第11章【アウリオンテ】
アウリオンテで生存者たちを迎えたのは、勝利の喜びではなかった。
担架と、サイレンと、そして沈黙だった。
アルケン5から帰還した船が、ホライズン基地の緊急用プラットフォームに次々と着陸していく。
船体が黒く焼け焦げた船もあった。
着地する前から、すでにハッチを開けている船もあった。
船内にはもう、恐怖を抱え込む余地さえ残されていなかった。
生存者たちは、振り返ることもなく船を降りた。
箱を大事そうに抱えた者。
子どもを強く抱きしめた者。
何も持っていないはずなのに、目に見えない重みに押しつぶされそうになっている者。
首都は、まだ持ちこたえていた。
だが、ここが安全だと言い切れる者はどこにもいなかった。
ホライズン基地の廊下では、白い灯がかすかにちらついていた。
深刻な損傷のせいではない。
わずかなエネルギーさえも、すべて使い果たしていたからだ。
急ごしらえの病院、避難所へ続く経路、そして指揮室のために。
その指揮室は、誰の命令に先に従うべきか混乱する者たちの声であふれ返っていた。
画面には、緊急の案内が繰り返し表示されている。
『アルケン5の生存者:北部医療区へ』
『家族と離れた方:ホライズン・ホームで受付』
『基地内の避難経路:開放中。落ち着いて行動してください』
――落ち着いている者など、誰一人としていなかった。
ファフィニョは、そのどの部屋にもいなかった。
自分の寝室にいた。
寝間着がよじれたままベッドに横たわり、ただ天井を見つめていた。
毛布は床に落ちたままだ。
眠ること、すべてを投げ出すこと、枕の下に消えてしまうこと。そのすべてを一度に試したかのように見えた。
マントは着ていなかった。
ブーツも履いていなかった。
ヴェイカーは、ベッドから遠く離れた隅に立てかけられていた。
まるで、ほかの誰かの物であるかのように。
久しぶりに、ファフィニョはレジスタンスの一員には見えなかった。
ただ起き上がりたくないだけの、普通の少年に見えた。
外では、誰かが行方のわからない身内の名前を叫んでいた。
さらに遠くでは、自動音声がアルケン5からの避難民への指示を淡々と繰り返している。
基地のどこかに、また一隻の船が降り立った。
負傷者は多すぎたが、医師は少なすぎた。
ファフィニョは目を閉じた。
それでも、ブラックの姿が脳裏から消えなかった。
爆発の瞬間ではない。
落ちていくケー・アール・ブイ17でもない。
激しい炎でもない。
ただ、自分の肩に置かれた大きな手。
どんな失敗も、一人で背負うものではないと告げる、あの揺るがぬ声。
そして、そのあとに訪れた圧倒的な空白。
ファフィニョは、毛布を握る指に力を込めた。
「次の一歩を、どう踏み出せばいいかわからない」
彼は小さくささやいた。
だが、誰も答えなかった。
答えてくれるブラックは、もうどこにもいなかったからだ。
ホライズン基地の指揮室では、ヴァル・コル最高委員会が彼について議論を交わしていた。
長くなりすぎた問題の一覧に、また一つ項目が増えたかのように。
中央の卓上で、ジョールのホログラムが不規則にちらつく。
ほかの委員たちは、その周囲で地図を深刻な面持ちで調べていた。
アウリオンテ、避難経路、そして首都の態勢が整う前に帝国ネットワークが攻撃を仕掛ければ、容易に陥落しかねない地区。
ヴェイルは、彼らの前に直立していた。
セイルは通信回線を鋭く監視していた。
アクスは操作盤のそばで、微動だにせず耳を傾けていた。
「レジスタンスがいても、アルケン5は陥落した」
ドラックスが冷徹に言った。
センが顔を上げた。
「彼らは、何千人もの命を救ったのだぞ」
「だが、街は失われた」
ミルがすぐに言葉を返す。
