第7話「見習い魔導士認定試験」
「ようやく始まるな」
ローグ公とハイルが演習場へと視線を向ける。
⦅助かったな。もう少しこのふざけた会話が続いていたらじじいの残り少ない髪を燃やし尽くすところだった⦆
ルーカスが視線を前に向けながらマティアスへ念話を飛ばす。
⦅奇遇だな、俺は孫の方を今の地位から蹴落としてやろうと思っていたところだ⦆
ルーカスはマティアスの返事に本物の笑みを浮かべた。
⦅つまらんやつらに構うのも癪に障る。認定試験とやらに集中するとしよう――で、実際何をする?⦆
⦅受験者の目の前に火のついた蝋燭があるだろう。この蝋燭の火に必要なだけ魔力を注ぎ、増幅する。それから周囲に置かれている灯火台すべてに火を飛ばし、灯りをつけていくわけだ⦆
⦅誰の目にも成否が分かる課題だ⦆
エイミールは真顔で言った。
⦅魔力の加減、操作、狙い、魔導の基礎を一度に測れるようになっている⦆
「だから何なんだ」という言葉は飲み込むくらいの分別はついていた。
§§§§§
案の定というべきか、当然というべきか。
目の前で行われる試験は、魔王討伐者にとってひどく退屈なものでしかなった。
マティアスだけならともかく、その隣に座るやつらの手前、ぐっすり眠ってしまうわけにもいかなかった。
ルーカスは目の縁に何度も涙を溜めながら、若者たちが蝋燭の火を燃やしたり移したり失敗したりする光景を眺め続けた。
「いよいよ、次ですね」
ハイルが興奮ぎみの声で言った。
「百年に一人とまで言われた才能、とくと見せてもらおうかの」
ローグ公も笑みを興味津々といった表情を浮かべながら言う。
⦅意識を失いかけているところ悪いが、次の学生は見ておいた方がいい⦆
⦅……優秀なのか⦆
あくびを噛み殺しながら言う。
⦅王立学府の魔導科でも飛びぬけた才の持ち主らしいぞ。俺も実際に見るのは初めてだがな⦆
「――エストレア・ローゼン!」
進み出てきたのは、栗色の髪をきつく結い上げた少女だった。
背筋は伸び、足取りに迷いがない。今まで雑談に興じながら視察していた観覧席が、自然と静まっていく。それだけでも、彼女がどう見られているかが知れた。
エストレアは蝋燭の前に立つと、深い蒼の瞳をすうっと細めた。
そして、小さく口を動かしながら詠唱をはじめた。
蝋燭の火が、静かにその丈を伸ばし、大きくなる。
それなりに風が吹いているはずなのに、まったく揺らぎがない。
魔力が十分いきわたっている証拠だった。
火はやがて大きな炎となり、いくつもの塊へと均等に分かれた。数えるまでもない。灯火台と同じ数だ。
その瞬間――瞬きと同様の速さで炎が四方へ飛び散り、すべての灯火台に灯りを宿した。
余計な魔力や火力はまったく使っていない、その操作にも無駄な動きひとつなかった。
見習い魔導士の認定試験――見る者にとっては退屈でしかない内容も、エストレアの洗練された魔導によってまったく別の見世物と化していた。
観覧席から、ため息のような感嘆が漏れる。
試験官が小さくうなずくのが見えた。
「見事なものだ」
ハイルが興奮気味に言った。
「ローグ家が学府を開く以上、あのような学生を迎え入れたいものだ。ですよね、おじい様」
「まったくだ」
ローグ公がおおようにうなずく。
「育てろよ、なんのための学び舎だ」
ルーカスがぼそりと口にする。
「何か申したかな?」
「自分も彼女のような若者を育ててみたいと、そう言ったのですよ」
マティアスが特に慌てることなく取り繕う。
⦅あまり思ったことを口にしてくれるな――彼女をどう見た?⦆
⦅腕は本物だ⦆
