乱闘
痛みがひどすぎてまともな考えが浮かんでこない。しかし、山には上らせたくない。
マヤラのことがまだバレていない以上、注意を海に向けていないと。
「もう一度、ボートに乗って、洞窟に、戻らなければならない」
銃を持ったアンドレは、明らかにイヤそうな顔をした。もう一人の方は、すでに銃はしまっていた。元々撃ちあいはあまり慣れていないらしい。その男は日本語でボスに聞いた。
「潮の流れを待たねばならないのだろう?」
「さっきの話を、覚えていたようだな、ちゃんと」
ローズマリーが茶化すが、怒りより不安の方が大きいらしく、今度はローズマリーに直接聞いてきた。
「一日、二回程度だと言ったな、一回は昼だったが」
「理論的には、今日明日ならば真夜中近くもあり得るが、カンタンじゃあない」
それは本当のことだった。以前、可愛いギャルと二人っきり、夜中に洞窟で原始人ゴッコしようぜ、と出かけようとして、危うく遭難しかかった話をケンザキにしてやった。実際、一度は本当にそんな目に遭っていた。途中激しい南への流れに突っ込んでしまい、彼らのボートはぐんぐんと備後水道の方に流されていった。何とか彼が飛び込んでボートを引きながら泳ぎ戻ったが、カノジョはよほど懲りたのか、縁もそれっきりになった。
「オレなら明日の午前中まで待ってみる、確実だからな」
「私たちが発症すればいいと思ってるだろう」ケンザキの目が険悪に光る。
「もちろん思ってるがね」ローズマリーは観念して目をつぶった。
「いくらオマエらのことが可愛くてたまらなくても、潮の流れには逆らえないから」
名前の分からない日本人らしい男が、不安げにケンザキにささやいた。
「他にルートはないのか? 例えば、陸とか」
コイツの方がボスより頭がいいかもな、ローズマリーはあえて目を閉じたまま静かに
「ないね」と答えた。
「あったらボートなぞ必要ない」
アンドレが早口でまくしたてる。
「コイツを始末しよう、それからオレは山を見て来る、もしかしたらヤツは嘘を」
彼らが山を振り仰ごうとした時、ボートのエンジン音が近づいてきた。ケンザキと隣の二人、そしてローズマリーも夕闇に染まる海に忽然と沸いた白い船を見やった。
「オクダ?」ケンザキが通信機のボタンを押した。
「指示はどうした? なぜ戻ってきた」返事がない。「オクダ、どうしたんだ」
それと同時に、山道のとっつきからふいに大男が湧いて出た。
「この×××野郎」ポルトガル語の放送禁止用語が山にこだまする。
「ロージーに何をした、離せこのバカども」
ダミーライフルを抱えて悪鬼のごとく駆け寄ってくる。
アンドレは男はとっさに銃を向けた。もう一人は完全に固まっている。そこにローズマリー、無事な方の足をひっかける。
「わあ」男はアンドレの方に倒れかかった。アンドレの銃が暴発する。今度はフランス語の罵詈雑言が飛ぶ。アンドレはよろめいてローズマリーの足を踏んだ。激痛で思わず「バカヤロウ」と叫びながら無事な足で蹴りあげた。アンドレは頭を打ち、銃がもう一発、今度は仲間の腹に命中した。
「コイツ」ローズマリーはアンドレに馬乗りになり、眉間に頭突きを食らわせる。
その間ケンザキはホルダーから銃を出し、マヤラを撃ち倒そうとしたが、マヤラのスピードに合わせられず、遂に、彼の回し蹴りを食らった。格闘技で鍛えたマヤラ、たたみこむようにダミーライフルでケンザキの頭を払う。
ほぼ同時に、奴らは湿った浜に崩れ落ちた。
「マヤラ、縛れ、縛れ」ローズマリーにせかされたマヤラは大慌て、まずケンザキをぐるぐる巻きにして、それからアンドレも固く縛り上げた。
「鼻血すごいね~」マヤラは、息を弾ませながらアンドレの鼻をみている。
もう一人、腹を撃たれた男は意識がなかった。可哀そうだが、簡単に止血をして、手だけはしっかりと縛る。
「ロージー、殴っちゃったねえ、オレたち。また減給だねえ」
「ああ」ボートがかなり近くまで寄ってきた。
「おーい」
シャンピオンの服のままで、手すりにやっとでしがみついているようなサンライズが手を振っていた。
「そっちは?」
「縛ったよ、そっちは?」
「来て、縛ってくれ。まだ言うコト聞いてるけどそろそろやばい」
マヤラが岩から飛び込んだ。ぐんぐんと船まで泳ぎ、間もなく甲板に上がるのが見えた。
ローズマリーはそこまで認め、急に座りこんだ。痛い。しかも、寒くなってきた。
今さらビョウキ? ヤバい、それはヤッバいよ、ロージー。
何か声がしたような気がしたが、次に目がさめた時、すっかり島は人でごった返していた。




