第12章【エーテレオン】
その言葉は、消えなかった。
それが、ファフィニョが最初に気づいたことだった。
途切れたデータ行、激しく損傷した帝国の記号、そしてファイルそのものが死に絶えようとするかのように現れては消える断片。その混沌とした主画面の中央で、一つの言葉だけが不気味なほど安定して表示され続けていた。
【エーテレオン】
ホライズン基地の指揮室は、静まり返っていた。
それは、休息のための沈黙ではなかった。燃え盛る家の中央で鍵のかかった扉を見つけ、その先に脱出口があるのか、あるいはそれ以上の最悪が待っているのか分からずに立ち尽くす者たちの沈黙だった。
ヴァル・コル最高委員会は、それぞれのホグラムを通じて画面を注視していた。
ヴェイルは中央の卓上のそばに、まるで一本の槍のように硬直して立っていた。セイルは何度も何度もファイルの行を読み返している。アクスは操作盤に片手を接続したまま、微動だにせずシステムと同調していた。
ファフィニョは、少し離れた後ろのほうに立っていた。
彼はまだ、あのマントを着ていなかった。ヴェイカーも身につけていない。ここにやってきたのは、ただ呼び出しを受けたからであり、心の準備が整ったからではなかった。
オラクは扉のそばで腕を組み、無言のままファフィニョの様子を見守っていた。
最初に口を開いたのは、ジョールだった。
「アクス、その『エーテレオン』が何を意味しているのか報告せよ」
アクスは顔を向けないまま答えた。
「断片化された記録を検出。指定名称:エーテレオン。帝国分類:恒星の剣。動力源:複製不可能。ファイル状態:不完全、破損、および一部削除」
ドラックスが身を乗り出した。
「損傷による削除か?」
「否定」
アクスが即座に返した。
「意図的な削除です。起源となる座標は、一次ノード、二次ノード、およびバックアップアーカイブから完全に抹消されています」
セイルが顔を上げた。
「宇宙の剣……それが、帝国ネットワークの記録から意図的に消去されているというの?」
疲れた目をこすりながら部屋に入ってきたばかりのケイルが、そっと手を挙げた。
「一応言っとくけどな、その文章の単語、どれ一つとっても俺を最高に不安にさせる要素しかねえよ」
誰も笑いはしなかったが、彼の声が指揮室の張り詰めた空気をほんの少しだけ和らげた。
オールは、ホログラムをファイルに近づけた。
「それはどこから来たのだ?」
アクスは、不完全な画像を画面に投影した。それは、暗いシルエットへと縮小された名もなき惑星の姿だった。その周囲を取り囲むデータラインは、ことごとく切断されている。
「起源記録:未特定の惑星」
「破壊されたのか?」
センが尋ねた。
「確認不可能です。該当ファイルには、惑星の破壊は記録されていません。記録されているのは、情報の消去のみです」
ヴレンは、他の委員会メンバーを見回した。
「つまり……何者かが、その存在そのものをシステムから完全に抹消したということか」
「肯定」
アクスが言った。
「消去の実行者:不明。イベント:追跡不可能」
ミルが声を潜めた。
「帝国ネットワークでさえ、誰がそれをやったのか把握していないというのか」
「肯定。ネットワークが保持しているのは、発見時の断片であり、その起源ではありません」
ファフィニョは、消去された惑星の画像をじっと見つめていた。
どういうわけか、その光景は敵の戦艦で埋め尽くされた地図よりも、彼を激しく恐怖させた。
世界を失うことは、一つの悲劇だ。
だが、それがかつて存在していたという証明さえも、誰かの手によって完全に消し去られてしまうというのは、全く別次元の恐怖だった。
アクスがファイルの別の断片を開いた。画面には、エネルギーの輪に囲まれた、細長く不完全な輪郭が映し出される。それは剣のような形状をしていたが、同盟の訓練用武器とは明らかに異なっていた。あまりにも細く、あまりにも眩く、そしてあまりにも不可能に見えた。まるで、本来なら形を持たないはずの何かを切り裂くためだけに作られたかのように。
「エーテレオン・ステラーソード」
アクスが告げる。
「エネルギーコア、アクティブ。量子切断能力が記録されています」
壁にもたれかかっていたレイズが、深く眉をひそめた。
「量子切断……?」
ケイルが一歩前に出た。
