第2話「酔狂な底辺学府」
「どういうこともなにも、書いてあるとおりの意味だと思うが」
手紙を読み終えたマティアスが真顔で言う。
「いーやまったくわからんな。そもそも俺は引きこもっているわけじゃない。大きなお世話だ」
「遺言に向かって言うことか」
「しかも詳しい話はマティアスに伝えてありますだと? 本人に言え、本人に」
エイミールはマティアスから手紙を奪い取ると、再度視線を走らせた。
「だいたいアルヴェインってのは、いったい何なんだ」
「マスターが創った学府と書いてあるだろう。もう二年になるか」
「そんなことを聞いてるんじゃない。学ぶ場所なら王立学府があるだろう、なんで今さら個人で学府なんて創った」
「王立学府にも個人の学府にも受け入れてもらえない若者たちのために、だ」
エイミールが面食らったような表情をした。
「……また面倒なことを」
「だが、マスターが倒れてからは誰からも支援されなくなってしまった。教師も若い女が一人残っているだけだ」
「美人か?」
マティアスは額に手を当ててため息をついた。
「残念だが、今は廃校寸前の状況だ」
「おまえが支援してやればいいだろう。それとも、グラウナー家は学府ひとつ維持できないほど落ちぶれたのか」
「マスターが亡くなったあとまで関っていてはさすがに陛下の不興を買う」
「ばあさんが生きている間は黙認していたわけか。国王らしい」
マティアスは鞄から一束の書類を取り出し、テーブルに並べた。
各書類の表には、それぞれ名前が記されている。
「現在、アルヴェインに残っている学生は五人だ」
「五人も、というべきか。五人しか、というべきか」
「手紙に書いてあったとおり、どの学生も王立はもちろん、他の私設学府からは見向きもされなかったような若者ばかりだ」
「他の? 今の王都にはそんなに学府があるのか」
「ああ、濫立しているといっていいくらだ。十年前では考えられんだろうがな」
「どうしてそんなことになった」
「まあ追々説明するが……今やこの国に限らず、大陸中の若者がなにかしらの学府で学んでいる」
「なんとまあ。ばあさんが創ったアルヴェインとやらもその一つなわけだ。で、どの学府にも拾ってもらえないやつらを集めたと」
「ああ。おまえとも案外馬が合うかもしれんぞ。昔の誰かさんと境遇がよく似ているしな」
「学府なんかで学ぼうなんて思ったことはない」
エイミールが顔をしかめる。
マティアスは気にせず一枚目の書類を読み上げた。
「一人目。ティナ・アッシュフィールド、十六歳。魔導学府への入学を希望していたが、肝心の魔力が人並み程度しかないらしくてな。素質なしと判断されてどこの学府からも門前払いされている」
「まて、『魔導学府』と言ったか」
「ああ」
「今は魔道まで学府で教えているのか」
「魔導に限らず、実に多くの学府がさまざまな専門領域について教えている。王立学府では公的な認定試験も行われていてな、一週間後にはちょうど見習い魔導士の認定試験がある。俺も今回は職務として観覧しなければならないから、明日の早朝にはここ発たねばならん」
「……本気で言ってるのか」
「なんだ、もっと滞在して欲しかったのか」
「そっちじゃない。なんだ、その見習い魔導士認定試験とやらは」
「もはやおまえの知っている時代ではないということだ。このティナという学生は何度も試験を受けているようだが、マスターが病に倒れてからはろくに教えを受けていないからな。結果は散々らしい」
「だろうな、魔導士に限っていえば魔力の絶対量はそのまま力量に直結する。まあ、それが優劣を決めるとまでいかないところが面白いところだが」
「おまえなら彼女になんと教える」
「ないものを絞り出す努力より今あるものをどう扱うかを考えろ――おれは教師なんかやらんというのに」
マティアスの口元がわずかに緩む。
「二人目。ユリウス・バルザーク、十五歳。この若者はバルザーク家の出だ。ハイル卿の息子でな」
「ハイルの? ヴァルハルトのお気に入りで名門貴族の筆頭だろうに。どうしてばあさんのところになんか来た」
「例に漏れず王立学府の騎士科に所属していたが、戦闘技能に問題があるらしく退学になった――相手に向けて剣を振るえないそうだ」
エイミールは椅子からずり落ちるような仕草を見せた。
「選ぶ道を間違えてるぞ」
「そう言うな。知ってのとおりバルザーク家は騎士の名門でもある。ハイル卿も怒り心頭でな。ユリウスに絶縁を言い渡したのは有名な話だ」
「息子にはずいぶん厳しいじゃないか、自分は真っ先に黒領から逃げ出したくせに」
「おまえのように言ってやれる人間がどんどんいなくなってな――三人目、シリル。十七歳。この学生に家名はないそうだ」
「孤児か」
「ああ。かの暗黒街で悪童として有名だったらしいぞ」
「たいしたもんだが、そんなやつがどうして真面目に学ぼうだなんて考えた?」
「興味があるなら自分で読め」
言いながらシリルの資料を目の前に投げたが、エイミールは両手を挙げて視線を逸らした。
「四人目。セルシウス・ファーレンハント、十八歳。かのファーレンハント商会の息子だ」
「俺がずいぶん世話になってるところじゃないか。こんな片田舎でもそれなりに暮らしていけるのはファーレンハントの流通があればこそだ」
「なら、会長の息子の面倒くらい見てやったらどうだ。一番おまえと境遇も似ているしな」
「どういうことだ」
「アルヴェインに来るまでは長いこと屋敷の自室に引きこもっていたらしい」
「俺は引きこもってなどいないと言っているだろうが」
「そして最後が」
マティアスは少し言い淀んだのち、続けた。
「クラウディア・フォン・レーヴェンブルク——王女だ」
「……国王と愛妾の娘か」
エイミールがはじめて資料に手を向けてくる。
マティアスは無言のまま差し出した。
二人の間に沈黙が落ちる。
しばらく後、エイミールは投げ出すように資料を置いた。
「ずいぶんといわくありげなやつらが集まっているじゃないか」
「『あのような出来損ないばかり集めて、いったい何を教える気なのか』といった嘲笑ばかりだ。『フローラ・ナイツェルの酔狂な底辺学府』、と。今ではそう呼ばれている。」
「言ってくれる」
エイミールが口の端を釣り上げるように笑った。




