バトル・イン・ケイブ
昼少し前、ようやくボートが出せた。
洞窟にたどり着くと、彼らはローズマリーをこづいてボートから降ろす。
さしこんだ日ざしが狭い洞内を照らし、中で横たわる赤いシュラフが二つ、目に入った。
サンライズは手前の方に、博士は一番奥まった場所にそれぞれ横たわっていた。二人とも暑かったのか、シュラフから抜け出そうとしたように半分身体がはみ出していた。
まるで遭難現場にたどり着いたようだな、ローズマリーは目をこらして、それぞれに何か動きがないかを確かめようとした。
彼らの一人が、医療用キットから注射器とアンプルを三セット取り出すのが見えた。手際良く液を吸い上げる。
顔は知っていたのだろう、まっすぐ博士の所に近づくと、乱暴にシュラフをはぎ取って、全然動こうともしない博士の肩口をざっと消毒し、そこに注射器を無造作にあてた。
一本はその場で自分の腕に、もう一本は戻って来て仲間の腕に打つ。
注射をしてもらった方の男がケンザキに連絡をしている。ワクチンを打ったことを報告しているらしい。
もう一人、シャンピオンの方はローズマリーの視線にも構わず、腕を軽くマッサージしてから、今度はサンライズのシュラフを乱暴にはぎ取った。
熱はまだ高そうだが、サンライズはうつ伏せからどうにか体を起こそうとした。そこを銃の先で押さえる。
もう一人が目で合図した。
「こいつはここで始末だ」そういうことなのか? ローズマリーはすぐ気づいた。銃を持った男は安全装置を外した。
「待ってくれ」ローズマリーはとっさに声に出す。
「ソイツも感染症のエキスパートだ、WHOから直接派遣されてきた」
二人がゆっくりとこちらをみた。ガンバレ、オレだってネゴシエイターだろう? ここで粘らなければいつシゴトできるんだ。
「オレは海域に詳しいから案内を頼まれた、でもソイツはこの病気についてはかなり詳しいぞ。ワクチンだって間に合わせなんだろ? まだ効くクスリはできてない、って話してた」
二人の男は不安げに顔を見合わせた。間に合わせのワクチン、という所が図星だったらしい。しかしシャンピオンが傲然と顔をあげた。
「ならばどうして発熱したんだ、専門家のくせに」
「一番危険な場所にいたからだろう、つまり、この洞窟に」
しめた、ヤツらは動揺している。しかしこの後どうしたらいい? まずいことに頭痛がひどくなってきた。ローズマリーは言葉を探し、目をさまよわせる。
「実験用具や検体はどこだ?」
聞かれると思った。何と答えよう? 海に流した、とか?
「第一、この博士がこんな馬鹿なことをしなければ……コイツが何をしでかしたか、オマエらは分かっているのか?」
シャンピオンの神経は張り詰めて爆発寸前のようだった。
「人類に対する脅威なんだぞ、オマエらは。みんなここで撃ち殺した方がいいんだ、本当だったらね」
少しでも見込みのある返事が聞けなければ、ヤツらはオレたちを撃ち殺して、同じように海に流すだろう。しかも、ここからならばボートで元の入江に帰るのは素人でも案外簡単だ。潮の流れはたいがいにおいて、南西を向いているから。
「もう一度聞くぞ、用具や検体をどこに隠した?データは?」
「それは……」
サンライズが立ち上がった。「オレが教えてやる」酔っぱらったような声だった。
「シャンピオン」
サンライズが涙のたまった目で銃を構えている男を見据えた。
急に呼びかけられ、男はそのまま不安定な格好で立ちすくんだ。
「オマエ……」
「シャンピオン、ルイ、水で割ったワイン、塩を少々」フランス語だった。ローズマリーも脇の男も固まっていた。どうしたんだ? 熱で錯乱したのか?
「銃をこちらに渡して、仲間を……」その後が聞こえなかった。しかし、相手にはちゃんと分かったらしい。彼はしずかに銃をサンライズに渡した。
「オマエ、何を!」隣の男が一瞬ひるんだ隙に、ローズマリーは足を蹴りあげ、彼の銃を弾き落とす。流れるように腹に一撃、男を地面にたたきつけた。
「うわ、きつ過ぎだよロージー、ヤッバいよ」
銃を構えたまま、サンライズがマヤラの口真似でそう言った。「殴ると給料減るよ」
そしてサンライズはその場にまた崩れ落ちた。
「だいじょうぶ? サンちゃん」つい駆け寄ったローズマリー、
「来るな」強い口調でサンライズに止められた。「感染するぞ」
「とっくに感染してるさ、ケーキ食った時に」
ローズマリーは構わずに近づいて、彼を抱き起こした。
「水、飲めるか」
息は荒かったが、意識ははっきりしているようだった。
「博士は?」サンライズに聞かれ、ふり向いてみたが博士は上向きで眠っているように眼を閉じていた。
胸がせわしなく上下に動いているが、とりあえず生きていて、発作とかけいれんはないようだった。
「さっきの、フランス語」聞こうとしたが、サンライズが遮った。
「先に着替えよう、今度は博士とオマエ、オレとで向こうに帰る」
サンライズがシャンピオンの服を着るというので、呆然と座り込んでいた彼を呼び寄せ、上着を一通り脱がせる。
「いやだ、ここに居たくない」朦朧とした様子で、ダダをこねる彼をサンライズは気遣わしげに見やってから、ローズマリーに
「念のためにコイツを縛っておいてくれ」と頼む。
彼は言われた通りに下着姿の男を縛り上げ、もう一人の脇に転がした。
もう一人は、強く殴り過ぎたのかまだ眼を覚まさない。やはり減給になるかも知れない。
でももう構うものか。考えたらすぐ退職じゃん。急に爽やかな気分になる。
「すぐ戻るのか?」聞くが、サンライズは返事をせずに頭を抱えている。
「おい、」揺すったが、返事がない。「リーダー、どうするんだよ」
「少し、寝かせてくれ」蚊の鳴くような声で、彼が言った。
「すまん、3時間……いや、2時間でいい」
「えっ」手を離した瞬間、サンライズはばったりと倒れ伏し、そのまま眠ってしまった。
「おい、サン……リーダー!」何てヤツ。本当に眠ってしまうとは。
仕方ないので、ローズマリーもその場に座り込んだ。2時間、時計とにらめっこ。
本当に2時間たったら起こしてやる。




