ケンザキvs ロージィ
ケンザキは、水を滴らせて浜辺に上がってきたローズマリーを冷ややかに見守っていた。
同時に、ボートから飛び込んだシャンピオンのことも目の端で追いかけていた。船に戻ったのか、アイツ。全然指示に従わない。ワクチンのことについても自分に逆らって、GH‐65という株の方が作業が早いから、と勝手に仕切っていた。本当に有効かどうかは実際にアイツらの様子をみているしかない。この、目の前の男が持っている物が効けば、それに元株さえ手に入れば怖いものはもう何もない。
後は裏切り者も嘘つきも正直者もまとめて始末するだけだ。
今までは、CDCだのWHOだのにいちいち指図されてひどい目にあっていたが、ようやくオレの天下がやってくる……ケンザキの頬が醜く歪む。
すべてのウィルス制御をこの手に収め、人類にとって神とあがめられるまでになってやる。こんな場末なウィルスでも、まずは重要な第一歩だ。
最初にCDCの極東オフィスにいて、ドクターコウダの研究について知った時には、つまらない話だと思っていた。しかし、コウダがEV71に変種を見つけたらしい、致死率や感染力は生物兵器並みと予想される、という調査員の報告を聞いた時、すぐにその調査員の口を封じ、身内だけを集めて極秘で追跡を始めた。
自分の組織すら出しぬいてやったのだ。
「ワクチンをまずいただこうか」
「言っただろう? 取引だ」
ローズマリーの答えを聞いて、ケンザキはさもおかしそうに笑ってみせた。
「この期に及んで、まだ売れると思ってるんだな。他に切り札もないのに」
ローズマリー、自分の頭を指した。
「撃ち殺したらこの中の情報はあげられなくなるなあ」
「この島ならば、二日も捜索すれば全て見つけられるさ」
まずワクチンを取り上げ、それからゆっくり捜索するのか。それはさせられない。
「ワクチンは、偽物だ」
元々、面倒臭いことが嫌いなローズマリー、試験管を放り出した。
小石に当たり、ガラスが割れて中身がこぼれて元の浜に吸い込まれていった。
「では撃ってくれ」ローズマリーは両手を挙げる。
「二日、いや三日かけて山の中をはいずり回るがいいさ。そのうち感染するだろうから、オマエらも。潜伏期間は二十四時間以内だ」
ケンザキは親指であごをかいた。それから通信機を取り上げる。
「オクダ、船を移動させる準備だ、もうすぐここから移動する」
船に残ったヤツに連絡したようだ。ローズマリーは背中越しに祈る。サンちゃん、頼む。
「キミは痛いのには弱いか?」急にケンザキが聞いた。
「かなり弱いね」そう答えると、ケンザキは隣の男につぶやくように言った。
「アンドレ、左の脛」
男が発砲した。瞬間避けたが、間に合わない。足首のすぐ上に一発入った。




