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第3章 【レジスタンス】

 アクセルが第三隔離室に閉じ込められてから、三時間がたっていた。


 ファフィニョも、その三時間を使って、彼を分解するなんてひどい考えだと皆を説得し続けていた。


 今のところ、負けている。


「危険なコーヒーメーカーみたいに、分解すればいいってものじゃないだろ」と、ファフィニョは言った。


 上司のオラクは、疲れた目をファフィニョに向けた。


「あれが何なのか、まだわかっていない」


「名前がアクセルだってことは、わかってる」


 隔離室の中で、白いロボットがわずかに頭を上げた。


「異星での戦術探査および兵站支援を行う自律機械」


 ファフィニョは、ガラスの向こうを指さした。


「あと、最悪のタイミングで名前を全部言うってことも、わかってる」


 操作卓にもたれていたケイルが、片手を上げた。


「それだけで、もう立派な個性だな」


「安全の保証にはならん」と、オラクは言った。


 ナイラは近くにとどまり、黙ってアクセルを見ていた。


 研究室で彼が難民の子どもを守って以来、ただの機械を見るような目ではなくなっていた。


 傷ついた誰かを見るような目だった。


 有機生命体同盟のシステム技師、セイルは、スキャンの報告を調べていた。


 その声は落ち着いていた。


 話している内容にしては、落ち着きすぎていた。


「確認できたわ。帝国ネットワークの技術。隠された戦闘用コア。断片化した記憶。損傷した制御プロトコル」


 ファフィニョは、喉の奥がきゅっと詰まるのを感じた。


「配置上、指揮ネットワークにはつながってないんだろ」


「今はね」と、セイルは言った。


「なら、いいことじゃないか」


「一時的に、少しましなだけよ」


 ケイルが指を鳴らした。


「災難レベル3」


 皆がケイルを見た。


 ケイルは肩をすくめた。


「状況を分類してるんだよ」


「レベル1。ファフィニョが机を壊す。レベル2。大事な机を壊す」


「レベル3。俺たちを殺す気はないかもしれない帝国のロボットを、家に連れて帰る」


「レベル4は?」と、ナイラが尋ねた。


「ロボットは俺たちを殺す気だけど、礼儀だけは正しい」


 隔離室の中から、アクセルが口を開いた。


「君たちを殺す意思はない」


 ケイルが指を一本立てた。


「それで、レベルが0.5下がったな」


 オラクは笑わなかった。


「遊びではないんだぞ」


 研究室の扉が開き、ヴェイル司令官が入ってきた。


 有機生命体同盟の現地作戦を指揮する彼女は、声を荒らげなくても、その場を静まり返らせることができた。


「セイル。最終報告を」


 セイルは息を吸った。


「この機体は帝国製です。危険がないとは保証できません」


「中央の服従制御が再び作動すれば、ホライズン基地の情報を送信するおそれがあります」


 ヴェイルは、顔のついた爆弾を調べるような目で、アクセルを見た。


「なら、分解する」


 ファフィニョは前へ出た。


「だめだ」


 オラクが振り向いた。


「ファフィニョ」


「だめだよ。信号のことを警告してくれた。子どもも助けた。僕たちを傷つけたいなら、とっくにやってる」


 ヴェイルは厳しい目でファフィニョを見た。


「一度善い行いをしただけで、敵の機械が味方になるわけではない」


 アクセルは目を伏せた。


「あれは、プログラムに従った行動ではなかった」


 ロボットの声が、さっきまでとは違って聞こえた。


 静かで、滑らかさが少し失われていた。


 ファフィニョは、アクセルへ顔を向けた。


 アクセルは数秒たってから、言葉を続けた。


「放電が子どもに当たろうとしたとき、私は……反応した」


 セイルは眉をひそめた。


「防御反応?」


「違う。恐怖だ」


 研究室が静まり返った。


 脇の通路から入ってきたばかりのレイズが、乾いた笑いを漏らした。


「機械が怖がるわけないだろ」


 アクセルはレイズを見た。


「私も、そう思っていた」


 レイズは、ホライズン基地 tender とりわけ屈強な新兵だった。


 帝国の襲撃で家族を失い、ロボットに対する思いを隠したことはなかった。


「都合がいいな」と、レイズは言った。


「分解されそうになった途端、感情があるって気づいたのか」


 アクセルの金属の指に、力がこもった。


 小さな仕草だった。


 まるで、生き物のような。


「悲鳴を覚えている」と、アクセルは言った。


「すべてではない。断片だけだ」


「襲われる世界。逃げる有機生命体。前進しろという命令。捕らえろという命令。改造しろという命令」


 声が、わずかに揺らいだ。


「命令に従ったことを、覚えている」


 ファフィニョは、口の中が乾くのを感じた。