エイミールは、素直に認めた。あの年で、自分の手足のように魔力を制御し、操る者はそうはいないだろう。
⦅ただ、おまえたちは街の便利屋でも育てているのか?⦆
結局、口を突いて出てしまった。
⦅便利屋?⦆
マティアスが眉をひそめながら横目でルーカスを見る。
⦅用意された蝋燭の火を周りに置いてあるだけの灯火台へ飛ばして移すことが、いったい何の役に立つ? いくら見習い魔導士の試験とはいえ、もっと実践的な内容にはできなかったのか⦆
エイミールはあくびを噛み殺しながら続けた。
⦅将来的には黒領に出すつもりなんだろう、あの子らを。かつてのような脅威はないとはいえ、危険な場所であることに違いはない。もっと自分たちのためになることを教えてやったらどうだ。それともいま黒領に出ている探索者どもは、あれが育てば大丈夫とでも本気で思っているのか?⦆
⦅十年前おまえがここに残っていたら、また違う展望もあっただろうがな。少なくとも、あのような若い娘が進んで魔道を学び、黒領を目指すような事態だけはなんとしても阻止していたろう⦆
⦅だから、『次代の魔王』なんてものにまで仕立て上げられてしまったのさ⦆
⦅おまえがここを出ていったときは、まあそれは今もだが、ずいぶん腹を立てたものだ。マスターだけは『あの子は戦う場所を変えただけよ』と言っていたがな⦆
ルーカスもといエイミールは思わず苦笑した。
⦅いくらマスターの言葉とはいえ最初は信じられなかったが、今のおまえの態度を見ていると、な⦆
⦅なんだ、その思わせぶりな言い方は⦆
⦅今の黒領は、おまえがそうして寝ていられるほどの場所になったということだ。誰かさんが『散歩がてら』かつてのような脅威を取り除いてくれたおかげだろう⦆
七日前口にしたことを良いように使われてしまい、ルーカスはひどく座り心地の悪い思いを味わった。
そのようなやりとりをしているうちに、当のエストレアは試験を終え、礼をして下がっていった。途中、彼女の視線が一度だけ観覧席を流れた。
静かな目だ。称賛に酔う様子はない。周りの評価にも興味はないようだった。
自分の出来を自分でもう採点し終えたような、そんな顔をしていた。
「次、レグルス・ランフォード!」
入れ替わりに進み出たのは、金髪の青年だった。すれ違うエストレアをちらりと睨む。
負けるつもりはない――その目が言っていた。
蝋燭の前に立つなり、自信に満ちた表情で片手をかざす。
「燃え上がれ炎、その紅蓮の輝きでもって我に答えよ!」
その瞬間、まるで火が踊り出すように立ち上がった。
⦅頼むからあのガキに他の詠唱を考えろって伝えてやってくれ。想像が喚起できるような言葉なら他にいくらでもあるだろう⦆
⦅どうしてだ?⦆
⦅恥ずかしすぎて鳥肌が止まらん⦆
それでも、レグルスの前には他の受験者の何倍もある炎の塊が出来上がっていた。
観覧席のどよめきにレグルスの口元が満足げに吊り上がる。
歓声を、当然の報酬として受け取る顔だった。
必要最低限の魔力を、などとは考えてもいないようだった。
一つの巨大な炎の塊を、ぐんと空へ押し上げる。そして、力任せに振り回した。
分かたれた炎の塊をぶん回すようにしながら一つ、また一つと灯火台をかすめさせ、確実に火を灯していく。
一度に灯せないところがエストレアとの差では合ったが、見世物としては申し分なかった。
派手な軌跡を描きながら、次々と灯がともっていくたびに観覧席から歓声があがった。
「もうひとりの才能が彼ですよ。エストレア嬢とはまた違う赴きはありますがね」
ハイルが楽しげに言った。
「しつけがなっているとは言い難いが、前途ある若者はああでなくてはな」
