敵から味方に、そして家族に
最初は、敵対関係だった、とローズマリーだった男は話し始めた。
ローズマリーが西日本でまだヒラの特務員だった頃、マヤラは一般のヒトだった。
名前はジュニオ、ブラジルから来て三年目、あちこちの会社で派遣社員として働いていた。
ジュニオがとある会社にいた頃、南米系労働者らと会社側でちょっとした争議があった。
裏で操っているヤツらと交渉して手を引かせてほしい、という依頼がMIROCの西日本支部にあり、ローズマリーのチームが現場に入った。
その時、会社従業員の組織と上層部の橋渡し役がジュニオだった。
ローズマリーは交渉役として、ジュニオの前に立った。
「クソったれ、素人が口出ししやがって。どうせ会社の回しモノだろう? オレらの何が分かる?」彼は腕をまくり上げ、すごみをきかせてローズマリーに迫ってきた。
「ジュニオ」周りがはやし立てる。「そのヘナチョコなオカマ野郎をぶっ飛ばせ」
ローズマリーは腕っぷしにはそれなりに自信はあったものの、格闘技で鍛えているというジュニオと渡り合うのは、かなりきつそうだった。
彼はとにかく、辛抱強く話し合うことにした。
毎日というくらい会社を訪ね、宿舎になっているアパートに通い、行きつけのプールバーや居酒屋も回った。
その間二回殴られたが、あえてやり返さなかった。向こうは
「やっぱりオマエはオカマ野郎の意気地無しだ、ヘナチョコの弱虫め」
散々挑発してきたが
「何と言われようが、オレはプロだからオマエと殴り合いはしない」
そう言い続け、ますますバカにされた。
ジュニオは、当時マヤラという女性と結婚していた。腕の入れ墨にも一番大きく名前を刻み、他の女の名前は全て、青く塗りつぶしていた。
最初は全然聞く耳を持たなかった彼が、初めてローズマリーの言葉に耳を傾けたのが、海の話をした時だった。
「ダイビングをやるのか?」急に、ジュニオが目を輝かせた。
「キミもやるのか?」ローズマリーが聞くと、少しふてくされたように
「この国では、そんな余裕はない。仕送りもしているしな」その頃、故郷にマヤラと子どもを二人残していた彼は日々、ギリギリの生活をしていたのだった。
安く装備を貸してくれる所を紹介する、一緒に潜らないか? そう言って誘った時もジュニオは最初、渋っていた。
どうせ日本人の店だろう? それにオマエは信用できない、信用できないヤツとは潜れないからな、そこまで言われたが、それでも店の場所を教えてしばらく様子を見ることにした。
何週間かたったある週末、とうとうジュニオが店に姿を現した。
一度潜ってしまえば、どんな言葉よりも雄弁に海の中の世界が彼を説得した。
バディーとしても、ジュニオは優秀だった。向こうも一度のダイブで、ローズマリーの芯の通った気性を感じ取ったらしかった。海から上がって、ジュニオは少し照れたように下を向いてから、彼の目をまっすぐ見つめた。
「これから一緒に海に潜ってもいい」
そう言いながらも結局、すっかり海の世界にはまりこんで行った。
MIROCに入るきっかけも、ダイビングだった。任務で海底の調査があった際、メンバーが足りず、仕方なく彼に事情を話すと喜んで一緒に潜ってくれた。
その後、ローズマリーのシゴトに興味を持ち、色々聞いてきたので正直に話すと、オレも手伝いたい、と言いだした。
その頃、ジュニオは仕事でも労働者団体の方でも何かとトラブルを抱えていたらしく、会うたびに暗い顔をしてため息をついていた。
悪い組織に引っ張り込まれようとしているという噂も近くのブラジル人から聞いたりもした。
ある日、おかしな連中が家から帰るのを見かけたローズマリーが彼に
「あれは、ヤバいんじゃない?」と聞くと
「ヤバい、かなり、ヤッバいよお」と笑いながらも、眼は笑っていなかった。
それでも彼が言うことにも一理あった。
「ねえロージー、物事の良い悪いってさ、線引きが難しいのよ、とても。
誰かは良いと思ってやっていても、それが他の人には良いかは分からないし、他所の国からみるとイケないことかも知れないし。オレ、ロージーから見るとかなり悪いかも知れない。色々ヤバいことにも首を突っ込まなきゃならないしね」
ついに、彼の恐れていたことが起きた。ブラジルに残してきた妻が、突然交通事故で亡くなってしまったと連絡があった。
「アイツらに、殺られたんだ」ジュニオはローズマリーの立ち寄る店を全部回って、彼を探して歩いたらしい。ようやく山口のダイビングスタジオで会えた時、ジュニオはしゃくりあげて泣いていた。
「復讐したい、ヤツらに。オマエらの組織の力を貸してくれ」
「それは、できない」ローズマリーはこの時、三度目にして本気で殴られた。
何度も、殴られて歯が折れた。ついに、ローズマリーは反撃した。
あっという間に、ジュニオは叩き伏せられた。
ローズマリーは彼に手を伸ばして起こしてやった。ジュニオと同じくらい、ローズマリーも辛かった。
「オレたちの組織は、復讐はしない。ブラジルにもMIROCの関係機関はある。
しかしそこだって同じだ。オレたちはただ悪いヤツらを正しく導くために、手をつくすだけだ」
「そんな事やれるわけない。線引きはできないんだ、善悪の」
「でもやるしかないんだよ」
「復讐ならば、はっきりしてる、オレは復讐したい」
「だめだ、頼むから。復讐なんてのは、空しいだけだ」
彼らはいつの間にか、抱き合って泣いていた。
悲しみを分け合って、そして辛さをしのぐ。その事に気づいたんだ、二人とも。
ローズマリーはこの時、マヤラというチームメイトと同時に、家族をも得たのだった。
「ブラジルに帰って、娘たちを引き取るらしいよ」
ポンさんはうれしそうだった。
「今までオバサンたちが面倒みてくれてたんだって。あの人達、家族のつながりが強いだろ? 娘の一人はもう子どもがいるんだってさ。アイツ、実はジイサンなんだよ」
「へえ」
「オレもブラジル来ないか? って言われた。土地はあるから、って」
「いいねえ」
だいぶたってからポンさんが言った。
「サンちゃんさ……ずっと聞きたかったんだけど」
「なに」
「なんで奥さんも子どももいてリーダー続けてられるのか」
ローズマリーだった男は真剣な目をしていた。
「怖くないの? オレが言うのも何だけど」
「だって、カイシャに入った時にはもう女房がいたし、リーダーになった時には子どもも一人いたから」
「そうだっけ?」
「そうだよ、だからみんなそんなモンだと思ってた」
「オレさあ」彼は前髪を両手ですき上げた。そのまま頭を抱える。
「結婚しようかな、って何度も考えたことはあるんだけど、ダメだった」
プレイボーイだから? と茶々を入れようとしたが、あまりにも悲しそうな目をしていたので黙って聞いていた。
「付き合ってるコはいっぱいいたんだけど……本当はすごく好きなコがいて」
ずっと彼女一人をみつめていたのだそうだ。