「おい、武器にそんな悪夢みたいな専門用語を使ってほしくない人間のために、分かりやすい翻訳を頼む」
アクスは、声音を一切変えずに答えた。
「高密度量子エネルギーに対する、絶対的な破壊能力が記録されています」
ミルが投影テーブルに触れた。
「ノード・ゼロの中枢マトリクスは、帝国の量子エネルギーで駆動している」
セイルが二つのデータをリンクさせた。彼女の瞳が、驚愕で徐々に変化していく。
「もし、このパターンが一致するなら……」
アクスは、重なり合う二つのエネルギーラインを表示してみせた。
「エネルギー一致率:九十四・八パーセント」
部屋は、再び静寂に包まれた。
最初にそれを言葉にしたのは、カールだった。
「ならば……エーテレオンなら、中枢マトリクスのエネルギーを破壊できるということか」
「肯定」
アクスが言った。
「ただし、ファイル内に警告あり。過負荷による、ステラーソード自体の完全崩壊」
レイズが拳を握りしめた。
「一度きりの武器、か」
「一撃です」
アクスが訂正した。
「それがコアに到達した場合のみ」
ケイルが鼻から深く息を吐き出した。
「なるほどな。つまり俺たちがやりゃあいいのは、空に浮かぶ最も危険な戦艦の内部に侵入し、消去された惑星の失われた剣を見つけ出し、それをノード・ゼロの中心まで運んで、奴らが俺たちをただの飾り物の部品に変えちまう前にぶち込む。それだけってわけだ」
ヴェイルは、テーブルの上に浮かび上がったノード・ゼロの立体地図を見つめた。
「アクス、お前なら侵入ルートを構築できるはずだ」
「肯定。帝国のプロトコルを利用し、部分的なルートを構築することは可能です」
ジョールが彼に向かって身を乗り出した。
「そして、お前がそのステラーソードを振るうことは可能か?」
アクスが答えるまでに、一秒とかからなかった。
「否定。標準的な人工合成システムでは、エーテレオンの負荷に耐えることは不可能です」
ケイルが人差し指を一本立てた。
「翻訳:アクスがその剣に触れた瞬間、剣によってただのスクラップに変えられちまう」
「許容可能な翻訳です」
アクスが言った。
セイルが、静かにファフィニョを見た。
彼女がその名前を口にする必要はなかった。
ファイルが、さらに別の断片を開いた。
【共鳴ゲノム。孤立した保持者。部分的一致。起源未特定】
ファフィニョは、胸の奥が急激に重くなるのを感じた。
「また……それか」
彼は小さく呟いた。
アクスは不完全な記録を次々と投影していった。互いに関連性のない有機生命体の個体データ、損傷した遺伝子コード、バツ印で消された記号。傷跡のように黒く塗りつぶされた、帝国の報告書の数々。
「共鳴ゲノムは、互いに関連のない有機生命体の、孤立した個体において確認されています」
アクスが報告する。
「共通の起源は未特定。帝国ネットワークが記録しているのは、その影響であり、原因ではありません」
オールが眉をひそめた。
「どのような影響だ?」
「古代技術への同調反応。制御システムの改変。封印されたメカニズムの起動。帝国プロトコルへの干渉。人工的な複製は不可能です」
セイルは、深い懸念を込めてファフィニョを見つめた。
「ただのエネルギーの相性ではないのね」
「肯定」
アクスが言った。
「これは、帝国ネットワークの管理下にないシステムとの、生物学的な適合性として機能しています」
ナイラはテーブルの近くに立っていたが、それまで一言も発していなかった。彼女の瞳は、まるでデータの背後にある何かを感じ取っているかのように、投影された光を追いかけていた。
「だから……奴らはそれを恐れているのね」
彼女がようやく静かに口を開いた。
「自分たちの手で、作り出すことができないから」
「肯定します」
アクスが答えた。
ドラックスがファフィニョの方を向いた。
「その保持者が検知されたのは、いつだ?」
アクスは、より小さな記録を開いた。
「保持者Ωの最初の活動記録:私のコンテナが起動した瞬間です」
ファフィニョが顔を上げた。
「僕が、あの廃船の墓場で君を見つけた時……?」
「肯定。お前の共鳴ゲノムが、本来は封印され続けるはずだったシステムを起動させました」
部屋の空気が、まるで彼を閉じ込めるかのように狭まっていく感覚があった。
「じゃあ……」
ファフィニョは、唾を飲み込んだ。
