マヤラの忘れもの
モルモットを山頂に置いたすぐ後、その他のテントや実験用具などは、尾根道から北側の崖に向かって放り投げてしまったのだという。わずかな実験データと用意してあったワクチンの残り、そして食料だけを身につけて、岸壁伝いに洞窟まで降りていったのだそうだ。
01から07までは少しずつ条件を変えて作ったワクチンを投与、残りの08はウィルスだけ注射してそのまま、三日したらまた上がってくるつもりだった。
「洞窟に入ったのは、もしも自分が感染していたら……という恐れもあったので」
入江に倒れていたら、もしも船長たちが予定より早く来たり、まれに来る釣り客にでも会ったりしたら大変だと思ったからだと言う。
「よく洞窟知ってたねえ」ローズマリーが感心している。
博士はちょっとくすぐったそうな顔をした。
「地元なんで、この辺」
おお、とローズマリーが身を乗り出して足の痛みに顔をしかめた。
「どこどこ?」
「大島町の……」「えっ? 屋代島?」「はあ、」すっかりローカルに盛り上がっている。
「サワセのあの穴で、ちょっとカノジョと……」「キミも?」「はい、あそこ声が反響してすげえいい感じに」二人は固く握手している。どんな連中だ。
「今回救われたのが、ウィルスの変異速度が速くて、毒性と感染力がすぐ落ちた点だった」
暴走しなかったのは、本当に偶然だった、としょんぼりしている。
洞窟に入ってすぐ、発熱に気づいた。ずっとそこに隠れているつもりだった。
死んだら死んだで仕方がない。しかし、何と船長が洞窟までやって来たのだ。
最初漁船で一周した時には前を塞ぐ岩で気づかなかったらしいが、念のために潮の変わりめを利用して、南の入江からボディボードを使って直接泳いで来たのだと言う。
ウィルスのことを知らない船長は、イヤがる彼を抱えるようにして、また泳いで入江まで戻った。一晩は野宿だ、という船長は中腹まで上がった。がすぐに発熱。
彼は怖くなって、それでも船長には試験用ワクチンを投与し、病気のことを一応知らせてからまた山から洞窟へと戻っていった。
真っ暗な崖を、熱のある体で一人降りて行ったのだそうだ。
「その時、オリは確認できなかった。懐中電灯ももう暗くなってきていて」
自分のワクチンまでもう無いので、後は運を天に任せるつもりで洞窟に横たわっていた。
「船長が助かって、本当によかった」彼は下を向いた。
「人を助けるつもりで、とんだ事をしてしまった……」
元株も全て、処分してしまったと言う。もしあるとしたら、オリから出てしまったモルモット08番の体内くらいだろうか、と。
「夜が明けて、もう少し体が動くようになったら探してみようか」
サンライズが言いかけた時、マヤラがはっ、と体を起こした。
「たいへん、忘れてた」
椅子をひっくり返して、テントの中に戻って、また、自分のリュックをがさごそと漁っている。
やがて、出て来た時にはまた、白いボール紙の箱を持っていた。ケーキの箱に似ている。
「誰の誕生日?」ローズマリーが笑おうとして、ふと気づく。
「その穴、なに?」
「山で寝てる時、拾ったんだった」
みんなが覗き込んだところに、そっとフタを開ける。
中は器用に、通信機のワイヤを編んで補強してある。
その真ん中にちんまりと座っていたのは白黒のモルモットだった。毛は少しもつれているが、パン屑や野菜くずをもらって幸せそうに、鼻を動かしていた。
かなり、健康そうだった。
「これ……」博士がまじまじと見て、いったんマヤラを見てからまたモルモットをみた。
「08です。生きてたんだ」おお、どよめきが起こる。
「なんで、拾うんだよバカ」ローズマリーが泣きそうな声でマヤラをぶん殴った。
「あれほど触るな、って言ったのに」
「だって同じビョウキだったんだろ?」
マヤラは頭を撫でながら、叱られた悪ガキのような上目づかいで応える。
「日本語で言うだろう? ドウビョウ、アイアワレムってさ」
「リーダー」ローズマリーがほとほと困り果てた、という目でサンライズを見る。
「どうしたらいいでしょうか? こいつを」
サンライズは博士をみた。博士はいったんモルモットを受け取り、あちこち観察していたが、やがて心配そうに見守るマヤラにそっと返してよこした。
「もう、大丈夫。特に何もしなくても」
この件については、もう突き詰める気は全くなさそうだった。
「マヤラ」サンライズはあえて厳しい声で告げた。
「処分が下るまで、オマエが責任持ってお世話するように」
「わぉ」マヤラはモルモットを抱き上げて頬ずりした。「よかったねハッちゃん」
「もう即行、名前つけてるし」あきれたようにローズマリーがつぶやいた。
星が一つ流れ、離れ小島の夜は更けていった。




