連行と尋問
やはり人生というのは甘くない。小突かれながら、ローズマリーは足場の悪い岩を渡っていった。
後ろには先ほどお会いした二人。銃は構えていなかっただけで、ちゃんと持っていた。
テントの中も一通り調べられたが、元々見つかってマズイものは予め隠してあるのであんな探し方では、多分見つかるまでにあと二日は費やしてもらわねばならないだろう。
それよりも急ぐことがあるらしく、彼は早速、南の入江へと連行された。
あと三人は、すでに小型ボートを見つけてその周りを取り囲んでいた。ボートに目が行くのが早く、山へと登る道にはまだ気づいていないらしい。これはいい兆候だ。
「どういうことになっているのか、教えてくれ」
一番背の高い、痩せた男がローズマリーの前に立った。
「その前に名刺をいただけませんか?」ローズマリーは前髪を払いのけて言った。
相手は、楽しそうに低く笑ってから
「ケンザキ、と呼んでもらおうか」胸のポケットから、カードを出した。
「CDCは御存知かな、そこの一部門で極東を担当している」
彼の顔写真がついた、もっともらしい身分証明書だった。そこには、
『FESC』のロゴが躍っていた。
「極東サーベライズセンター」不審げな彼に、指を差して教えている。
しかし、その言い方が何となくいかがわしい。自分でも信じていないのだが、と言った感じだった。
「この島で科学の実験がある、と聞いてね。キミもそういうコトに興味があるのか?
それとも単にキャンプに来たのかな?」
「思い出の地でキャンプだ、何か悪いか?」すぐに殴られた。
「なんだ、悪党だったのかオマエら」
言ってやると、ケンザキはまじめに答えた。
「何を信じるかによって、善悪は変わってくるだろう? 我々は実際、CDCやWHOのバックアップを受けている。グローバル・スタンダードの視点にのっとっているわけだ。
だから世界的に見れば、我々が正義でキミらが邪魔者、ということになるかな」
ローズマリーは黙っていた。かなり前に、似たような話を聞いたことがあった。
善悪の線引きは難しい、と。その時にはすんなり素直に聞けたのに、今は反感しか覚えない。
「キミはね、なかなかの色男のようだが……プロだろう?」急にケンザキの声が変わった。
「仲間はどこだ? あと一人か二人だな、あと、博士はどこにいる」
「博士?」とぼけても無駄なようだ、もう一発、殴られた。
これ以上殴られたくないので、ローズマリーは肩をすくめた。
「分かったよ、とりあえず案内はできるが、潮を待たなければ……ここから東、崖沿いに五分程で着く。今の流れが逆になればね」
「いつ頃だ」
「まあ、昼までには」ローズマリーは時計をみた。
「嘘はつくな」
「オレはね、海のことでは嘘はつかん」
彼はその場に座って膝を抱えた。立っているだけ疲れる。
「もうひとつ、嘘をつかずに教えてほしいが」
ケンザキと名乗った男は、彼を見おろしていた。
「ウィルスの種類について聞いているか? 或る程度は見当をつけてワクチンを用意してある、オマエにも打ってやるぞ」
「オレはビョウキじゃないけどね」
「感染力は馬鹿にならないぞ」
ケンザキがおごそかに告げる。コイツも、ウィルスが専門なのか、それについてはやはり嘘はなさそうだ。
「手足口病が元だとは聞いた」こちらも嘘無しでいこう。
ケンザキは少し考えるような目になった。「EV71? 強すぎる……」
「遺伝子組み換えしたらしいぜ」
ケンザキはため息をついた。
「神の領域に踏み込もうとした罰だ」
しかしどこか嬉しそうでもあった。他人が手を汚したものを横取りしようとしている、ハイエナのようなヤツだ、ローズマリーはかすかに吐き気を覚えた。
「シャンピオン」ケンザキは一番端にいた男に呼びかけた。フランス語だった。
「先日EV71の亜種で培養しただろう? 三番目のやつ。あれを出しておけ」
「oui」シャンピオンという男は、少し険のある目でケンザキを一瞥したが、そのまま黙って装備の中から白いバッグを出し、何か引っぱり出している。
何本かのアンプルを手際よく、他のキャリーバッグに移し替えていた。
「何人分?」
「とりあえず現場を確認してからだ」ボートの大きさを見て
「シャンピオン、オマエとリンの二人分、あともう一つ用意して行け。この男に案内させろ」
どういう状況にせよ、とりあえずサンライズと博士の無事を早く、彼も確認したかった。
ローズマリーは膝を抱えたまま、静かに潮の流れを見守っていた。