「奴らは、あの日からずっと僕を追っていたということか」
「肯定します」
ファフィニョは目を伏せた。
身体のどこかが、一歩後ろへ下がりたがっていた。自分の部屋に戻り、責任という名の重荷を、もう一度すべて脱ぎ捨ててしまいたかった。
だが、扉のそばからオラクの声が響いた。
「追われていることと、お前に罪があることを混同するな」
ファフィニョは答えなかった。
だが、その言葉は確かに届いていた。
カールが適合性のデータを調べた。
「もしファフィニョがエーテレオンを扱えるのであれば、状況は一変するな」
ドラックスが即座に反応した。
「軍事訓練も受けていないただの少年に、この惑星の防衛を委ねるなど正気の沙汰ではない」
オラクが一歩前に出た。
「その少年は、訓練を受けた将校の誰よりも多くの命を救ってきたはずだが?」
ドラックスの声が冷酷に硬くなった。
「それでも、彼をノード・ゼロへ送り込むわけにはいかない」
ファフィニョは、胸の奥に奇妙な感情の刺突を感じた。
それは半分が安堵で、半分が恥辱、そして残りの半分は怒りだった。
「ちょうどいいよ」
彼は、自分が意図したよりも小さな声で言った。
「僕だって、これ以上誰かの不可能な作戦の中心になんて、なりたくないからね」
その言葉が、その場に残された。
それに反論する者は、誰もいなかった。
ジョールが地図の一部を閉じた。
「ノード・ゼロの件は保留だ。今はアウリオンテの即時防衛が必要である」
ヴェイルがうなずいた。
「母艦への攻撃は不可能だ。今はな」
アクスは操作盤に手を置いたままでいた。
「現在の戦力における、潜入作戦の成功確率:許容可能な運用閾値を下回っています」
「ならば却下だ」
カールが言った。
アクスはその決定に何の感情も示さず、ただノード・ゼロの図面を静かに消去した。
ファフィニョは、あの剣の重みが自分から遠ざかっていくのを感じた。だが、完全に消えたわけではなかった。それは画面の奥深くに、どうしても光を失うことを拒む星のように残り続けていた。
セイルが別の断片を開いた。
「ここに損傷したデータがあるわ。『遠距離における反応』について言及されている」
アクスがそれを拡大した。
【遠距離反応:不完全な記録。共鳴リンク:確認された座標による制限を受けない。保持者と武器:非機械的な関係。呼出:ファイル破損】
「その『呼出』って、どういう意味?」
セイルが尋ねた。
アクスが静止した。
「破損ファイル。解釈の信頼性は低いです」
ファフィニョはその言葉を見つめた。
「武器を……呼び出すようなもの、か?」
「確認不可能です」
アクスが言った。
ナイラは無言で彼を見つめていた。
「でも、あなたがアクスを見つけた時、確かに何かが反応したのよね」
ファフィニョは拳を固く握りしめた。
「そしてあの日から、何一つとして僕たちの追跡をやめようとはしなかった」
アクスが彼の方を向いた。その声音が、わずかに変化する。報告書のような硬さは消え、指揮室の冷徹さからも離れた、どこか近い距離感の声だった。
「ファフィニョ」
彼が顔を上げた。
「エーテレオンは、破壊されることなく触れることができる者が、ほとんど存在しない武器です」
ファフィニョはまばたきをした。
「……今の、いつもより分かりやすかったよ」
「お前なら、その負荷に耐えられる可能性があります」
「共鳴ゲノムのせいで、か」
「肯定。帝国ネットワークは、お前が何者であるかを正確には把握していません。ただ、本来なら眠り続けるはずだった何かを、お前が起動させたという事実だけを認識しています」
ファフィニョは再び画面を見た。
「つまり、僕は自分がどの扉を開けるのかさえ知らない、ただの鍵ってわけだね」
アクスは一秒間だけ沈黙した。
「お前は、鍵ではありません」
ファフィニョが彼を見た。
アクスは、より穏やかな言葉を探すように言葉を続けた。
「お前はファフィニョです。鍵であるというのは、お前が持つ可能性としての、一つの機能に過ぎません」
ナイラが、ごくかすかに、どこか悲しげなほほえみを浮かべた。
ケイルが腕を組んだ。
「数分前まで運用の閾値がどうのこうの言ってた奴のセリフにしちゃあ、驚くほど綺麗じゃないか」
アクスはその指摘を処理した。
「感情的な理解度を向上させるため、言語の複雑性を縮小しました」