「備蓄も、経路も、エネルギーもだ。我々の対応能力も、大きく削がれてしまった」
カールが、地図の上に冷酷な赤い点をつけた。
「ファフィニョは勇敢だ。それに異論はない。だが、彼は軍事訓練を受けておらず、あの一件のあとでは精神的な安定にも疑問が残る」
セイルは、悔しそうに唇を引き結んだ。
「彼は、ブラックを失ったばかりなんです」
「我々は皆、アルケン5で何かを失った」
ドラックスの言葉には、容赦がなかった。
ヴレンが、アウリオンテの上に広がる夜空を指さした。
「次の標的は首都だ。一時の衝動に防衛を委ねるわけにはいかない」
オールは、帝国の進路から目を離さなかった。
「帝国ネットワークは、指揮系統も電力も避難経路も断てることをすでに証明した。次の攻撃は、より正確になるだろう」
ヴェイルは、すぐには答えなかった。
地図を見つめ、動かせる部隊の一覧を確認する。
それから、何千人もの避難民が受け入れを待つ過酷な地区に目を向けた。
ジョールは、ゆっくりとアクスのほうを向いた。
「アクセル・ユニット。攻撃パターンと捕獲経路、それにアウリオンテで想定される標的の情報が必要だ」
アクスが顔を上げた。
「訂正。アクスは、委員会の所有機体ではありません」
ドラックスが目を細め、睨みつける。
「だが、お前が帝国の技術で作られた存在であることに変わりはないはずだ」
「だからこそ、役に立つのさ」
カールが淡々と言った。
アクスは、すぐには答えなかった。
セイルが彼を注意深く、すがるように見つめる。
「アクス……協力してくれる?」
アクスの青い瞳が、アウリオンテの地図へと動いた。
次に、避難民のいる地区の名前へ。
それから、ホライズン・ホームへ続く長い廊下へ。
「自発的な協力を承諾します」
アクスは静かに言った。
ヴェイルは腕を組んだ。
「認めたくなくても、アクスはこれからの戦いにおいて、我々の最大の切り札になる」
アクスは、ほんの少しだけ彼女のほうへ向き直った。
「呼称は『味方』を希望します」
委員会は誰も答えなかった。
代わりに、セイルが微笑んだ。
「じゃあ、味方ね」
自分の部屋に引きこもるファフィニョには、その温かい言葉は聞こえなかった。
彼に聞こえたのは、扉を強く叩く無機質な音だけだった。
彼は返事をしなかった。
それでも、扉は容赦なく開いた。
オラクは、許可も求めずに入ってきた。
まるでファフィニョの悲しみさえも、すぐに点検すべき故障したシステムの一つであるかのように。
入口のそばに立ち、椅子に投げ出されたマントを見つめる。
放り出されたブーツと、ベッドから遠く離れた隅にあるヴェイカーも。
「お前を捜している」
オラクが言った。
ファフィニョは、顔を動かそうともしなかった。
「ここにはいないって、伝えて」
オラクは、迷わず一歩近づいた。
「息をしている。それなら、ここにいることになる」
ファフィニョは、ほんのかすかに笑った。
そこには喜びの感情など、ひとかけらもなかった。
「じゃあ、息をするので忙しいって、伝えて」
オラクは笑わなかった。
「俺は、英雄を捜しに来たわけではない」
ファフィニョは、ようやく目を開けた。
「よかった。ここにはもう、そんな人はいないから」
オラクは、数秒間だけ沈黙した。
それから、部屋の隅に置かれたヴェイカーに視線を向けた。
「武器をしまったようだな」
「必要ないから」
「眠るためにか?」
「何をするにも、さ」
オラクはすべてを理解した。
ファフィニョは横向きになり、彼に完全に背を向けた。
「もう戻らない」
オラクの沈黙は重かった。だが、決して冷酷ではなかった。
「戦いに、か?」
ファフィニョは、奥歯を強く食いしばった。
「――誰かを失うことに、だ」
言葉が、小さく、途切れながらこぼれ落ちる。
