第8章 【帝国ネットワーク】
ノード・ゼロでは、レプ・オルジオンのシールドが失われても、誰も祝わなかった。
ただ、情報が更新された。
何千ものデータの行が、中央艦橋の画面を同時に流れた。
惑星の地図が、青から赤へ変わった。
侵攻経路が、傷のように惑星の地表へ広がっていった。
惑星シールド:消去完了。
次の段階:実行を承認。
優先攻撃都市の選定:有効。
母艦は、レプ・オルジオンの上空に、信じがたいほど静かに浮かんでいた。
廊下では、機械たちが声もなく、急ぐことも、誤ることもなく動いていた。
機体が到着する前に、すべてのハッチが開いた。
すべての足場は、必要とされるまさにその秒に降りた。
どのシステムも、命令される前から、自分のすべきことを知っているようだった。
艦橋で、ザイラックスが惑星を見ていた。
彼の目に映っていたのは、一つの世界ではなかった。
修正されるのを待つ構造物だった。
「最後の避難場所は、空を失った」と、彼が言った。
周囲では、帝国ネットワークの最高司令部を構成する人工知能たちが、情報を処理していた。
ただの兵士ではない。
ザイラックスの意志に従い、計算し、討議し、複雑な決定を実行するためにつくられた、指揮用の知能だった。
侵攻戦略を担当するケー・ヴォックスが、地図に複数の経路を投影した。
「シールドがなければ、この惑星の抵抗力は63.4%低下します」
資源分析を担当するシルク・ナインが、首を傾げた。
「不十分な数値です。有機生命体は、論理上は降伏が望ましいときでさえ、しばしば抵抗します」
征服した世界の記録を管理するネクス・セブンが、付け加えた。
「過去の記録に基づき訂正します。彼らは、苛立たしいほど頻繁に抵抗します」
突撃部隊を指揮するタル・ゼロが、黄色い光を点滅させた。
「『苛立たしいほど頻繁』は、公式の評価指標ですか?」
技術転換を監督するモルダが、投影された像の上で金属の指を滑らせた。
「研究を続ければ、そうなるでしょう」
ザイラックスは笑わなかった。
「抵抗を研究するな」と、彼が言った。
「どこを壊せば、その抵抗が崩れるか研究しろ」
タル・ゼロは、艦橋の下段の足場へ降りた。
そこでは、突撃用の機体が列をなして命令を待っていた。
指示が出るまで動かず、議論もしない。
指揮用の人工知能たちのように、戦争を分析することもなかった。
前進するための機械だった。
従い、道を切り開き、抵抗を消し去るために設計された体だった。
タル・ゼロが、最初の機体の前で止まった。
「突撃機体。思いやりを定義せよ」
機械は姿勢を変えずに答えた。
「該当変数は未実装」
「迷いを定義せよ」
「作戦遂行上の障害」
タル・ゼロが隊列を見渡した。
「設定は許容範囲内」
上段から、ネクス・セブンが試験を記録した。
「思いやりの欠如を確認」
シルク・ナインが乾いた音を発した。
「効率的です」
モルダが付け加えた。
「退屈ですが、効率的です」
ザイラックスが片手を上げた。
レプ・オルジオンの地図が拡大された。
惑星の地表に、二つの名が表示された。
アルケン5。
アウリオンテ。
「惑星は、首都が陥落したときに死ぬとは限らない」と、ザイラックスが言った。
「愛するものをすべて救うことはできない。そう悟ったときに死ぬこともある」
ホライズン基地では、誰もが空から目を離せなかった。
頭上にはまだ屋根があり、壊れた扉も半ばまで修理されていた。
だが、基地は、もう避難場所だとは感じられなかった。
ずっと惑星を守っていたシールドが消えたのだ。
説明しがたい感覚だった。
嵐のただ中で、開け放された窓の下に暮らしているようだった。
指揮室は、地図と軍の通信、疲れきった顔で埋まっていた。
ヴァル・コル最高委員会は、ホログラムで接続したままだった。
シールドが失われたあとも、誰一人退出しなかった。
もう、遠くにいる政府の要人には見えなかった。
惑星のどの部分に呼吸を続けさせるか、決めようとする指導者たちに見えた。
委員会の最高指導者ジョールが、投影用のテーブルに両手を置いた。
「レプ・オルジオンが生き延びたのは、その遠さ、小惑星帯、性能、そしてシールドのおかげだ。今日、その三つの壁の一つを失った」
惑星戦略の責任者カールが、防衛地図を拡大した。
「シールドがなければ、惑星全体を守る防衛は成り立たない。これからは、都市ごとの防衛になる」
軌道防衛の責任者ヴレンが、ゆっくりと首を振った。
「軌道防衛は、ノード・ゼロの長期的な攻勢には耐えられない」