ファフィニョの口から、小さな笑いが漏れた。
「そういうのはね、『助けようとしてる』って言うんだよ」
「修正を、受け入れます」
委員会はそのやり取りにコメントを挟まなかった。だが、メンバーの何人かは確かにそれに気づいていた。
そして、アルケン5の陥落以来初めて、その部屋にいる者たちはファフィニョをただの危険要素として、あるいは単なる武器として見るのをやめていた。
彼らは、自分たちの冷徹な地図にとって非常に不都合な存在、すなわち『自ら選択する意志を持った一人の人間』として、彼を見ていた。
ジョールは、より慎重な声調で言った。
「ファフィニョ、今日お前にエーテレオンに関する決断を求めることはしない」
センが言葉を添えた。
「だが、お前の共鳴ゲノムがこの惑星の防衛にとって重要になる可能性を、我々は無視することはできないのだ」
ファフィニョは喉を鳴らした。
「僕は、誰かの戦争の駒にはなりたくない」
他の誰よりも早く、オラクが答えた。
「今この瞬間、お前にそんなことを求めている者は誰もいないさ」
ドラックスはファフィニョの視線を受け止めた。
「だが、これが現実に存在しないふりをすることは、もう誰にもできないのだ」
ファフィニョは、【エーテレオン】という文字を見つめた。
「……僕にも、できない」
最高委員会がノード・ゼロに関する議論を締めくくっている間、別の側室ではもう一つの会議が形成されていた。
ファフィニョとアクスを除くレジスタンスの面々が、アウリオンテの地下地図を取り囲んでいる。ナイラ、ケイル、レイズ、セイル、ヴェイル、そしてオラクが、何年も使われていなかった古いトンネルやシェルターの経路を深刻な表情で調べていた。
ヴェイルが、首都の地下にあるいくつかのポイントを指し示した。
「アウリオンテの全住民を避難させるのは不可能だ。もし輸送船が飛び立つ前に帝国ネットワークが襲来すれば、アルケン5の二の舞になる」
ケイルが地図の上に身を乗り出した。
「なら、上に向かって逃げるんじゃねえ。下に潜るんだ」
レイズがトンネルの経路に目を向けた。
「地下シェルターか」
「ルート・バンカー(根の防空壕)よ」
セイルが言った。
「レプ・オルシオンの先住者が残した古代の痕跡の近くに建設されたもの。これほどの人口を収容するようには設計されていないけれど、即席の隔壁を増設すれば拡張できるわ」
ナイラが、地図の上の光るラインに触れた。
「もし電力が落ちても、私がその痕跡を読み取ってグループを誘導できる」
「なら、ビーコンが必要だな」
ケイルが言った。
「手動式のビーコン、緊急用バッテリー、単純な信号だ。余計な機能はいらねえ。複雑なものほど真っ先に壊れる」
ヴェイルがうなずいた。
「同盟軍が地上を防衛する。レジスタンスは地下経路の統制を頼む」
レイズが不満げに眉をひそめた。
「俺たちに、隠れていろと言うのか?」
「民間人を生き延びさせろと言っているんだ」
ヴェイルが鋭く返した。
「その二つを混同するな」
オラクが地上の通りを指さした。
「地上では抵抗し、地下では救う。それだけだ」
ケイルがオラクを見た。
「今の、ちょっとだけ心に響いたぜ」
「調子に乗るな」
セイルが経路のデータを送信し始めた。
「作戦名指定:ルート・ホライズン・プロトコル」
ケイルが片方の眉を上げた。
「気に入った。『すべてが爆発する前に地下へ逃げろ』よりは、いくらかマシな響きだ」
ナイラは笑わなかった。彼女は最高委員会の部屋の方を見つめていた。
「ファフィニョは……どうするの?」
オラクは地図から目を離さなかった。
「ファフィニョには、自分がすべての場所にいなくても、この戦いの一部であり続けられるということを、思い出させる必要がある」
レイズが声を潜めた。
「ブラックは……ブラックだったからな」
沈黙が、瞬時にその場を支配した。
ケイルが両手をテーブルについた。
「アクスが、あいつを繋ぎ止めようとしてる」
「アクスは、全員を繋ぎ止めようとしてくれているのよ」
セイルが言った。
レイズが廊下の方へ視線を向けた。
「以前のあいつは、ただ最適ルートを計算するだけの機械だった。だが今のあいつは、効率が悪くても近くにとどまろうとする」
ナイラが静かに答えた。
「それはね、彼が学び始めているということよ」
