頷いて。


 神官が硝子で出来た宝石箱の様な物を取り出した。



「さてと、あまり長居しては悪いでな。

渡すものを渡してお暇しようかの」


「あの、こちらは……?」


「星の雫を守る為に我々が術式をかけた保管用のものじゃ。

天から与えられし星座の力……剥き出しと言うわけにも行くまい」


「あ、ありがとうございます」



 セレーネが受け取ると、箱が淡く光りひとりでに開いた。


 リオン、クリオス、リラの3名の口から感心したような声が上がる。


「勝手に開いた!」


「敷いてある紺のビロードが綺麗だね」


「ここに星の雫を入れたら夜空のお星さまみたいになりそうです!」




「ーー……コホン」




 わいわいと盛り上がる彼らを嗜めるように、シエルが趣に咳払いをひとつ。


 反射でシャキッと態度を正した部下に苦笑しつつ、シエルが神官に向き直った。




「御心遣い痛み入ります。

これほどまでの好待遇と先日の祝電ーー、これ即ち エスポワール神殿は我が国の聖女・セレーネを大陸全体に認められし正式な地位として認定した……と。」



  『そう認識してよろしいですね?』


 自信に満ちた表情のシエルに、神官もにっこり笑い返す。



「あぁ、勿論だとも。

長らく聖女が居らず苦労してきた国だ、我々も長く案じていたが……良き聖女を得たようで安心した」


「えぇ!長年追い求めた甲斐がありましたよ」


「きゃっ……!」



 唐突に肩を抱き寄せられ、セレーネの頬に熱が集まる。

 リオンが舌を巻き、クリオスとリラが釣られて照れる中。


 流石は年の功、神官はまるで動じない。



「仲良き事は、美しきかな。

最期にもうひとつ、こちらは神官長から月の国(ルナリア)への"依頼"にあたる」



 依頼、と言う言葉にシエルとセレーネの目の色が変わる。


 羊皮紙と一緒に差し出されたのは、"ゾディアック"の証しである彗星を模したブローチだった。



 それも、2つ。



「ここ数年、一番の聖女生誕の地であるミーティア国を初めとし……正式な聖女が一人も認定されていなかった」



 その為に、その更に上位者にあたるゾディアックの認定を受ける者も皆無であったと言う。



「その為に、長らく誰も訪れていなかった星巡りの泉が弱ってしまっていてな……。

手間をかけて申し訳ないが、聖女セレーネと司祭シエル……二人には今一度、"星巡り"を行い泉を巡って貰いたいのだ」 



 ドクンと、心臓が音を立てる。



 星巡りの旅……。

 まさか今になって、今度は自分が行うことになろうとは。


 正直少し、不安だ。けれど。



 ふっと手に温かさを感じてみれば、シエルが手を重ねて微笑んでくれる。



 ふっと、背中が軽くなった気がした。



「……わかりました。

不肖セレーネ、謹んで任をお受けいたします」


「無論自分もです。

セレーネさんの旅の相棒を自分以外の男に譲るわけには参りませんからね!」



 

 冗談めかしているが目が本気のシエルの言葉に部下たちは顔を見合わせ、神官は大笑いした。





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