死ななければおごってやる
日がかなり傾いてきた、起こしてみようか、と思った瞬間、サンライズの目が開いて、ローズマリーは「うわ」と飛びのいた。
「オレ寝てた?」まだ風邪声だが、少し元気が戻ったようだ。熱も測ってみると、三十七度台に下がっていた。
「今何時?」
時計を見ると、まだ十八時少し前だった。こちらからの連絡がないのに、入江のヤツらはまだ騒いでいない。
「今ならボートで戻れるか?」
聞かれたのでローズマリーは潮の様子をじっくりと眺める。
よく見るような、南西への流れがはっきりと見られた。
「五分もあれば入江に戻れる。沖にも出られるが」
少し沖に出れば、そのまま島から脱出も可能だが、そうするとマヤラを一人残すことになる。サンライズも同じことを思ったらしく、咳こみながらも厳しい顔をしている。
「どうせ沖に出たとしても、ヤツらに追われるだろうしな」
入江に戻ろうか、と意見がまとまった。
「交渉材料はどうする?」ネゴシエーションに当然必要なスキルだが、こちらの切り札が少なすぎる。
サンライズは少し考えていたが
「やはり、これでしょう」と小さな試験管を出してみせた。
「何それ」ゴムの栓がきっちりと閉めてある。中には透明な液体が半分ほど。
「博士が作った新型ウィルスに効くワクチン」
「えっ?」ローズマリーは仰天した。「オマエ、いつの間に」
「なんてウソ」また寝転んだ。激しく咳き込んでいる。
「おい、起きろ」
喉がゴロゴロしているのが恐ろしくなり、あわてて彼の体を起こした。
「自分の咳で溺れるんじゃないぞ」彼はサンライズの手から試験管を受け取った。
「中身は?」
かなり苦しげなサンライズ、それでもすぐ近くまで迫る海を指さした。
「海水か」それでも持っていきようによっては、十分交渉できる。
「いいよ、オレ、そういうウソ大好き」
ローズマリーは立ち上がった。「よし、出発だ」
まずざっと自分の思いついた計画をサンライズに説明してから、博士をシュラフごとボートに乗せる。波をかぶって溺れないように、頭を少し高くして横を向けた。
次に、サンライズを抱えるようにボートに乗せた。ローズマリーは彼の目をしっかりと捕える。「リーダー、ちょっと聞いてくれ」
サンライズの目はまだかなり充血している。しかし、その目で力強く彼を見返してきた。
「今から十分で入江に着く、出発して五分後から、ヤツらと交渉する間の十分間だけ、あのシャンピオンになり切ってくれないか。オレに逆に人質になって縛られてる、ってことで。ちょっとの間病気のこと忘れてシャンとしていてくれる? 頼む」
すかさずサンライズがこう聞いた。「何おごる?」
「駅のすぐ近くにワンショットができた。そこで何でも好きなもの」
「ドンペリだな」
「くたばれ」
「貧乏人め、じゃあソルティードッグ」
「ならいい。オレが死んでたらマヤラにたかれよ」
「ひどい上司だな、オマエ」にやり、とサンライズが笑う。
「オレもおごってやる。だから、死ぬなよオマエも」
「わかった」
「こっちからも一つある」サンライズは後ろ手に軽く縛られて(手をひねるとすぐにほどけるようにしてある)、そのままボートに収まりながらも彼をふり返った。
「入江から少し離れた岩に付けるんだろう? そこで交渉するつもりだよな」
「ヤツらのプレジャーボートと入江の間くらいね」
そこまでは陸の人間もプレジャーボートも近づけない。周りはかなり深いが、岩がゴツゴツと飛び出していて、少し大きな船は座礁の危険が高い。
「できるだけプレジャーボートの近くに寄せてくれ、泳げるくらい近く」
「オマエが?」
「そうだ。オレが船を乗っ取るから、オマエは陸と交渉してくれ」
「博士は」
「船に先に乗せておく」
できるのか? そんな状態で、そう聞こうと思ったが、やめた。
できるのかどうかではなくて、やるかどうかだ。すでに日が陰ってきており、チャンスは限られている。
反省会は後であの世で一緒にやればいい、彼は覚悟を決めて、ボートを隠れ家から押し出した。