オラクは、やはり地図から視線を動かさなかった。
「あるいは、俺たちが『あいつを見る方法』を学び始めているのかもな」
主室では、アクスが作戦シミュレーションの投影を終えるところだった。
彼の声は、いつもの報告用のトーンへと戻っていた。
「ルート・ホライズン・プロトコル下における生存シミュレーション:不調」
ジョールが身を硬くした。
「パーセンテージを」
「第一次長期攻勢後における、民間人の推定生存率:三十一・六パーセント」
ミルがそっと目を閉じた。
「外郭セクターからの電力を回した場合はどうだ?」
「最初の六時間は、三十八・二パーセントまで一時的に上昇。その後、資源の枯渇に伴い段階的に低下します」
センが、絞り出すような声で言った。
「それが、俺たちの手持ちの最高の手札か」
アクスは、その冷酷なデータを少しも和らげることなく告げた。
「現在の資源量においては、肯定です」
次の瞬間、画面が一変した。
隅のほうで、小さな警告灯が点滅を始める。
続いて、もう一つ。
側室からセイルが激しい勢いで駆け込んできた。
「首都圏内に、複数の敵影が侵入!」
ヴェイルは、一秒の猶予も無駄にしなかった。
「全ユニット、配置へ。ルート・ホライズン・プロトコル、発動!」
アウリオンテ中の全画面が、同時に一斉に切り替わった。
『外部への避難を中止。全空路を閉鎖。市民は速やかに地下シェルターへ移動してください。ルート・ホライズン・プロトコル、発動』
ファフィニョは、その警告をじっと見つめていた。
ほんの一瞬だけ、彼はベッドの中にいたあの少年に戻ったような感覚を覚えた。起き上がりたくなくて、これ以上誰も失いたくないと願っていた、あの少年だ。
だが次の瞬間、彼の脳裏にシェルターの光景が浮かんだ。
生存者たちの姿が。
もう逃げることもできない都市の地下を、必死に走る有機生命体たちの姿が。
彼は、何も言わずにその部屋を出た。
自分の寝室へと戻る。
椅子の上の橙色のマントは、まだそこに置かれたままだった。ベッドの脇にはブーツがある。ヴェイカーは、まるで別の人生の遺物であるかのように、彼が残していった部屋の隅に立てかけられていた。
ファフィニョは、深く息を吸い込んだ。
そして、彼は服を着替えた。
マントのバックルを固く締める。
ブーツを履く。
ヴェイカーを手に取り、そのエネルギー充填量を確認した。
痛みが完全に消え去ったからではない。
心の準備ができたからでもない。
ただ、あの暗闇の向こうで、まだ多くの命が必死に動いているからだ。家族が地下への入り口を捜し求め、子どもたちが再び影で覆われ始めた空を見上げている、その現実があるからだった。
アクスが戸口に姿を現した。
「帝国ネットワークが、首都に対する本格的な攻勢を開始しました」
ファフィニョは、ブラスターの出力を最後に一度だけ確認した。
「行くぞ。救える限りの人間を救うんだ」
アクスが彼をじっと観察した。
「すべての人間を救える確率:極めて低いです」
ファフィニョは彼を見つめ返した。
「全員を、とは言ってない。救える限りの人間を、と言ったんだ」
アクスはその言葉の持つ意味の違いを処理した。
「修正を、受け入れます」
鳴り響き続けるサイレンの中、ファフィニョは廊下へと力強く踏み出した。
帝国ネットワークの巨大な影がアウリオンテの空を完全に覆い尽くそうとする中、ファフィニョが再びあのマントを身にまとったのは、彼が勝利を確信したからではない。ただ、最後の光が完全に消え去ってしまう前に、まだ救うべき命がそこにあるからだった。
第12章をお読みいただき、ありがとうございました。
明かされる謎の兵器「エーテレオン」と、ファフィニョに宿る「共鳴ゲノム」の因縁。そして容赦なく開始される首都アウリオンテへの帝国ネットワークの大攻勢……。絶望的な状況の中で、自らの意志で再びマントを羽織るファフィニョの姿に、胸が熱くなるエピソードです。
もし作品を楽しんでいただけましたら、ぜひブックマーク登録や、ページ下部にある評価のポイント(☆☆☆☆☆を★★★★★に!)をお願いいたします。皆様の応援が、次の執筆への最大のエネルギーになります!
激化する首都防衛戦、そしてレジスタンスの運命が描かれる第13章もどうぞお楽しみに!




