スカボローフェアで逢いましょう
「サンちゃん、いつか女房に捨てられるかも……って思うコトある?」
「いつも思ってる」ふふふ、ポンさん、頭を抱えたまま笑っている。
「だからオレはカアチャンに言ったんだよ、シゴトでは死なないから、って」
「……いい加減なヤツだなあ」まだ笑っている。「で、奥さんは何て?」
「約束は守ってもらうからね、って」オレはカイシャの僕ではなく、独裁国家椎名カアチャンのドレイなんだよ。もともとカイシャより契約が早いからね、しかたない。
「オレも、チサトを引きずってでも連れてくればよかったのかな」
彼はようやく立ち上がった。
「ちゃんと尻に敷いてもらえば、もっとマトモになれたのかなあ」
「それはムリでしょう」サンライズが言ってやると、彼はしみじみとつぶやいた。
「だよな……海のオサカナは、オカには住めませんから」
ポンさんはギターの男の前に進み出た。
「ねえ、リクエストあるけどやってくれる?」
男は顔を上げた。少し若そうだが、さっきから弾いていた曲は案外渋目だった。
「どんな?」彼は低く歌ってみせた。男はすぐ判ったらしく、カポをずらして少し音を調整すると、イントロを奏で始めた。
サンライズも知っている曲……『スカボロー・フェア』だった。
しばらく二人して、黙って流れる音楽を聴いていた。
曲が終わると、ポンさんは黙ったままギターケースにコインを投げ入れ、きびすを返した。サンライズも後につづく。
曲はもう少しアップテンポなものに変わっていた。それでも、彼はまだ余韻を引きずっているようだった。暗がりに入ると、また頭を抱えた。
「オレずっと、この歌の意味が解んなかった、チサトと別れてから一度だけ、手紙をもらったことがあってね、農園のDMハガキだったんだけど」
余白に、チサトの文字でこう書いてあった。
『スカボロー・フェアで会いましょう』
「会いましょう、ってことは、やっぱり一緒になりたいって事じゃなかったのか?」
暗闇に近い中で、ポンさんは泣き笑いのような表情をしていたのだと思う。
「サンちゃんは、チサトのことよく知らないからそう思えるかも知れないけどさ……オレもその時には迷ったよ確かに。行くべきか、行かざるべきか」すぐ海外での任務が入り、それどころではなくなったのだけど。
ギターの音はもう聴こえてこなかった。
「でもさっき聴いてようやく意味が解った。チサトはもう、オレにしてあげられる事は何もない、って言いたかったんだよ」
「そうかなあ」
「そうだよ、きっと」急にポンさんは近くにベンチをみつけ、また座りこんだ。
「うう頭が痛え」さっきから頭を押さえていたのはそれだったのか。
「だいじょうぶか?」脇に座って、おろおろする。
「ずっとガマンしてたのか?」頭の中にバクダン抱えてたんだ、コイツ。
「救急車呼ぶ?」
「いや、たまになるだけだから……少し休めばよくなる」
本当に、五分ほどして「あ~あ」彼は体を起こした。
「あのさ」急に普通の聞き方になっている。
「ずっと知りたかったんだけど、サンちゃん本当は、シェイカーだったのか?」
サンライズ、まさかここでこんな質問が出るとは思ってもみなかったので、完璧にふいをつかれ
「あ、ああ?」と語尾を上げた。
「シェイカーなの?」無邪気な聞き方につい、
「うん、まあ」つい素直に答えてしまってから
「何で今さらそんな事聞くんだよ」
と頭をはたいてやろうとした、が、頭痛のことを思いだして直前で止めた。
「だってカイシャにいる時じゃ、聞けないじゃん」
そういうものなのかな。とつぶやくと
「そうだよ、だって怖いじゃん、シェイカーってさ。単なる噂でも」
都市伝説だよ、とまで言ってる。
「オレはトイレの花子さんか」と突っ込むとポンさんは腹を抱えて笑いだした。
ようやく笑いが収まると、しみじみと言った。
「もしかしたら、本当だったのか? って思ったのがさ、こないだのシゴトの時だけど。洞窟で。シェイクだっけ? 実際やってた時は気づかなかったけど、あの後グースカ寝てただろ、オマエ」
「グースカで悪かったな」はは、とポンさんも笑った。
「あんな中であそこまで寝るか、って思ったんだよ。それか、これはビョウキなのか? それとも……って急に気づいて。オレも頭痛持ちになって急に思いだしたんだけど、時々サンちゃん頭痛がひどくて休んでたろ?
シゴトの内容もムチャクチャだし……いや、酷いって言うんじゃなくてびっくりするほど鮮やかに解決できたりさ、案外いつもギリギリセーフな感じで……
ハルさんも気づいてたんじゃあないかな、でもその話題は全然振ってこなかったけどね。
自分がシゴト辞めたら、必ず聞いてみようと思ってたんだ」
墓に持って入るヒミツが一つ、増えたなあ、とまた立ち上がった。
「ホントはもっと色々聞きたいこともあるけど」
駅の改札前で、彼はそう言ってにやりと笑った。
「次に会える時までのお楽しみかな」
元気で、と去ろうとしたので
「長生きしろよ」
と声をかけたら、一番最初、サンライズがリーダーになったばかりの頃初めて見た、あのニュートラルな表情で、こちらをふり向いた。
彼ははっとして上げかけた手を止めた。
「バカ、それはこっちのセリフだ」
手をあげて、ホンダマモルは雑踏の中に消えた。




