勝負をしかける
プレジャーボートに一人残っているヤツは、ずっとこちらを向いていた。
50メートル近く離れているが、こちらから船に向かって潮が流れているので、いくらサンライズでもそれ程苦労なく船まで着けるはずだ。
ローズマリーは手近な岩にロープを回した。
「シャンピオン」少し離れた入江から、ボスのケンザキが叫んでいる。同時にシャンピオンの通信機が鳴った。
ローズマリーは悠々とそれを取り上げて話す。
「悪いな、人質にもらったよ」
「リンはどうした」
「洞窟が気に入ったらしい、今夜は泊まるってさ」
「博士とオマエの仲間は」
「博士は連れてきた、仲間は、御親切にリンというヤツが始末してくれたよ。手遅れだと」
「オマエは何が欲しいんだ」すでに、ケンザキについていたもう二人はこちらを銃で狙っている。ボートに穴が開こうが、博士が溺れようが構わないらしい。もちろん、シャンピオンのこともどうでもいいのかも。やはり交渉を進めるしかない。
ローズマリーは懐から試験管を出して、高く挙げた。
「見えるか? これを売りたい」
「何だそれは」
「博士が作ってあった。まだ誰にも試してないが一番見込みはありそうなワクチンだ」
ケンザキは黙ってこちらを向いて立っていた。少しして、すぐ脇に一人を呼び、小声で何ごとか相談している。もう一人はボートをしっかりと狙ったまま微動だにしない。
「嘘だ」ようやく、ケンザキが言った。しかし自信はないようだった。
「他にも、実験データと元株の隠し場所も聞いた」
「死にたくないからデタラメを言ってるんだな」
「死にたくはないが、デタラメではない」ローズマリー、静かに続ける。
「買うか?」また、沈黙が訪れた。ずんずん暗くなっていくのが分かる。
早くしろ、アホ。
ようやくケンザキが折れた。
「オマエだけこちらに来い。泳げるんだろう?」
ローズマリーは口を動かさずにサンライズに聞く。
「ここに残していくぞ、いいな」
サンライズが小さくうなずいた。「気をつけて行けよ」
「今そちらに行く」ローズマリーは試験管を懐に戻し、両手を高く上げてからキレイなフォームで海に飛び込んだ。
サンライズはちらっと陸に、それから船に目をやって、彼らの視線がいったんローズマリーに集中しているのを確認し、すぐに手首をひねって縄をほどいた。そして、もう少し不格好だが音を立てないように海に入った。
熱がまだあるせいか、急激な冷たさで心臓がわしづかみにされるようなショックが襲ってきた。もがきたくなるのをこらえ、できるだけまっすぐ、船の方に体をのばす。
言われていた通り、潮の流れに身を任せるように船まで進む。服が重くなったが、耐えられなくなる前にどうにか船腹にぶつかった。
サンライズが飛び込んだ瞬間、船の男が何か叫んだのはちらりと耳に入った。助けてくれるだろうか? まだシャンピオンだと勘違いしているだろうか? 少し暗くなってきたので船に上がるまで気づかれたくない。
水上から腕が伸び、彼の襟がみをぐいと持ち上げた。彼はどうにか船端を掴んだ。その手を相手はぐっと引っ張り上げる。
「だいじょうぶか?」シャンピオンという男が嵌めていた指輪までつけていたせいか、相手はまだ全然気づいてないようだった。
サンライズはまっすぐ男を見上げた。「誰だ?」男が銃を取り上げようとした、その時に彼はキーを発した。
「香水を変えてくれ」
がん、と押しつけられるようなショック。海に落ちかけた。急いで手すりにつかまり、彼の目を見たまま続ける。
「よく聞け、オレは仲間だ。シャンピオンの代わりに来た。まずやることを言う……」