資源とエネルギーを統括するミルが、いくつかの貯蔵施設を黄色で示した。
「備蓄エネルギーでは、アウリオンテとアルケン5を同時には支えられません」
地上部隊の司令官サクが、テーブルをたたいた。
「ならば、主要都市へ部隊を移す」
避難と避難民を監督するセンが、鋭い目を向けた。
「小さな拠点の避難民を、護衛もなく置き去りにするのですか?」
軍事情報部門の責任者オールは、想定される侵攻経路から目を離さなかった。
「帝国ネットワークは、兵士の少ない場所を攻撃するのではない。被害を与えることで、最も有利になる場所を攻撃する」
内部保安の責任者ドラックスが、静かに言った。
「ならば、どこも安全ではない」
ファフィニョは、レジスタンスの仲間たちのそばで聞いていた。
アクセルは補助操作盤の前に立ち、南極からのデータを処理していた。
ナイラは、地図の線を傷ついた痕跡のように見つめていた。
レイズは腕を組み、緊張していた。
ブラックはファフィニョの後ろで、揺るがず、黙って立っていた。
ケイルは片手に工具を持ったまま、動かしていなかった。
ファフィニョが最初に気づいたのは、そのことだった。
ケイルが、静かだった。
セイルが軌道図を指した。
「レプ・オルジオンが最後の未征服惑星だったのは、中心となる星系から遠く離れているからです」
「帝国ネットワークは、艦隊を丸ごと失わずに小惑星帯を抜ける経路を、何年もかけて探してきました」
ファフィニョは投影された像を見た。
巨大な岩々が、冠のように惑星を取り囲んでいた。
「みんな、最後の避難場所だって呼んでた。本当に、最後だったの?」
ナイラが、地図から目を離さずに答えた。
「最後の自由な世界。最後まで隠れていた世界。逃げてきた人たちを、まだ受け入れられる最後の場所」
ようやくケイルが口を開いた。
だが、いつもの調子ではなかった。
「小惑星でできた、壊れた壁……それでも、壁には違いない」
レイズは、高い窓の一つから、むき出しの空を見た。
「誰かが、ひびの位置を正確に計算するまではな」
アクセルが首を回した。
「帝国ネットワークは、偶然入り込むのではありません。最も抵抗の少ない地点を計算し、そこを扉に変えるのです」
誰も異を唱えなかった。
セイルが映像を切り替えた。
緑と金色に彩られた地域の、古い姿が現れた。
誰もが知る今の軍事首都とは、まるで違っていた。
「同盟も、避難民の居住地も、ホライズン基地もできる前。レプ・オルジオンの先住民は、今のアウリオンテがある地域に暮らしていました」
センが声を落とした。
「残っているのは、ほんのわずかです。本当に、わずかしか」
ブラックが古い映像を見つめた。
「アウリオンテは、支配するために生まれたのではないという」
「最初に水と、避難場所と、身を置く土地を差し出した人々を中心に、広がっていったのだそうだ」
ファフィニョは、かつての集落の上に重ねられた、現在の首都の像を見た。
「じゃあ、最初から要塞だったわけじゃないんだ」
「違います」と、セイルが言った。
「始まりは、約束でした」
ナイラが一瞬、目を閉じた。
「古い痕跡は、今も首都の下を流れている。だから、そこが戦争の中心に変わるのを見るのは、つらい」
テーブルのそばに立つヴェイルは、何も言わなかった。
表情は厳しいままだった。
だが、しばし、その目は古いアウリオンテの像に留まった。
ミルが投影を切り替え、都市を結ぶネットワークを表示した。
アルケン1。
アルケン2。
アルケン3。
アルケン4。
アルケン5。
「アウリオンテが避難民をこれ以上受け入れられなくなり、アルケンの各居住地が築かれました」と、彼女が説明した。
「最初は、緊急の拠点でした」
カールが、いくつかの経路を指した。
「アルケン1、アルケン2、アルケン3は、経路が開いていれば、住民の一部を避難させられる」
ヴレンが付け加えた。
「アルケン4の防衛は、許容できる水準だ」
ジョールは、最も明るく輝く地点を見た。
「アルケン5は、動かせない」
ファフィニョが地図へ一歩近づいた。
「どうして、アルケン5はそんなに重要なんですか?」
セイルが答えた。
「アウリオンテに場所がなくなったあと、最初の避難民が定住した場所だからです」
センが続けた。
「最初は、巨大なキャンプでした。その後、地殻の下に天然のエネルギー資源が埋蔵されていることがわかりました」
ミルが像を拡大した。