「戦うたび、誰かが戻らなくなる。ブラックも、アルケン5も。なのにみんな、僕が何をしてるかすべて分かってるような目で僕を見るんだ」
オラクは、後ろの扉を静かに閉めた。
「なら、分かっているふりをするのをやめろ」
ファフィニョは、上半身を少しだけ起こした。
その瞳には、激しい怒りと深い疲れが同時に宿っていた。
「それを言いに来たの?」
「わからないことと、できないことを混同するな。俺はそれを言いに来た」
ファフィニョは、悲しげに目を伏せた。
「ブラックは、僕のせいで死んだんだ」
オラクは、ゆっくりとベッドへ近づいた。
「違う」
「僕が撃ったんだ!」
「ブラックがそれを選んだのだ」
「僕がもっと、ほかに上手くやっていれば……!」
「違う」
オラクが言葉を遮った。今度は、より強く、断固として。
「ブラックは、命を救って死んだ。その価値まで、あいつから奪うつもりか」
ファフィニョは、言葉を失って動けなくなった。
込み上げた怒りは、言葉になる前に砕け散った。
オラクは、声を和らげることはしなかった。
だが、立ち去ろうともしなかった。
「泣いてもいい。今夜は、世界を憎んだっていい。もう数分、ベッドに寝たままでいてもいい。だが、彼の犠牲を、お前が消えていい言い訳にするな」
ファフィニョは、脚にかかったしわだらけの毛布を見つめた。
「もう、戦い続けたくないんだ」
「戦いたいと思えとは、一言も言っていない」
「じゃあ、僕にどうしてほしいの?」
オラクは、一拍置いて答えた。
「人生で最悪の夜に、この先の人生を決めるな。それだけだ」
ファフィニョはそっと目を閉じた。
その言葉には、英雄めいた大層な響きがなかったからこそ、胸に深く刺さった。
すべてが上手くいくとは約束しなかった。
ブラックがお前を誇りに思うとも言わなかった。
どうにもならない過酷な現実を、無理に繕おうともしなかった。
ただ、このひどい一夜の暗闇の中で、永遠に溺れ続けるなと求めているだけだった。
「ブラックは、いつも何を言えばいいか分かってたのに」
ファフィニョがぽつりとつぶやいた。
オラクは、扉のほうへ目を向けた。
「俺には、そんなことは分からん」
ファフィニョが顔を上げた。
オラクは、ほんの少しだけ肩をすくめてみせた。
「だが、俺はまだここにいる」
どんなに綺麗な演説よりも、その不器用な言葉が胸にこたえた。
それが、紛れもない真実だったからだ。
オラクには、ブラックのような温かい声はなかった。
恐怖を、小さな一歩に変えていく優しい話し方も知らなかった。
オラクは厳しく、時に居心地を悪くさせるほど率直すぎた。
ぶつかっても決して倒れない、頑丈な壁のようだった。
だが、彼は確かにそこにいた。そして、見捨てるように立ち去ろうとは決してしなかった。
「委員会は、もう僕を信用してないんだろう?」
ファフィニョが尋ねた。オラクは、嘘をつかなかった。
「以前と同じようには、な」
ファフィニョは、苦く笑った。
「最高だね」
「奴らはアクスを信用している」
「僕が泣かないから?」
「帝国ネットワークのデータがあるからだ」
オラクは淡々と訂正した。
「今の奴らには、橙のマントを着た傷ついた少年よりも、確実なデータが必要なのだ」
ファフィニョは、椅子の上のマントを見つめた。
「じゃあ、好きに使わせておけばいいさ」
オラクの表情が、一瞬で険しくなった。
「アクスのことを、あいつらと同じような目で言うな」
ファフィニョは、思わず動きを止めた。
「何?」
「委員会には、あいつが便利な切り札にしか見えていない。だがお前は、あいつがそれだけの存在ではないと知っているはずだ」
ファフィニョは、そっと目を伏せた。オラクは言葉を続けた。