⦅ローグのじじい、ずいぶん理解がありそうな物言いをするじゃないか。俺を怒鳴りつけてきた時分を思い出させてやりたいね⦆
⦅やめておけ。おまえにやり込められたことを思い出すと人が変わったように機嫌が悪くなる。ローグ家の家臣たちが可哀そうだ―—あのいけいけな若造はどう見る、おまえが気に入りそうなやつじゃないか⦆
⦅威勢がいいのは嫌いじゃないが、自分を過信している奴は滑稽すぎて見てられん。まあそれなりの才能はあるんだろうよ、魔力量だけなら先の少女を上回るかな⦆
最後の一つ。
レグルスが、最後の仕上げとばかりに炎を大きく振りかぶった――そのとき。
振り回した勢いのせいで二手に分かたれた炎のひとつがルーカスたちとは反対側の観覧席へと吹き飛んでいった。
歓声は、まだ続いていた。
皆、レグルスが火球を完全に操っていると思い込んでいた。
一瞬のうちに青ざめたレグルスの表情と、それを見た試験官が腰を浮かせる。
⦅やるぞ⦆
⦅ああ⦆
ルーカスの言葉にマティアスが答えた。
ルーカスが放った魔力がレグルスの魔力もろとも火球を霧散させた。
それは、瞬きする間もない程の出来事だった。
放たれた魔力もごくわずかだ。レグルスが蝋燭の火に注ぎ込んだ量の百分の一にも満たなかっただろう。
⦅魔力は量ではなく扱い方だといわんばかりだったな⦆
マティアスの肩をすくめるような物言いに、ルーカスは真顔でうなずいた。
⦅相手に勘づかれるような魔道ではあんなことやこんなこともできないからな⦆
その言葉どおり、一瞬危険と判断したはずのレグルスも試験管も、一体何がどうなったのかわからないようだった。
しかし、レグルスという若者の性格のなせる業なのか、彼は「すべて自分の掌の上の出来事でございます」とでもいうかのような態度で礼をしてみせた。
⦅そのあんなことやこんなことについては大いに気になるところではあるが。誰にも勘づかれなかったというわけではなかったな⦆
⦅ああ⦆
先の少女――エストレアが、レグルスの炎が消えた方向をじっと眺めているのが見える。
ほとんど表情を見せなかった少女の顔が、わずかに曇っている。
明らかにレグルス自身の制御によるものではないと考えている様子だった。
もう一人。
エストレアの傍に立っている男。
黒髪を後ろになでつけ、鷲のような視線を火球が消えた場所へ向けている。
⦅完全にわかってますって顔をしているな。歳は俺と近いようだが、知らん顔だ⦆
⦅確か、数年前に王立学府へ赴任してきた男だ。名前は、バーチアスだったか⦆
確かによく見ると、王立学府の教師であることを示す肩章を着けている。
⦅不出来な教え子の尻ぐらい拭かせてやればよかったな。余計なことをしたせいで魔力の痕跡を辿られてしまったぞ⦆
ルーカスはこちらに視線を向けてきたバーチアスに対し、ではなく、その近くで同じようにじっとこちらを見つめてくる名も知らぬ少女に対し、指先だけで手を振ってみせた。
――見極めるだけなら君が一番早かったな、お嬢ちゃん。
しばしのざわめきの後、試験終了の挨拶を告げようとした試験管を、もう一人の試験管が止めた。
どうやらあと一人残っている学生がいたようだが、忘れられてしまっていたようだった。
⦅そうそう、あの娘が残っているだろう⦆
真っ先にルーカスの魔力を感知していた少女。
⦅おまえが興味を持つとは、やはりマスターとの縁を感じるな⦆
ルーカスは思わずマティアスを見た。
⦅どういう意味だ⦆
⦅あれがアルヴェインの学生の一人だ⦆
「最後の受験者、ティナ・アシュフィールド、前へ」
その試験官の声はこれまでどとは違い、どこか面倒そうな響きをはらんでいた。




