第27話 神の遣いと我等が司祭
エスポワール神殿とは、星々の加護に満ちたこの大陸における天体魔法の根幹を築き上げた魔道士達が起ち上げたと言う由緒ある組織である。
「そんなすっげぇ組織なら、さぞや希少なお宝とかあるんじゃないすかね!?」
「口を慎みなさいリオン。それに、神殿は金的報酬は表向き受け取っておりませんからね。
仮に今回の訪問の目的が何であれ、あなたが期待しているようなものは頂けないと思いますよ」
「ちぇっ、なんだ。何か依頼なら報酬とかドーンっと出るかと思ったのに」
期待が外れた途端、リオンの瞳に宿っていた貨幣マークが消えた。
苦笑しつつも、セレーネもシエルの言葉に続く。
「大陸が四つの国に分断されて以降は表舞台……すなわち、政にはあまり口出しをしていない組織であることは確かですね。
一般の方々が関わるには敷居は高いかと思います」
「そうですね、組織名すら知らない方も多いでしょう」
「あー確かに、俺もスラムに居た頃は聞いたことすらなかったっす」
そうでしょうね、とシエルは眼鏡を押し上げた。
「しかしながら、"ゾディアック"と言う高位魔術師の選定と育成。聖女の産まれぬ我が国の様な治癒師不足の地への援助は勿論のこと。
加えて瘴気の濃い地域への結界補強、各地の魔物情報の把握と冒険者ギルド向けの討伐依頼一覧の作成等々、太平の世の立役者と言える方々です」
『間違っても失礼のないように』と念押しするのと同時に、一行は応接室へと到着。
案内係を買っていたリラが中へと一声かけると、誰にも触れられぬままに扉はゆっくり開かれた。
月の国の特産品の一つである、上質なシルクのカーテンが柔らかく揺れたその先で、ゆったりとした動きの老人がこちらへ振り向いた。
黄道十二門を模した星座盤の意匠が背に刻まれた、藍色のキャソック。
(お父様達も身につけていらした、ゾディアックの証……)
胸をついた懐かしさを誤魔化すよう、小さく息をつく。
「あぁ、参られたか。
先触れもなく訪れてしまい申し訳ありませんなぁ。
なにぶん老人とは時間を無駄にできぬ故……、どうかお赦し願いたい」
顎下に長く伸びた真っ白な髭を手で漉きながら笑う顔は、どう見ても穏やかな老人なのに。
まるで決壊寸前のように極限まで張り詰めた膨大な魔力に、誰も二の句をつげやしない。
そんな中、先陣を切ったのはやはりシエルであった。
「いえいえ!この度は映えあるエスポワール神殿より態々ご足労頂き恐悦至極に存じます。
つきましては初の聖女誕生を迎えた我が国に是非ともご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致しますよ」
「ほっほっほ、勿論だとも。
さて……そちらが件の月の聖女殿ですかな?」
老人の凪いだ眼差しに捉えられ、一瞬セレーネの身体が強張る。
しかし、シエルが自慢げにふっと口角を上げた姿でーーふっと緊張が緩んだ気がした。
「ご挨拶申し上げます。
天空の女神アルテミス様に誓ってこの度月の国の聖女の任を賜りました。
セレーネ・クレセントでございます」
不慣れながら膝を折り事前に取り決めた挨拶の口上を述べれば、老人もにこやかに頷く。
「あぁ……、そうかね。
本当に、立派になられた」
「え……っ」
「ーー……、さてと!
互いに立ったままでは落ち着いて話せませんでしょう。
皆様、どうぞお席へ」
『とっておきの紅茶をご用意いたしましょう』
一声で場の空気と星の煌めく魔法のポットをその手に掌握し、我らが司祭が微笑んだ。