「お前が去れば、あいつらには都合のいい道具だけが残る。だがお前が戻れば、あいつには『チーム』ができる」
その重い言葉が、静かな部屋に残り続けた。
ファフィニョは答えなかった。
だが、冷え切っていた胸の奥で、何かがほんの少しだけ動いた。
それはまだ、強さとは呼べないものだった。
ただ、すべてを諦めるという絶望の壁に入った、ごく小さなひび割れだった。
ホライズン基地の別の場所では、ケイルが何時間も生存者の名簿と避難所のシステムを点検し続けていた。
目は真っ赤に充血し、指先は機械の油で黒く汚れていた。
椅子のそばには、冷めきった流動食のカップが、手つかずのまま置かれている。
セイルが静かに近づいた。
「ケイル、ずっと休んでないでしょう」
「手を止めたら、余計なことを考えちまうんだよ」
「それは、悪いこと?」
ケイルは、たった今ハッチを閉じられた、主を失った空の船へ目を向けた。
「今日に関しては、な」
セイルは、それ以上何も追及しなかった。
廊下をいくつか隔てた暗がりでは、レイズが壁にもたれかかるようにして座り込んでいた。
固く手を組み、ただ床の一点を見つめている。
そこへ、アルケン5の生存者が、足を引きずりながらゆっくりと近づいてきた。
「下の経路から、私たちを逃がしてくれましたね。ありがとうございました」
生存者が静かに言った。だが、レイズは顔を上げなかった。
「全員は、救えなかった」
「それでも、あなたは私たちを助けてくれました」
レイズは、組んだ指に真っ白になるほどの力を込めた。
生存者は、それ以上の答えを待たずに静かに立ち去っていった。
レイズは固く目を閉じた。
「――もう一人、守れ、か」
彼は、最後に交わしたブラックの言葉を思い出しながら、ぽつりともらした。
それは決して慰めの言葉には聞こえなかった。
今もなお、胸の奥に従うたびに激痛を伴う、絶対的な命令のように響いていた。
そのあと、ナイラは、ベッドの端に腰かけているファフィニョの姿を見つけた。
部屋にオラクの姿はもうなかった。
扉は、少しだけ開いたままになっていた。
彼女は、すぐには部屋に入ろうとしなかった。
「入ってもいい?」
ファフィニョは、小さくうなずいた。
ナイラは、少しだけ距離を空けて彼の隣に腰かけた。
無理に体に触れようとはしなかった。
彼を言葉で励まし、無理に立ち直らせようともしなかった。
ただ、隣に静かに寄り添っていた。
「オラクは、優しく話すのが本当に苦手なんだね」
ナイラが柔らかく言った。
ファフィニョは、自分の荒れた手を見つめた。
「うん。言葉まで頑丈な鎧を着てるみたいだ」
ナイラは、かすかにほほえんだ。
「でも、ずっとそばにいてくれたでしょう?」
ファフィニョは、深く、重い息を吸い込んだ。
「……みんな、そばにいてくれるんだね」
「あなたが、何度もみんなのそばにいてくれたからだよ」
ファフィニョは、何と言えばいいか分からなくなった。
ナイラは、部屋の隅のヴェイカーに視線を向けた。
「今は、無理に身につけなくてもいいんだよ」
「もし、もう二度と、身につけることができなかったら?」
「できるようになるまで、誰かが必ず隣に座ってるわ」
ファフィニョは、驚いたように彼女を見た。
「君が?」
「私。アクスは、たぶん機械らしくぎこちなくね。ケイルは、何かを修理しに来たふりをして居座るわ」
「レイズは、心配だって絶対に認めずに隅で黙って立ってそうだし。オラクは、息をするペースが遅いって文句を言いながら隣にいるね」
ファフィニョは、短く笑った。
今にも消えてしまいそうな、繊細な笑いだった。
「それ、すごく居心地が悪そうだね」
「ええ」
ナイラは優しく微笑んだ。
「でも、それが私たちらしいでしょう?」
数分後、アクスが戸口に静かに現れた。
