おやじデート
梅雨前には、撃たれた足の傷もふさがり、ローズマリーは足を引きずらなくなっていた。
ゾーさんがつぶやく。
「やはりヤツの細胞の七割はイソギンチャクなんだ、治りが早過ぎ」
七月末で、正式にローズマリーの退職が決まった。
送別会は特に必要ない、と彼は固辞し、結局、終わりに近くなった頃、サンライズとゾーさんこと総務のホシノ、それにマヤラだけでこっそりモモちゃん集会を開いた。
ローズマリーの勤務最終日には、マヤラはすでにブラジルに帰っていた。
「リーダー」その日サンライズは、帰りがけにローズマリーに呼びとめられた。
「ワンショットのお約束、まだ済んでおりませんので今夜いかがですか」
ゾーさんはこんな時に限って出張中、日を改める? と聞いたが意外にも
「いえ、是非今夜おつき合いを」
笑ってはいたが、強い目でそう言ったので、サンライズは黙って後についていった。
ワンショットでソルティ・ドッグをおごってもらった。代わりにジンライムをおごってやった。
他愛もない話が次々と出て、まるで最後とは思えなかった。
それでもあまり飲みすぎることもなく、彼らは店を出た。
「ちょっと、醒まして行きたいんだけど」と夜の公園に誘われる。
「足はもう痛くないのか?」
「ああ、ケンザキのアホにグリグリやられた所がすげえ痛い。訴訟を起こしてやる」
そう言いつつも、スタスタ歩いている。
近くの広場前に、ギターケースを置いて弾き語りをやっている若者がいた。
アコースティックギターで、オリジナルだろうか、聴いたこともないような曲をずっとやっていた。多分、愛やら恋やらについて、何かと思う所があるのだろう。
立止まって聞く人は、誰もいない。
唯一の聴衆はあえて言えば、サンライズとローズマリーの二人きりだろう。
彼らは近くのベンチに座って、何となく足を投げ出していた。
夜風が気持ちいい。
ローズマリーは拡げた膝にひじをついて地面を見つめていたが、垂れ下がった髪を掻き上げ、サンライズの顔をのぞき込んだ。
「ねえサンちゃん」
サンライズは黙って彼の顔をみた。
「もうサンちゃん、なんて呼ばなくていいね、何て呼べばいいんだ? タカちゃん? シイナだからシイさんか?」
「いいよ何でも」オマエは何て呼べばいいんだ? と聞いたら
「ホンダマモル」恥ずかしそうに、また下を向く。
「誰にも言ったことねえ」
かなり恥ずかしいらしい。聞いていたサンライズもこっ恥ずかしくなるくらい、照れている。
「じゃあ……マモちゃんか?」
それはやめろよ、といつもの口調に戻る。
「かなりね、それは、ヤバいよ、ヤッバい」
多分、付き合っている女たちからよくそう呼ばれたのだろう。
「昔のあだ名はポン。本多の本で」
「じゃあ、ポンさんか」
ローズマリーからポンさん、というのも何だかギャップがあり過ぎる気がしたが、呼んでみればそれなりに彼らしい感じもしてきた。
「ポンさんかあ」
「やっぱ、サンちゃんはサンちゃんかな」
ローズマリー改めポンさんがしみじみと言った。
ギターの曲はいつの間にかフォーク調に変わっていた。少しして、七十年代の懐かしい洋楽をいくつか、脈絡もなく弾いているのがわかった。
「マヤラ、帰ったんだね」何となく、言ってみる。
「ヤツはねえ、けっこう涙もろくてさ」空港まで見送るよ、と言ったのに絶対に来ないで、もう会えなくなるみたいでイヤだ、と向こうでの住所を彼の手に押し込んで、迎えに来た仲間の車にさっさと乗って行ってしまったのだそうだ。
「そうそう、モルモットのハッちゃんはどうなった?」
「ああ」ポンさんが座り直した。
「連れて帰れないので、自分の弟に頼んでいったよ、それこそ泣きそうだった」
「よかったな」
そもそも、どうやってあんな楽しいヤツと出会ったんだ? と聞いてみた。
「最初に一緒に潜ったのは瀬戸内だったんだ。その後何度もあちこちでね。千葉とか神奈川、海外のシゴトの時もたまにね。
しかし出会いはロクでもなかった」




