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第6話「王立聖冠学府」

王立学府――正式には王立聖冠学府という――は、レーヴェンブルクが誇る学び舎だった。


その名にふさわしく、長い歴史と実績をもつ由緒ある学府として大陸全土に知られていた。


見上げるほど巨大な門や、王宮にも引けをとらない建築様式を備えており、数多くの講堂や修練場、大陸中の蔵書が集まる大書庫を要している。


広大な敷地には、整然と区切られた演習場がいくつも広がっているほか、学生のための食堂や憩いの場、学生寮なと設置されている。


ただ豪華絢爛なだけではない。清潔で、設備の隅々まで手入れが行き届いている。

国の期待と資金が、そのまま形になったような学び舎だった。


魔族との争いの最中も大きな被害を免れたのは、歴戦の戦士たちが必死に守り抜いてきたおかげだろう。そのうえ、何代にもわたり改修と修繕がくりかえされてきたのだから、目の前に広がる威容にも納得する他ない。


大陸広しとはいえ、これほどの学府をもつ国はそうはないだろう。


今のエイミールが知る限りは、だが。


二人を乗せた馬車が止まるなり、白髪の男が数人の男女を従えて駆け寄ってきた。


「グラウナー卿、本日はよくぞ起こしくださいました! まさに筆舌に尽くしがたい栄誉で――」


「学府長、堅苦しい挨拶は結構だ。視察のためだからな――遅れてしまったか?」

マティアスが片手を上げて遮る。さすがは大貴族の威厳というところだろうか。


学府長は背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。

「ちょうど始まる頃でした。皆さま、おおよそおそろいです」


エイミールも、マティアスに続き馬車を降りる。


今のルーカスの姿は、二十代前半の、どこにでもいるような若者でしかなかった。


学府長もその取り巻きも、エイミールをマティアスの御付きか従者としか見ていないようだった。


マティアスもあえて説明するようなことはしなかった。


かつてこの国はおろか、大陸中にその名を知らしめた男は、誰の目にも留まらないまま王立学府の門をくぐり抜けたのだった。


――悪くない。


内心、愉快に思う。


「マティアス様、そちらのお若い方は」

学府長がルーカスを横目に尋ねてくる。


不遜にもマティアスのあとをついて歩く若者のことが、さすがに目についたようだった。


「遠縁のルーカス・ヴァレンだ。魔導教育に興味があるというので連れてきた」


「左様でしたか。ルーカス殿、我が国が誇る魔導師の卵たちですので、将来のためにもとくとご覧ください」


「恐れ入ります」

やはりヴァレン姓など珍しくもない。

()()()()はうやうやしく頭を下げた。まったく問題ない。


満足げなルーカスもといエイミールを、マティアスがやれやれといった体で見つめていた。


案内されたのは、巨大な円形の演習場だった。


致命的な戦火を逃れていたとはいえ、建物も設備も無傷だったわけではない。

しかし今、そのような名残はどこにも残っていなかった。


厳格さと壮麗さ備えた場の中央に、数十人ほどの受験者らしき若者が並んでいる。

それぞれの目の前には杖のような燭台と、火のついた一本のろうそくが立てられていた。さらに演習場の四隅には、複数の灯火台が不規則に並べられていた。


ルーカスとマティアスは演習場の外縁に用意されていた観覧席に案内された。


「マティアス、おまえにしてはずいぶんと長い休暇だったようだな」


すでに着席していた髪の薄い初老の男がマティアスを見上げながら声をかけた。


「ご迷惑をおかけしました、ローグ公。ここ最近は息をつく暇もなかったもので」


マティアスが頭を下げながら腰をおろす。

ルーカスもマティアスに倣い、隣の席についた。


(このおっさん、まだ現役でふんぞり返ってるのか)

物静かな表情を取り繕いながらも、内心呆れてしまう。


「陛下がずいぶん寂しくなさっていた。まだ登城していないのだろう?」

「はい、この認定試験に合わせて戻ってきましたので。一度私邸に寄りますが、落ち着き次第すぐにご挨拶に伺う予定です」


(よくそんな品のいい笑みを浮かべられるもんだ)


よりによってあの国王ヴァルハルトが「寂しくなさっていた」とは。真顔では到底言えない台詞だった。


誰もが思っていないことを堂々と、かつ本心のように言ってのける。長年国王の腰ぎんちゃくを務めた男はさすがにものが違う。


ルーカスは心から感心していた。


「マティアス卿、そちらの若い男性は」

ローグの向こう隣に座っていた男が声をかけてくる。


ルーカスより二、三年上といったところだろうか。どこか癖のある笑みを浮かべている。

一見しただけで、典型的な貴族の息子といったいけ好かないやつだった。


「遠縁のルーカス・ヴァレンですよ、ハイル卿。将来的に王都で学府を開きたいと考えており、ちょうどよい機会だからと連れてきた次第です」


「ほう、それは奇遇だ! ルーカス殿、私はローグ公の孫、ハイル・ローグと言う」

ハイルは祖父ローグとマティアスの前に身を乗り出す形で握手を求めてくる。


男の手など触れたくもなかったが、ルーカスはマティアス同様の笑みを浮かべがながらそのてを握った。

「ルーカス・ヴァレンです。よろしくお願いいたします」


「君同様、私も王都オルフェリアに私設の学府を創りたいと思っているんだ。私設といってもローグ家が支援する学府だ、そこらの有象無象と一緒にされては困るだろう? 今のうちに我が国が最も力を入れている魔導学府と学生たちの実力とやらを見ておきたくてね。ゆくゆくは王立学府に勝るとも劣らない学府にまで成長させるつもりだ」


(聞いてもいないのにべらべらとよく話す男だ)

ルーカスはにこにこと笑いながらうなずいてみせた。「それはご立派な志ですね」


「名前ばかりが先行するのも考えものだがな。例えば、フローラ・ナイツェル女史のアルヴェインのように」


ルーカスは笑みを張り付けたまま相手の話に耳を傾けた。

マティアスもまったく同じ様子だった。


「というと?」


「大陸でも数少ない『大魔導師』の称号をもちながら、晩年はずいぶんといわくありげな若者たちばかりを集め、何の成果もあげられない学府を細々と続けていたそうじゃないか。『実績ばかりを追い求めるのではなく、人を育てるべきだ』といったようなことを常々口にされていたようだが……まったく古いとしか言いようがない。そうは思わないか」


「よさんかハイル」

ローグ公が軽く片手を挙げてさえぎった。


「マティアス卿もマスター・フローラの教えを受けた者の一人だ。彼女が亡くなるまで学府への支援も行っていた。知らなかったのか」


「――ご無礼を」

さすがにまずいと思ったのか、ハイルは苦いものを噛んだような顔で平伏した。


「構いませんよ、マスターの教えが前時代の物言いというご指摘も、ある意味、的を射ているかと。それに支援といっても弟子として出来る範囲のことをしていたまでです。義理は果たしましたので、今後アルヴェインと関わることもないでしょう。陛下にとっても彼女の存在はあまり好ましくはなかったようですしね」


ハイルは目に見えて安堵した様子を浮かべながらうなずいた。

「まさに、口うるさい女教師といったところでしたからね」


「これ、ハイル」


くくくと笑う二人を、ルーカスとマティアスはずっと同じ笑みを張り付けたまま見つめていた。


「これより、見習い魔導士認定試験を執り行う!」


演習場の中央に進み出た試験管らしき女のよく通る声が観覧席全体に響き渡った。

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