ホンダマモルの恋
「オレ、大学は瀬戸内だったんだけど、休みのたびに近くの海に潜りに行ってね」
ホンダマモルはかつて海上保安大学校の学生だった。
しかし、そこでもややナンパなタイプだったらしい。
「で、よく通る所に個人でやってるハーブ農園があってさ、喫茶店もやってて」
海が荒れるとその農園に寄ったのだそうだ。
「そこの娘さんがチサトちゃん、って言ってね、」
マモルのストライクゾーンだった。もちろん、二回目の時に誘ってみた。ところが
「オレみたいなチャラチャラしたヤツは嫌いだ、ってハッキリ言われちゃってさ」
なんだ、いきなりフラレてたのか。
「学校名出せばよかったのに」サンライズが言ってやると
「出したに決まってんだろ? 信じてもらえなかっただけだよ」
それでも、何度も足を運んでいたらしい。最初のうちは仲間と一緒に寄っていたが、だんだんと一人でフラリと寄るようになった。
「喫茶室で出すオリジナルのハーブティーが、うまくてさ」最初は枯れ草の味がする、と言ってチサトにむっとされたが、そのうちに慣れてきたのか、だんだん病みつきになってきたのだそうだ。
チサトは、彼が一人でテーブルにつき、黙って食事をしたりハーブティーをすすっているのを見ているうちに、少しは同情的になったらしく、そのうちに少しずつではあるが話しかけてくれるようになった。
「ハーブの名前とかも、教えてくれたんだよ」
特に好きな香りだったのが、ローズマリー。
「今までつき合ってきたコとは、ぜんぜん違った。別にチサトちゃんだけ特別お高くとまってた、とかそういうんじゃなくて、何だかね、もっとその……大事にしたい、っていうのかな」
結局彼には珍しく、一度もデートに誘うこともなく、彼は卒業して呉市を離れてしまった。
「海に出たり、陸に上がったり、あれやったりコレやったり、時々ハメ外したり……それでも一年に何度かはあそこのハーブ園に寄ってみた」
たまたま近くを通ったんだ、みたいな顔をして店に入る。
チサトも彼をみると、あらまだこの辺にいたのね、みたいな目で見て、それでも
「元気?」くらいは聞いてくれる。
「MIROCに入ってからも、最初は西日本にいたからしょっちゅう行ってたよ。だがリーダーに昇格する時、東日本支部に異動になった。その時、すごく迷ってね」
今度こそ勇気を出して言おうと思い、指輪を用意して店に行った。
チサトはいつものようにハーブティーを出してくれた。
少ししてから、テーブルの上に指輪の箱を置いた。チサトが見つけ、そっと手に乗せる。
「今度転勤になる。ついてきてくれない?」直接それに応えず、チサトはこう尋ねてきた。
「ホンダくん、一番のお勧めの場所ってどこ?」
すぐに小早瀬島のあの洞窟が頭に浮かんだ。次の休みにデートに誘った。
「無人島なんだよ、しかも夢の中みたいな洞窟もある。白い砂が奥に敷き詰められて日の光と波の音しか中に入ってくるものはいない、行き方を知ってる奴も限られているんだ」
チサトはそれにも応えなかった、ただ黙って、彼の腕をとった。
驚いて何も言えない彼を、そのまま裏の農園へと導いていく。
丘になった農園、少し奥まったあたりに古びた東屋があった。彼女は、そこに彼を案内して向かい側に座らせた。
「私のお勧めの場所はここ。私はここから離れられないの」
よく分らなかった、彼は戸惑いながら、こう聞いてみた。
「オレのこと、嫌いなの?」
「だから前に言ったでしょ? チヤラチャラした人は嫌いなの」いや、この頃全然オレ、まともだし。そう言いたかったが、ふと、気がついた。チサトが泣いている。
「あの日にね……ようやく結ばれたんだ。農園の東屋。空が見えた。誰もいなかった」
初めて会ってから、十年近く経っていた。
「でもマモちゃん、結婚しなかったんだろ?」
「だからマモちゃんはやめてってば」
機械的にそう言い足した。まだ頭を押さえている。
「できなかった。チサトに今度はこう言われた。
『これは、終わらせるためだから』
すごいよな、オレは逆だった。ようやく思いを果たした時に
『これから始まるんだ』そう感じてたのにさ。」
チサトには分かってたんだな、サンライズにも分かった。ホンダくんのことは愛してたんだ、でも、ついては行けなかった。




