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第9話「面白くなってきた」

レーヴェンブルクが誇る王立学府、その魔道科に所属する少女エストレアは、他の受験者たちから離れた位置からアルヴェインの学生を――ティナを見つめていた。


彼女は笑みひとつ浮かべていなかった。

ただ、深い蒼の瞳をかすかに細め、到底理解できないものを見るかのように立っていた。


「まったく理解に苦しむ」

レグルスがエストレアの傍らに歩み寄りながら言った。

「こんな哀れみをかけられるくらいなら、乞食にでもなった方がましだ」


「理解に苦しむ、ということには同意するわ」


エストレアの表情には、悪意の欠片もなかった。

だからこそ、その言葉が冷たく響いた。


「そんなことよりあなた、さっきの現象をどう捉えているの」


「どう、とは?」


レグルスが躊躇いをごまかすような笑みを浮かべた。


「明らかに魔力の制御を失っていたでしょう。まさか、すべて自分の手の内だったとは言わないでしょうね」


「……俺ほどの才能となると無意識のうちに自制が働くのさ」

レグルスはエストレアの視線から逃れるように口にした。


「もしそれが本当なら、君は私以上の特級魔導師ということになるな」

二人の背後に、王立学府の魔導教官バーチアスが立っていた。


エストレアとは違い、レグルスはまったく気づいていなかったようだ。

返事ひとつできないまま顔を青ざめさせていく。


「バーチアス先生、レグルスの炎はいったい誰が?」

「私もすぐに痕跡を追ったが……いや、すぐに追えなくなってしまったという方が正しいか」

「まさか、先生ほどの方が?」


エストレアは初めて感情らしい反応をみせた。


「誰の魔道だったかはぜひとも知りたいところだ。不肖の教え子の後始末をしてくれたことに感謝しなくてはならないからな。


「先生もそうするおつもりだったでしょう」

「観覧している方々の身を危険に晒したことに違いはない。そうだろう、レグルス?」


レグルスは唇を噛みしながらうなずいた。

魔導教員の中でも抜きんでた実力を持つバーチアスには、さすがのレグルスも頭があがらないようだった。


「おまえの弱点はその思慮の浅さにあると前も伝えたはずだが。まあいい」


「結局、だれの仕業かはわからずじまいですか」

「マティアス卿もお見えになっていた、もしかしたら彼だったかもしれん」


しかし、バーチアスも自分の言葉が当たっているとは思ってはいないようだった。


エストレアは一人思惑に沈み込んだ。

(確かにマティアス卿もすぐれた魔導師のお一人であられる。しかし、あの距離からレグルスの炎を霧散させ、しかもその痕跡をバーチアス先生にも追わさないなんて……)


すでにエストレアたちは、舞台の上の少女ティナなど見向きもしていなかった。



§§§§§



試験官でさえ、ただ時間が過ぎ去るのを待っているような態度を隠さなかった。


ティナ自身も、もう分かっている。

残った魔力では、もう灯火台には――この課題には届かないことを。

それでも、彼女は詠唱を止めなかった。


喉に力を込めすぎたせいで、声はひどく掠れていた。

魔力を使い切った体が、はげしく軋んでいる。


それでも、ティナは最後に残った火に全身全霊を傾けた。


もうその火は、大きくはならなかった。


頼りなく、今にも消えそうだ。けれど不思議なほどまっすぐ進んだ。

ティナはその火を、灯火台へ向けて送る。


火は進む。

笑い声の中を。

憐みの視線の中を。

諦めきった空気の中を。


灯火台の一歩手前で、火はふっと薄くなった。

その瞬間、ティナは自身の魔力が付きかけたことを知る。


消える寸前の光。

崩れる輪郭。

霧散していく魔力。


あまりにも微かなそれは、おそらく、誰の目に留まることはないだろう。

それでも、ティナだけはその最期の瞬間まで見留けていた。

そして、火は消えた。


「不合格」

試験官が瞬時にそう口にした。


この試験が求める基準に、ティナは届いていない。

それだけのことだ。


ティナは、深々と頭を下げた。

肩が、小さく震えていた。


泣いていたわけではない。

魔力を使い切ったせいで、体にひずみが生じているだけだ。


――そう、本当にそれだけのことだ。



§§§§§



少女がひとり、演習場を後にする。

彼女は一度もうしろを振り返らなかった。


観覧席の者たちも、とっくに興味を失っていた。

その代わりのように、いくつかの話題が上っていた。


「人には向き不向きというものがあるという典型的な例だな」

「ああ。さすがに魔導士を志すには、魔力が足りなさすぎるだろう」

「アルヴェインとやらは、ああいった若者を集めて何をしたいのだ」

「いかなフローラ・ナイツェルとはいえ、かなりお年を召されていたからな」

「彼女の功績を思えば、晩年その名に少しばかり傷がついたところでどうということもないだろう」


乾いた笑いがさざ波のように観覧席を撫でていく。


ルーカスは何も言わなかった。

膝の上で、その指が一度だけ、ゆっくりと組み替えられた。


ただ、その口元から、いつもの飄々とした笑みが消えていた。


ローグ公とハイルがマティアスに挨拶し、席を立ったことにも気付かなかった。

声をかけたルーカスがまるで反応しないことに不審そうな視線と表情を向けるが、マティアスが適当に話を変え、見送る。


今のルーカスにとって、じじい(ローグ)若造ハイルなどどうでもよかった。


ルーカスの興味は、今まさに演習場から出ていった一人の少女にのみ向けられていた。


「どうだった」

マティアスが、横目でルーカスを見やりながら言った。


「どうもなにも、ひどい試験だった」

人がはけた後の演習場を見つめながら、ルーカスは言った。


「庇うわけではないが、あくまで『見習い』魔導士の認定試験だぞ。あれほど注目されていたエストレアやレグルスといった若者たちも、すべてはここから始まるわけだ」


「その慎重さだけは認めるが、こんなことなら趣味に合う酒場を探し歩いていたほうがよほど有意義な時間だった」


「後学のためと思え」


「学ぶことなどあったか? まあ、面白いものを見せてくれた最後の一人に免じて許してやろう」


「ほう」

マティアスの眉が、わずかに動いた。


「あの娘、俺の魔導に気付きやがった」


マティアスが一瞬、ぽかんとした表情を浮かべた。

「……本当か。エストレアとバーチアス以外、そのようには見えなかったが」


「そこが腹立たしい。あの娘、俺に気付いたくせに素知らぬ顔で試験を続けやがった」


「怒っているのか」


「いいや」

ルーカスは、苛立ちと満足が入り混じった笑みを浮かべた。

「面白くなってきた」


「さんざん興味がないようなことを言っていながら――」


「あれほど『目』がいいやつは、そうはいない」


「マスターが見込んでいた理由が分かったか」


「そこまではまだ分からん」

ルーカスは、静かに笑った。

「だから、見に行く」


マティアスは、小さく息を吐いた。

「ようやく、その気になったか」


「勘違いするな。アルヴェインとやらを見に行くと言ったんだ」

ルーカスが首をこきこき鳴らしながら立ち上がる。

「ついでに、あの娘の特性とやらを確かめにな」


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