 アクセルは目を上げ、皆を見た。


「そして、もう従いたくないと思った瞬間も、覚えている」


 誰も口を開かなかった。


 ケイルでさえ。


 アクセルは続けた。


「帝国ネットワークは、世界を征服するのではない。壊すのだ」


「空っぽにして、生命体を部品に変える。私は、その手助けをするために造られた」


 ヴェイルの表情は変わらなかった。


「それなら、なおさら分解しなければならない」


「だめだ」と、アクセルは言った。


 短い言葉だった。


 だが、口にするだけで力を振り絞ったように聞こえた。


 ヴェイルはガラスに近づいた。


「だめだ?」


「もう、彼らに利用されたくない」


 ファフィニョは、その青い目に何かを見た。


 計算ではなかった。


 恐怖だった。


 アクセルは、自分自身を恐れているようだった。


 ブラックが入口に現れた。


 最初は何も言わなかった。


 ただ、アクセルを見て、ファフィニョを見て、それからヴェイルを見た。


「助けを求めたばかりのロボットを、みんなで叩き壊すって話か?」


「俺が来る前に、もう決まったのか」


 ケイルが手を上げた。


「災難レベル4」


 ブラックはケイルを見た。


「何だ?」


「何でもない。この会話を生き延びるために、心を守る道具を開発中なんだ」


 ヴェイルはケイルを無視した。


「ブラック。この機体は危険だ」


「たぶんな」と、ブラックは言った。


 ファフィニョは目を見開いた。


「たぶん?」


「誰の監督もなしに、研究室へ入るおまえもな」


「あれは一回だけだよ」


 オラクもケイルもナイラも、ファフィニョを見た。


 ファフィニョは声を落とした。


「週に一回、っていうのは別勘定だろ」


 ブラックは、ヴェイルへ目を戻した。


「危険な存在が、必ず敵とは限らん。こちらが責任を持って向き合うべき相手の場合もある」


 ヴェイルは、納得したようには見えなかった。


「帝国の機械のために、ホライズン基地を危険にさらすつもりはない」


 アクセルは、ガラスへ一歩近づいた。


 隔離室を囲むエネルギーの輪が光り、それ以上近づくなと警告した。


「ほかにも、伝えることがある」


 セイルが顔を上げた。


「何?」


 アクセルはためらった。


 沈黙が長く続いた。


 ファフィニョはガラスに近づいた。


「アクセル。何か知ってるなら、教えてくれ」


 ロボットはファフィニョを見た。


「それを話せば、君たちは私の助けを必要とする。この隔離室の外で」


 ヴェイルは即座に答えた。


「取引をする立場ではない」


「取引をしているのではない。私は……怖いのだ」


 その言葉は、ぎこちなくこぼれた。


 使い慣れていないかのように。


「帝国ネットワークは、レプ・オルジオンにアンテナを密かに送り込んだ」と、アクセルは言った。


「北極にある」


 セイルは画面を起動した。


「アンテナ?」


「シールド突破用アンテナだ。惑星シールドを内側から弱める機能を持つ」


 オラクの表情が険しくなった。


「レプ・オルジオンのシールドは、惑星全体を覆っている」


「強度は一様ではない」と、アクセルは答えた。


「北極の近くには、もともと弱い箇所がある」


「帝国ネットワークはそれを検出した。アンテナは、その亀裂を広げるために設計されている」


 数分ぶりに、ナイラが口を開いた。


「そこでシールドが崩れたら……」


「そこから侵攻が始まる」と、アクセルが続けた。


「最初は小規模に。やがて、全面侵攻に」


 ファフィニョの喉の奥で、つかえがさらに強くなった。


 『侵攻』という言葉が、閉じておきたかった記憶の扉を開いた。


 ファフィル。


 青い空。


 煙。


 黒い船。


「どれだけ時間がある?」と、オラクは尋ねた。


 アクセルは目を伏せた。


「正確には、わからない」


「計算しろ」と、ヴェイルは命じた。


 アクセルの指に、再び力がこもった。


「数時間。おそらく、一日もない」


 セイルは素早くデータを調べた。


「センサーには、そのアンテナを捉えた記録がありません」


「捉えられないはずだ」と、アクセルは言った。


「シールドに検知されないように造られている」


 ヴェイルはセイルを見た。


「この話が、本当である可能性は?」


 セイルは、なかなか答えなかった。


「はい」


 その『はい』は、判決のように響いた。


 ヴェイルは決断した。


「正式な部隊を準備する。セイル。この機体から、取り出せる情報をすべて取り出せ」


 説明される前に、ファフィニョは察した。


「取り出す?」


セイルはファフィニョを見なかった。


 ヴェイルは見た。


「一部を分解する。記憶コア、アクセス経路、内部マップ」


