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第26話 激動の気配

 ぽかん、と。

 砂時計が1回分砂を落とし切るほどの時間固まったセレーネの手から、ひらりと号外紙が落下した。


 それを拾い上げ汚れを払うように軽く振るシエルの腕を、ガっとセレーネが掴む。


 初めての彼女らしからぬ動きに、場の全員が目を見張った。


「せ、セレーネさん?どうしました?」


「こっ、この方がステラだなんてありえません!

あの子は確かに魔術の才に溢れていましたが、あくまで資質があったのは治癒魔法です。

聖女見習いはお国に逆らえないよう攻撃系の魔術を学ぶ機会は与えられないですし、ましてあの子は生まれてこの方包丁すら握ったことがなかったんですよ!

竜の首を切り落とせるような大剣だなんてとてもとても……っ」


 『扱える訳がない』と、言いたかったのだろうがパニックに陥ってしまったのだろう。

 このままでは過呼吸になりかねないと、シエルが正面からセレーネを抱き寄せ、その華奢な背中に手を回した。


「すみません、一度に情報を詰め込みすぎてしまいましたね。

一旦深呼吸をしましょう。さぁ、肩の力を抜いて」


 伝わってくるシエルの鼓動と体温に、若干の落ち着きを取り戻す。

 数回ゆっくりと深呼吸をすると、頭がすぅっと冷えていく実感があった。


「落ち着かれましたか?」


「……はい、お騒がせして申し訳ありません」


「なんのなんの!自分は貴女の男ですから、いつでも頼っていただいて構いませんよ?」


「ふふ、シエル様ったら……」


 場を和ませる為のいつもの軽口だ。

 ありがたく思いつつも、すっと離れていくシエルの体温に追い縋りそうになる自分を、心の中で叱咤する。


(いけませんよセレーネ。

私は今、この国の聖女として、ステラの姉として。

己の足でしっかり立つと決めたのですから)


 ましてや、セレーネは聖女。シエルは司祭だ。

 共に民衆を護る者として、対等にあれるよう精進せねばならない。


 そう決意を新たにしているセレーネの頭に向かい、一瞬シエルが手を伸ばした。

 ーー……が、触れる手前でぴくりと静止し、乱れた彼女の髪を一房、優しく耳に掛け直す。


「本日も貴女は皆の注目の的ですからね。

国一番の美姫になったおつもりで、しっかりガッチリ国民の皆様の心を掴んでいただかないと」


「えっ!?」


「はははっ、まああくまで意気込みですが!

……貴女なら出来てしまいそうですね。

現にここに、囚えられた男がおりますし」


 耳元で囁かれて、顔を真っ赤にしてパクパクしているセレーネを他所にーーシエルはさっさとまとめに入ってしまった。


「何はともあれ、紋章が反応したあの日に国境ギルドにステラさんが居た可能性は高い!

なのであれ以降潜入班には入れ替わり立ち替わりで調査を任せていますが、ギルドの情報網は独自のルートがありますから……捜査は現在難航中です」


「そうそう、案外みんな口固いんだよね〜。

合同任務とかだと命預けたりするし、独特の結束感があるみたい」


「そういう事です。

件の新人がステラさん御本人で在るかは定かではありませんが、冒険者を探すには冒険者になるのが一番!

なので明日より、クリオスとヴィルゴには例のギルドに冒険者としてしばらく出向してもらう手筈となりました」


「ですが、冒険者というと荒事が多いのでは?」


「大丈夫ですよ。

もとより我々はシエル司祭と共に魔物討伐等を行なっていた身。

新人レベルのギルド依頼ならば対応は可能でしょう」


「うんうん。

司祭様にも無茶はしないように言い含められてるし、ちゃんと安全には気をつけるから!

聖女様は安心して待っててよ」 


「そう、ですか……そうですよね。

皆様の強さを、私も信じます。

妹の情報、よろしくお願いいたします」


 深く頭を下げたセレーネに、クリオスは『任せて!』と笑い、ヴィルゴは真剣に肯いた。

 まるで真逆な二人だがーーなぜだかこの組み合わせが昔からよく良い成果を上げてくることを、シエルもリオンも良く知っている。


「さて、ステラさん捜索についての会議はここまでと致しましょう。

皆さん、お食事はお済みですか?」


 言われてはたとテーブルを見れば、あれだけあった料理が綺麗に空になっていた。

 セレーネは一足先に満腹になっていたので構わないのだが、あの情報の濁流を浴びながらも食べ続けていたらしい3人の食欲にちょっと、驚いた。


(殿方の食欲と言うものは凄まじいのですね……。

あら?でも、シエル様はあまり召し上がっていらっしゃらなかったような)


「あ、あの、シエル様……」


「はい、何かご質問ですか?」


 いえ、そうではなくて。と、セレーネがシエルはちゃんと足りたのかと問いかける声を遮る様に。

 けたたましい足音と共に部屋に駆け込んできた少女が一人。


「しっ、ししししっ、シエル様!司祭様ーっ!!!」


「ーッ!?」


「おっと、危ない!」


「「「リラ!」」」

 

 反射的にシエルはセレーネを抱き寄せて、片や飛び込んだ勢いのまま躓いて一回転しながらセレーネに突っ込みそうになったその少女を、同期3人が反射的に抱きとめる。


「なんですかリラ、こんな早朝から賑やかなことで……」


「皆して悠長にご飯してる場合じゃないですよ!

今!王宮の方から伝達があってっ、あのっ、神殿っ……エスポワール神殿の方がーー聖女様と司祭様に是非お会いしたいといらしているそうなんですーっ!!」


 3人にがっしり抱えられた体勢のままながら、未だに大慌てのツインテールの少女が叫ぶように報告したひと言に、再び全員が絶句した。


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