第5話「懐かしき王都」
馬車が城門をくぐると、エイミールは兄そのものとなった顔を窓へと寄せた。
十年ぶりに見る王都は、エイミールにとってまさに別世界だった。
かつて城門の周りには、魔族に焼き払われた家々の黒い骨組みが墓標のように並んでいた。それが今や、石材と煉瓦できた見事な建造物がところ狭しと軒を連ねている。
さまざまな商店の幕が風に揺れ、待ちゆく人々の喧騒と荷馬車の車輪が絶え間なく響き合っていた。
なにより大通りの脇には、見覚えのない灯火棟が数多く並んでいた。
「魔晄石を使った街灯か」
まだ陽は高い位置にあったが、すでに淡い緑色の光がほのかに揺れている。
「今はほとんどの民家にも普及している」
向かいに座るマティアスがうなずいた。
「大通りであれば夜でも明るい。おかげで犯罪もずいぶん減った」
「いいことじゃないか」
エイミールは素直にそう思った。
十年前、夜の王都は誰もが息をひそめてしまうほど暗い街だった。
母親が我が子の手を強く引きながら家路を急ぐ街だった。
今、行き交う人々の顔に、そのような気配は一切見られない。
心躍るようなたくましさと賑やかさに満ちている。
あれだけの血を流して切り拓いた時代は、無駄ではなかった。
自分が王都を去ったことも、間違いではなかったのだ。
少なくとも、ここまでは。
「悪くない顔だな」
マティアスが言う。
「母国が復興するのを喜ばないやつはいない」
エイミールは窓の外を眺めながら答えた。
そうしていると、どこか似たような若者が多くいることに気付く。
そろいの上着をまとい、胸には同じ紋章をつけている者たち。その向こう側からは、また別の制服と紋章を見つけた若者たちが現れ、当たり前のようにすれ違っていった。
別の通りにも、また同じような集団が見える。
「あれが学府で学んでいる若い連中か」
「ああ、特に目につくだろう」
マティアスは膝の上で指を組んだ。
「魔族の時代が終わっても世界はまったく暇にならなくてな。国の発展と繁栄のために、各国はこぞって旧魔族領、すなわち黒領へと手を伸ばした。道中話したとおり、あそこは今や資源の宝庫、金の成る木だ。魔晄石の発掘はもちろん、魔獣や魔物から得られる素材はあらゆる品の貴重な材料になるうえ、国同士でも極めて高価な交易品ともなっている。だが、それらを手にするのも加工するのも商品として扱うのも、とにかく人、人、人だ。人材はいくらあっても足りんのさ。優秀な人材は特にな。我が国をはじめとする大陸諸国は人材の育成と確保に躍起になっている。人材こそが何より貴重な資源といわんばかりにな」
「なるほどな、今や学府というのは最も儲かる事業の一つになっているわけだ」
「言葉を飾らずに言えば、そうなる」
「ばあさんが気に入らないわけだ。さぞ口うるさいことを触れ回っていたんだろう」
「そのうえ、数多くの英雄を育て上げたマスター・フローラその人に面と向かって反論できる人間もいなかったからな。陛下でさえだんまりだった」
「だが、その程度の理由で殺そうとは思わないだろう」
エイミールは声を荒げることなく言った。
マティアスに告げられたときは一瞬我を失いそうになったが、感情のままに動くようなことはさすがになかった。
マティアスほどの男が疑念程度に収めているのなら、動き出すのは確かな証拠が得られてからでいいだろうと思ったからだ。
だがもし、確証を得られたとしたら、そのときは――
「……俺が口にするまで黙っていろと言っただろう」
マティアスが視線を外へ向けながら言う。
「マスターの死に何者かが関与しているというのも、あくまで俺の感でしかないんだからな。それに、おまえを連れてきた目的はアルヴェインだ。もしおまえを余計な騒動に巻き込んでしまったらマスターに顔向けができん」
「せいぜい死んだ後に詫びてほしいところだが、おまえの直感がはずれるとは思わん。まあ、この姿で騒ぎを起こすと兄に悪いからな。とりあえずはおまえに任せる」
マティアスは深く息をついて座席に背中を預けた。
「人材の育成と確保、か」
エイミールは流れていく若者を目で追いながら言った。
「――俺には国のために黒領へ放り込む駒をそろえているだけのように思えるがな」
マティアスは否定しなかった。
エイミールにはそれが答えのような気がした。
「どのような方法にせよ、ここまで繁栄させたのはたいしたもんだ。国王の手腕には素直に敬意を払うべきだろう」
未だかつてないほどの発展と賑わいを見せている王都に、わざわざ溜まってもいない唾を吐くこともない。
そんなエイミールの顔を、マティアスが不気味なものを見るかのような表情で覗き込んでいる。
「まさか、見た目だけでなく性格までルーカスになったわけじゃないだろうな」
「どういう意味だ」
「おまえが陛下に『敬意を払う』だと? 人間歳だけはとりたくないもんだ」
「おまえと一緒にしないでくれ。悪いが今のおれは男真っ盛りの二十代だ」
「頼むからその姿で『男真っ盛り』な行為にふけってくれるなよ」
「安心しろ、今はもっと他に関心がある」
エイミールが窓の外へ顎をしゃくった。
馬車は、白亜の尖塔を戴く、ひときわ大きな建物へと近づいていく。
「王立学府も十年前とはだいぶ変わったな。マティアス卿と行動できるせっかくの機会だ。ばあさんの創った学府とやらを覗く前に、見習い魔導士認定試験とやらを観覧させてもらおうか。この国がいま何を育てようとしているか――しっかり見せてもらうとしよう」