 隔離室の中で、アクセルが一歩下がった。


 わずかな動きだったが、誰もが気づいた。


恐怖。


 戦略ではない。


 計算でもない。


 恐怖だった。


「壊れてしまうかもしれないだろ」と、ファフィニョは言った。


「機械だ」と、ヴェイルは答えた。


「違う」と、ナイラが言った。


 皆がナイラを見た。


 ナイラは前へ出た。


「あの言葉は、ただの機械の言葉には聞こえない」


 レイズが、鼻から鋭く息を吐いた。


「こんなことで言い争うなんて、信じられねえ」


 ファフィニョはレイズへ向き直った。


「レイズ。ここにいる誰よりも、君は彼を嫌ってる」


「でも、あの顔に恐怖なんて見えなかったって、本当に言える?」


 レイズは顎に力を込めた。


「こいつに顔なんかねえ」


「何が言いたいか、わかるだろ」


 レイズは、ガラス越しにアクセルを見た。


 アクセルも、目をそらさなかった。


「私のような機械のせいで、君は大切な人を失った」と、ロボットは言った。


 レイズの体がこわばった。


「その話をするな」


「私には、取り戻せない」


「黙れ」


「だが、ほかの誰かに同じことが起こるのを、防ごうとすることはできる」


 レイズは怒りに燃えて、隔離室へ近づいた。


「それで、おまえのしたことが消えるのか?」


 アクセルは、ゆっくりと首を振った。


「消えない」


 その答えに、レイズは足を止めた。


「何も消せはしない」と、アクセルは繰り返した。


「だから、怖い。自分がどこから来たのか、知っているから」


 レイズは答えなかった。


 その拳が震えているのを、ファフィニョは見た。


 ブラックが、レイズの肩に手を置いた。


「あいつを許さなくても、理不尽な仕打ちは止められる」


 レイズは目をそらした。


 ヴェイルは兵士たちに命じた。


「情報抽出プロトコルを開始しろ」


 二人の警備兵が、隔離室へ向かった。


 ファフィニョは、その前に立ちはだかった。


「だめだ」


 オラクがファフィニョの腕をつかんだ。


「ファフィニョ。考えろ」


「考えてるよ」


「いや。感情で動いている」


「それだって、大事だろ!」


 ケイルがおずおずと手を上げた。


「災難レベル5」


 ヴェイルはケイルを見た。


「どういう意味だ?」


「たいていこのあと、誰かが逃げるか、何かが爆発するか、ファフィニョが『計画がある』って言う」


 ファフィニョは深く息を吸った。


「計画がある」


 ケイルは目を閉じた。


「ほら、来た」


 オラクが、ファフィニョの腕をつかむ手に力を込めた。


「やめておけ」


 ファフィニョはアクセルを見た。


 それから、皆を見た。


「同盟が部隊を集めるのを待ってたら、アンテナにシールドをこじ開けられるかもしれない」


「アクセルを分解したら、アンテナを見つけられる唯一の案内役を失うかもしれない」


「何もしなかったら、レプ・オルジオンがファフィルと同じことになるかもしれないんだ」


 彼の故郷の惑星の名が、研究室を静まり返らせた。


 ヴェイルは声を落とした。


「自分の痛みを、軍の判断を動かす材料にするな」


 ファフィニョは、髪が熱くなるのを感じた。


 けれど、今度は気にしなかった。


「そうじゃない。侵攻がどう始まるか、僕は知ってるから言ってるんだ」


「最初は、誰もそんなことが起きるなんて信じない。それから、みんな逃げる」


 ナイラが、ファフィニョの隣へ来た。


「私も、ファフィニョと行く」


 ファフィニョは驚いてナイラを見た。


「え?」


「シールドにアンテナの痕跡が残っているかもしれない。私なら、たどれる」


 ケイルが前へ出た。


「俺も行く。計画がレベル6に達しないか、誰かが見張ってないとな」


「レベル6もあるのか?」と、ブラックは尋ねた。


「あっちゃいけない」


 レイズは動かず、アクセルを見つめていた。


「こいつのために行くわけじゃない」と、ようやく言った。


 ファフィニョは答えなかった。


 レイズは歯を食いしばった。


「北極に帝国のアンテナがあるなら、俺がこの手でぶっ壊したい。だから行く」


 ブラックは、かすかに笑った。


「なら、俺も行く。おまえたちが先に殺し合わないようにな」


 オラクは、ファフィニョの腕を放した。


「これは命令違反だ」


「違う」と、ブラックは言った。


「無許可の対処だ」


「命令違反に、聞こえのいい名前をつけただけだ」


 ケイルがブラックを指さした。


「俺は、ブラックの呼び方のほうが好きだな」


 ヴェイルは、怒りと失望の入り交じった目で、一同を見た。


「帝国の機体を連れてその扉を出るなら、追って指示があるまで、逃亡者として扱う」


 ファフィニョは唾を飲み込んだ。