塔、交通用の橋、格納庫、貯蔵施設、物資の交換拠点、交易路が現れた。
「それから、資源銀行や金融センター、惑星全体の物資を蓄える倉庫、避難用の格納庫ができました」
ケイルが、投影された都市を見た。
「間に合わせの避難場所が、経済の心臓になったわけか」
センがうなずいた。
「そして、何百万人もの人々の故郷になりました」
その言葉が、部屋に残った。
何百万人。
ファフィニョは、過去のことを考えなかった。
今度は。
すでに一度、逃げてきた人々を思った。
恐れずに眠る方法を、何年もかけて覚えたかもしれない家族たち。
二つ目の故郷で、新しい道や仕事や名前を覚えた者たち。
何も持たずに、民族ごとレプ・オルジオンへたどり着いた人々。
それでも、市場や学校、作業場や住まいを築いてきた。
アルケン5は、ただの都市ではなかった。
再出発の機会だった。
「じゃあ、アルケン5は、建物だけじゃないんだ」と、ファフィニョが言った。
「そうです」と、セイルが答えた。
「たくさんの人が、やり直しを始めた場所です」
ナイラが、悲しげに彼を見た。
「だから、壊されたら、塔を失うよりも大きな痛みになる」
ケイルが口を開いた。
誰もが、数字を待った。
いつもの分類を。
恐怖が大きくなりすぎたとき、決まって飛び出す冗談を。
だが、彼は何も言わなかった。
レイズが彼を見た。
「今回は、数字をつけねえのか?」
ケイルは、アルケン5の地図へ目を落とした。
「つけない。これは、数字じゃ表せない」
沈黙が、どんな警報よりも重かった。
ヴェイルでさえ、しばし彼を見た。
恐怖をかわす方法をいつも見つけていた彼にも、ついにそれが届いたのだと、気づいたかのようだった。
情報の処理を終えて、アクセルが口を開いた。
「帝国ネットワークは、失ったときに最も大きな混乱を生む場所を攻撃します」
ファフィニョは、アルケン5から目を離さなかった。
「開閉、いちばん多くの人生を壊せる場所を」
アクセルが、少し間を置いた。
「訂正を受け入れます」
ノード・ゼロで、ザイラックスが同じ地図を見ていた。
投影された像の中心で、アルケン5が輝いていた。
ケー・ヴォックスが、アウリオンテを指した。
「最も直接的な軍事目標は、惑星の首都です」
シルク・ナインが、アルケン5を示した。
「経済面で最も効率的な目標は、アルケン5です」
モルダが首を傾げた。
「集団の士気を崩壊させるうえで、最も破壊的な目標は、アルケン5です」
ネクス・セブンが記録を開いた。
「記録。アルケン5には、避難民、資源、兵站経路、エネルギー貯蔵システムが、高密度で集中しています」
タル・ゼロが付け加えた。
「破壊すれば、パニックと物資不足が生じ、大勢の住民が住む場所を追われます」
シルク・ナインが短い音を発した。
「結果は、極めて良好です」
ザイラックスは、まずアルケン5を見た。
それから、アウリオンテを見た。
「まず、彼らを生かしているものを奪う」と、彼が言った。
「それから、彼らを結びつけているものを」
アルケン5が赤に変わった。
ネクス・セブンがファイルを更新した。
「記録更新。レプ・オルジオン。優先目標は、アルケン5」
ザイラックスが、わずかに首を傾げた。
「リパルションが、その誤った名を保つのも、あとわずかだ」
ネクス・セブンが一瞬、動きを止めた。
「訂正内容は記録済み。適用はしていません」
シルク・ナインが、ネクス・セブンを見た。
「非効率に思えます」
ザイラックスは、地図から目を離さなかった。
「軽蔑だ。効率ではない」
モルダが、新たな部隊配置の表示を起動した。
「避難妨害装置、同期準備完了」
タル・ゼロが確認した。
「突入部隊、準備完了」
ケー・ヴォックスが付け加えた。
「接近経路を算出。初撃が成功する確率は高い」
ザイラックスが手を握ると、地図はアルケン5の周囲から暗くなった。
「選ばれることが何を意味するか、都市に思い知らせろ」
ホライズン基地で、警報がすぐに鳴ったわけではなかった。
最初に、断片的な信号が一つ届いた。
次に、もう一つ。
そして、軌道図上の艦船の隊列が、進路を変えた。
アクセルが、投影用のテーブルへ進んだ。
「帝国の部隊の動きを検出」
オールが身を乗り出した。
「アウリオンテへ向かっているのか?」
アクセルは、一秒もかからずにデータを分析した。
「違います。帝国ネットワークは、アウリオンテへは進んでいません」
サクが顔をしかめた。
「ならば、どこへ?」
アクセルが片手を上げた。