部屋を見渡し、ファフィニョを見て、それからベッドのそばの僅かに空いたスペースを確認する。
「私的な感情交流を妨げていますか?」
ファフィニョは、慌てて袖で顔をぬぐった。
「少しね」
アクスは、大真面目にうなずいた。
「了解。三秒間、待機します」
ナイラは、思わずまばたきをした。
「アクス、そういう意味じゃなくて……」
「一。二。三」
アクスは機械的な足取りで入ってきた。
こんな過酷な状況だというのに、ファフィニョは、不覚にも少しだけ笑いそうになってしまった。
アクスは、近くの椅子に腰かけた。
背筋を不自然なほどまっすぐに伸ばし、完全に静止している。
座るという行為そのものが、極めて精密な制御を必要とする作業であるかのように。
「何をしてるの?」
ファフィニョが尋ねた。
「無言の付き添い支援を実行中です」
ナイラは、こみ上げる悲しげなほほえみを隠すために、そっと目を伏せた。
ファフィニョは、その機械の相棒をじっと見つめた。
「その行動、名前までつけたの?」
「実行に移すために、論理的な定義が必要でした」
「それで……どうして指揮室にいないの?」
「委員会が、私の内部データを要求しました。それにはすべて協力しました。その直後、チームにおける最優先事項を検出したため、ここへ移動しました」
ファフィニョは、再び目を伏せた。
「あの人たちは、僕よりも君のことを信用しているよ」
「奴らが信用しているのは、私が帝国の情報網にアクセスできるという事実です」
アクスは即座に訂正した。
「私という個体を信用しているのではありません」
ファフィニョが顔を上げると、アクスは淡々と続けた。
「ですが、チームは別の形で私を信用しています。その信頼は、論理的な効率は低いものの、極めて安定しています」
ナイラが、静かに、そして温かく言った。
「それをね、友情っていうんだよ」
アクスは、その未知の単語を処理するように数瞬停止した。
「友情は、既定のプロトコルには存在しません」
「うん」
ファフィニョが静かに言った。
「もっと厄介なものさ。説明書もついてない」
「だからこそ、予測不能な失敗が頻発するのですね」
ファフィニョは、ほんの少しだけ微笑んだ。
アクスは、その表情をじっと観察していた。
「このアプローチの結果は、正しかったですか?」
「正しいかどうかは、僕にもわからない」
ファフィニョは言った。
「でも……少しだけ救われたよ」
「了解。では、引き続きここにとどまります」
しかし、その穏やかな時間は長くは続かなかった。
壁のスピーカーから、耳を刺すような緊急呼び出しのサイレンが響き渡る。
『アクセル、至急指揮室へ出頭せよ。帝国の破損ファイル断片を検出。優先度、高。キーワード検出:エーテレオン』
アクスが瞬時に立ち上がった。
ファフィニョも、それに応じて立ち上がろうとした。
だが、過酷な疲労のせいで、脚が言うことを聞くまで体が激しくためらっていた。
ナイラはその微細な変化に気づいた。
「無理に走らなくてもいいんだよ」
ファフィニョは、椅子の上に置かれたマントを見つめた。
それから、部屋の隅にあるヴェイカーを。
彼はそれを身につけはしなかった。まだ、その時ではない。
それでも、彼は自分の力でしっかりと立ち上がった。
指揮室に到着すると、最高委員会は再び緊張感に包まれながら集まっていた。
メイン画面には、激しく損傷したファイルが不規則に点滅している。
不気味な帝国の暗号記号と、崩壊した文字列が画面を埋め尽くしていた。
その中で唯一、安定して表示され続けている一つの不吉な言葉があった。
【エーテレオン】
ジョールは、入ってきたアクスを鋭い目で見据えた。
「お前は、帝国ネットワークのデータ層により深くアクセスできるはずだ。これは一体何だ?」