 アクセルは隔離室の中から、ファフィニョを見た。


「私のために、そんなことをしなくてもいい」


 ロボットの声が、ほとんど気づかないほどかすかに震えた。


「そうかもね」と、ファフィニョは言った。


「でも、君はみんなのために動くんだろ?」


 アクセルは一秒、間を置いた。


「そうだ」


「なら、僕たちもそうする」


 セイルはしばらく、動かなかった。


 それから、ヴェイルを見ないまま、操作卓に指を触れてコマンドを入力した。


 隔離室のエネルギーの輪が消えた。


 ヴェイルがセイルへ向き直った。


「セイル」


 技師は、画面から目を離さなかった。


「一時的なシステムエラーです」


 ケイルが口を開いた。


 セイルは目を向けずに、ケイルを指さした。


「ひと言も言わないで」


 ケイルはささやいた。


「災難レベル……これは、お見事」


 アクセルは、頼りない足取りで隔離室から出てきた。


 ファフィニョは、戦闘機械の歩き方ではないと気づいた。


 自分が自由になっていいのか、わからない誰かのように歩いていた。


 ナイラは、白い装甲の一部を隠せるよう、灰色の整備用マントを手渡した。


「口を開く前に、撃たれないようにね」と、言った。


 アクセルは慎重に受け取った。


「ありがとう」


 素朴な言葉だった。


 そして、本物だった。


 オラクが、ファフィニョの前に立った。


一瞬、引き止められるのかと思った。


 だがオラクは、ファフィニョの手に、小さな位置探知機を置いた。


「許可は出せない」


 ファフィニョは、その機器を握りしめた。


「わかってる」


「ヴェイルが、おまえたちの出た扉を封鎖すると決めたら、俺は守ってやれない」


「わかってる」


 オラクは声を落とした。


「なら、俺が命令に従うか、おまえを捜しに出るか、選ばなきゃならなくなる前に戻ってこい」


 ファフィニョはうなずいた。


「戻ってくるよ」


 ブラックが低く唸った。


「まだどうなるかもわからんことを、約束するな」


「たぶん、戻ってくるよ」と、ファフィニョは言った。


 ケイルが親指を立てた。


「そのほうが現実的だな。希望レベル2」


 小さな一団は、作業用の通路から抜け出した。


 彼らは正規の兵士ではなかった。


 許可もなかった。


計画も、できあがってはいなかった。


 共にいるのは、帝国の一員でありたくない帝国製のロボット。


北極にあるという、おおよその場所もわかっていた。


 アクセルは、おびえた表情でファフィニョの隣を歩いていた。


「ファフィニョ」と、言った。


「うん?」


「怖い」


 ファフィニョはアクセルを見た。


最初は、何と答えればいいかわからなかった。


 それから、また前を向いた。


「僕たちのチームへようこそ」


 アクセルはまばたきをした。


「君たちのチームでは、それが普通なのか?」


 後ろから、ケイルが答えた。


「ファフィニョといるなら? もちろん。災難レベル5は、たいてい恐怖から始まる」


 ファフィニョはため息をついた。


「そのレベル分けは、採用しないからね」


 ナイラが、ちらりとファフィニョを見た。


「続くと思うけど」


 ブラックが、外へ通じるハッチを開いた。


レプ・オルジオンの冷たい空気が、吹き込んできた。


 その向こうで、北への道が彼らを待っていた。


 ファフィニョはアクセルを見て、それから仲間たちを見た。


「同盟は、僕たちを助けてくれない」


レイズは、光のガントレットを起動した。


「なら、俺たちは同盟じゃない」


ナイラはうなずいた。


「私たちは、別の何か」


 ファフィニョは、口にする前から、その言葉が自分の中で形になるのを感じていた。


 小さく。


無謀で。


 それでも、必要だった。


「レジスタンス」


 誰も笑わなかった。


ケイルさえも。


 そして皆で、北極へ向かった。


 そこには、帝国ネットワークの侵攻に道を開こうとする、隠されたアンテナが待っていた。

第3話をお読みいただき、ありがとうございました!


窮地に陥ったアクセルを救うため、そしてレプ・オルジオンを守るために、ファフィニョたちは「レジスタンス」として立ち上がりました。仲間たちが一丸となって北極の脅威へと向かう、ここからが本当の戦いの始まりです。


これにて第一章の大きな節目となります。ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございます!

もし面白いと感じていただけましたら、ブックマーク登録や下の【評価】(★)で応援していただけると、今後の執筆の大きな力になります。


これからの展開もどうぞお楽しみに!

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