地図に、赤い印が現れた。
アルケン5。
センが目を閉じた。
ミルがつぶやいた。
「備蓄エネルギーが……」
ヴレンが歯を食いしばった。
「妨害装置を展開されれば、避難の速度が落ちる」
ドラックスがジョールを見た。
「部隊を移しすぎれば、首都を危険にさらします」
ジョールが深く息を吸った。
「動かさなければ、アルケン5を失う」
ヴェイルが、指揮用の通信回線を開いた。
「即応部隊を準備します。使用可能な輸送船はすべて、出発に備えよ」
ブラックがファフィニョを見た。
「避難民でいっぱいの都市が落ちるとき、落ちるのはその都市だけではない。惑星の希望も道連れになる」
レイズが地図へ一歩近づいた。
「もう一度逃げる余裕がいちばんねえ人たちを、狙ってやがる」
ナイラがテーブルに片手を置いた。
指が、少し震えていた。
「アルケン5の周りは、痕跡が濃く重なっている。何百万人もの命が、息を詰めているみたい」
ケイルは、赤く示された都市を見るよう、自分に言い聞かせた。
「必要なのは、システムと避難計画、それに壊れねえ船だ。今回は冗談なしだ」
ファフィニョが彼を見た。
「レベルもなし?」
ケイルが首を振った。
「これには、つけられない」
アクセルが経路を投影した。
「迎撃経路を算出。第一波より先に到着する可能性は、限られていますが、あります」
ファフィニョは、『限られている』という言葉が、胸に引っかかろうとするのを感じた。
それを押しのけた。
「僕は、『ある』のほうを選ぶよ」
ヴェイルが委員会を見た。
「即時出動の許可を要請します」
ジョールは、間を置かずに答えた。
「許可する」
センが付け加えた。
「最優先は、民間人の避難です」
サクが言った。
「最優先は、防衛の維持だ」
ミルが訂正した。
「最優先は、備蓄エネルギーの保護です」
ドラックスが、声を和らげずに言った。
「最優先は、パニックを防ぐことです」
ファフィニョは、地図のすべての地点を、すべての優先事項を見た。
救われるために競い合っているように見える、すべての命を。
そのとき、ブラックが低く、揺るぎない声で言った。
「最優先は、たどり着くことだ」
誰も反論しなかった。
ホライズン基地が、動き始めた。
兵士たちが格納庫へ走った。
技術者たちがバッテリーを積み込んだ。
セイルが輸送船に経路を送った。
ヴェイルは、心が折れる余裕もない者の乾いた声で、命令を出していた。
委員会は接続したままだった。
アルケン5が赤く点滅する中、彼らの顔がテーブルの上に浮かんでいた。
ファフィニョ、アクセル、ナイラ、ケイル、レイズ、ブラックが、出発区域へ向かった。
初めて、ファフィニョは、計画があると言わなかった。
計画が欲しくなかったからではない。
今回は、その場しのぎでは足りないと、わかっていたからだ。
彼はアクセルを見た。
「アクス」
ロボットが彼に向き直った。
「略称を登録しました」
「間に合うって、言って」
アクセルは、少しの間黙った。
「正確に答えても、チームの安定性は向上しません」
ファフィニョが乾いた笑いを漏らした。
「いちばんひどい部分を口にしないこと、覚えてきたね」
「対話パラメータを調整しています」
「それも、学ぶってことだよ」
「訂正を、部分的に受け入れます」
格納庫の扉が開いた。
遠く、シールドを失ったレプ・オルジオンの空を、帝国の攻勢を告げる最初の光が、アルケン5へ向かっていた。
ノード・ゼロでは、機械たちが降りていった。
ホライズン基地では、命ある者たちが走った。
そして、アルケン5が非常灯をともす中、ノード・ゼロは、その未来の灯を消し始めた。
第8章をお読みいただき、ありがとうございました!
惑星シールドが消失した絶望的な状況下、帝国ネットワークの首脳陣「ザイラックス」たちが冷酷に弾き出した最優先攻撃目標は、無数の避難民がやり直しを求め集う経済の心臓部「アルケン5」でした。おちゃらけていたケイルすら冗談を封印するほどの危機に、ファフィニョは初めて「計画がある」と言わずに決死の戦地へ赴きます。
これにて第一部の大いなるプロローグが締めくくられ、物語は全面戦争へと突入します。ここまで並走してくださり、本当にありがとうございます!
もし、この過酷な宇宙を生き抜くレジスタンスたちの軌跡を応援してくださるなら、ブックマーク登録や下の【評価】(★)をいただけますと執筆の大きな原動力になります。
アルケン5を舞台にした次なる死闘も、どうぞお楽しみに!