アクスは迷わず操作盤へ近づき、パネルに片手を置いた。データが同期していく。
「制限付きの最重要ファイルです。複数の強力な隠蔽層が存在します。ノード・ゼロとの関連性が極めて高い」
ケイルが、別の連絡通路から滑り込むように入ってきた。
髪は乱れ、完全に疲れ切っている。
「おい、その『制限』ってのは、開いちゃいけないって意味の制限か? それとも、意地でも開かなきゃ俺たちが死ぬって意味の制限か?」
アクスは、その切迫した質問を冷静に分析した。
「その双方の解釈が、同時に正しいと言えます」
ケイルの後ろから、レイズが無言のまま威圧感を伴って入ってきた。
セイルが操作パネルを叩き、ファイルをさらに拡大表示させる。
「待って、もう一つ壊れたタグがあるわ。マトリクス……何とかって書いてある」
アクスの動きが、完全に止まった。
「――中枢マトリクス、です」
指揮室が、一瞬で氷ついたように静まり返った。
ミルが、画面へ引き寄せられるように一歩近づく。
「中枢……何だと?」
アクスは、映し出されたノード・ゼロの構造図を見つめた。
「ノード・ゼロの全システムを統制し、莫大なエネルギーを供給している中枢コアです」
ファフィニョは、部屋の空気が一気に重くなるの肌で感じた。
「じゃあ、そのエーテレオンっていうのは?」
アクスは、いつもよりも長い処理時間をかけてから、静かに答えた。
「帝国ネットワークの内部記録において『兵器』に分類されている存在です。中枢マトリクスの構造そのものを根本から脅かし、破壊し得るものとして定義されています」
ケイルが目を見開いた。
「ってことは、普通の方法じゃ絶対に壊せないものを、一撃でブッ壊せる代物ってことかよ!」
「正しい解釈です」
アクスが答える。
セイルが、別の崩壊しかけた文字列の上で指を滑らせた。
「ここに、まだ続きがあるわ。共鳴ゲノム……?」
ファフィニョの身体が、恐怖で凍りついた。
アクスは、その残された断片的なデータを読み上げていく。
「――互いに無関係な有機生命体の種において、散発的に出現する特異体質。起源は一切不明。古代の超技術に対して異常な同調反応を示し、その制御システムを根本から改変・掌握する能力を持つ」
ヴェイルが、鋭い視線をゆっくりとファフィニョに向けた。
続いて、最高委員会の全員が、一斉に彼を凝視する。
ファフィニョは、再びあの圧倒的な重圧を感じていた。
彼らの疑惑と期待が入り混じった視線の重み。
そして、自分自身がまだ下したくない、重大な決断の重み。
「帝国ネットワークでさえ、これが本当は何なのか分かってないの?」
ナイラが、沈黙を破るように尋ねた。
「不明です」
アクスが答える。
「ネットワークが認識しているのは、その未知の力に対する、絶対的な『恐怖』だけです」
ドラックスが、不信感を孕んだ低い声で口を開いた。
「その破壊兵器は、一体どこにあるのだ?」
アクスは、画面に浮かび上がるノード・ゼロの立体地図へ静かに目を向けた。
その答えが口にされる前から、絶望的な予感が部屋全体に重くのしかかっていた。
「――ノード・ゼロの、最深部です」
今度こそ、誰も声を発することができなかった。
第11章をお読みいただき、ありがとうございました!
アルケン5の激戦を経て、物語は大きな転換点を迎えます。傷ついたファフィニョと、不器用ながらも彼を支えようとするチームの絆、そして徐々に明かされる世界の謎「エーテレオン」の真実……。
もし気に入っていただけましたら、ブックマーク登録や評価(下部の☆☆☆☆☆を★★★★★に!)で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
次回、指揮室で明かされる更なる謎をお楽しみに。




